The Invisible Girl-2-


 ぽろぽろと涙が流れる。それを聞いて、工藤母や梓さんは「えっ」と声を上げた。工藤父だけが、「やはり、そうだったのか」と告げる。工藤母は今度は困ったように私に尋ねる。
「じゃあ、貴女の名前は?」
「――名乗る名前はない」
 私の代わりに安室さんが答える。そして、彼は先ほど続けるはずだった言葉を私に向けて告げる。
「君は記憶喪失なのでは?」
 違う。だから私は首を左右に振った。
「似てるけど違う……」
「違う?」
「私はやっぱり変なの」
 そう言って顔を両手で覆う。お姉さんの何が変なの? と尋ねたコナンくんに私は彼を見下ろした。
「最初におかしいなっておもったのは、君ぐらいの年の時。私だけ、学校に行けなかったの」
「行かなかった、のではなく?」
「私は行きたかったよ。でも、入学の資格がないって。ずっとそう。なにをするにもそう。お母さんとお父さんがいなくなって、ひとりになって、働こうと思っても何にもないの。市役所に行ってもない」
 私がだれかっていう証明が何もないの。
 どうすればいいかわからなかった。みんな私をみて『大人をからかっているだけの迷惑な子供』だというのだ。年齢を偽ってなんとか働いて、適当にテレビから流れてくる名前を使って生きてきたのだ。そうして、3年前の話だ。コナン君は問いかける。
「じゃあ、お姉さんはどうして『敷島麗華』さんになったの」
「二年前、その当時働いてたペンションの近くに森があって、森の中で偶々『敷島麗華』っていう子の身分証を拾って」
「うん」
「持ち主に返さなきゃって、森の中を歩いてたら女の子が木に寄りかかってて。その子かなっておもってから近づいたの。でも近くから音がしたから咄嗟に隠れて、そうしたら女の人と男の人が彼女を連れてどこかに行った」
 私の言葉に彼らは息をのんだ。
「『お母さん達をこまらせる貴女が悪いのよ』って言ってたの聞いたから親子だなっておもってた。身分証も返さなきゃなって思ってたらその時にオーナーにみつかって、私が『敷島麗華』になった」
 その時は何も思っていなかった。だってその日その日をぎりぎりで生きていた私にとって、敷島麗華になった後のほうが生活がしやすかったからだ。警察に何か言われても身分証があったらなんとかなったし、利用できなかった銀行も利用できるようになった。
「敷島麗華になったら、すごい暮らしやすくなったの。だからずっと嘘をついてきた。でも」
「その敷島麗華を探している大木に出会ってしまった」
工藤父はそういって私を見た。私はうなずいた。
「どうしたらいいかわからなかった。頼れる誰かなんていなかったから、相談できなかった」
「大木には言えなかった?」
「言えない。だって、あの人、あの子を心配して、あの子の幸せを願ってた」
 だから、どうすればいいか、わからなくて。
「言えない。言えるわけない。だって、あの子、たくさん殴られた跡があったよ。あの子、片方靴がもげてたよ。あの子、冷たかったよ。その時はわからなかったけど、今はわかる。あの子、きっとお母さんに殺されたんだって」
 震える声でそう告げる。
「工藤先生、私はどうすればいいの。あのオーナーに貴女の娘は死んだんですよっていえばいいの。敷島麗華をやめた私は誰なのかわかんない。名前なんてない、存在しない私の証言なんて警察は信じてくれない。大人は誰も信じてくれない。助けてくれない」
 助けてと願っても誰も助けてくれない。誰も信じてくれない。
「敷島麗華をやめた私はこれからどうして生きていけばいいの」
 そう問いかける。有希子さんに背中をさすられる。つらかったわね、と同情される。工藤先生は沈黙の後、「そうですね、」と目を伏せた。
「まずは食事をとること。そしてぐっすり眠ること」
 工藤先生は茶目っ気たっぷりにそう告げた。私は顔を少し上げる。彼は随分とまっすぐなあの目で私を見た。
「あとは大人に任せたらいい。もちろん、君はいろいろとしなければならないことはある。でも、それはまた今度の話だ。いや、ひとつだけ。君が最後に敷島麗華を見たのはどこか覚えているかな?」
 彼の問いかけに私はうなずく。きっと、あの子はあの森のどこかで、一人で眠っている。