荀攸と獣と異界の子



 最初に機能したのは嗅覚である。鼻をくすぐったのは嗅いだことがない匂いだ。しかし、どこか美味しそうな匂いだ。次に機能したのは聴覚である。何かを火にかけているのか、コトコトという煮込む音、そして子供が鼻歌を歌っている声が聞こえる。そして、最後に荀攸は視界をこじあけた。ぼんやりした視界に映ったのは、丸い何かであったが、それがはっきりした瞬間、荀攸は飛び起きて叫んだ。

「うわっ!?」

 荀攸の言葉に見たことがない丸い何かは驚いたらしく、パタパタと宙を舞う。何事!? という子供の声も聞こえた。そちらを見れば、子供が杓子を持ってこちらをみていた。何かはパタパタと子供の頭の上に着地すると、子供と共に首を傾げた。梟に似ているが、梟よりもなんというか丸い。子供の服装も異民族の服装と見て取れるし、何より内装もまた異民族のものだ。

「なんだ、お兄さんが起きただけか……」
「ほぅ……」
「マルが近くで見つめてるから吃驚しちゃったんじゃない?」

 子供はそう言って丸い何かを見上げる。丸い何かは子供を見下ろして首を傾げた。子供は杓子を鍋に戻し、丸い何かを頭の上から机の上におく。そうして代わりに木の器をとって、それに湯をよそうと荀攸に近づいた。

「はい、これ、お兄さんのぶん」
「……ありがとうございます」

 荀攸が受け取れば、木の器には湯勺が添えられ乳白色の湯が湯気をあげていた。丸い何かは自分の分を欲しがるように木の器を持ってパタパタと飛んでくる。やはり鳥の類ではあるらしい。子供は鍋のある場所まで戻るとその器に湯をよそい、また自分の木の器にも湯を装う。そうして、荀攸の近くの椅子に座ると、いただきます! と宣言して湯勺でそれを掬った。恐らくそれがこの民族の礼儀なのだろう。毒は入っていないようにもみえるし、空腹には違いなかった。いただきます? とつげれば、子供は嬉しそうに「芋のスープ、召し上がれ!」と告げた。恐る恐る食べてみれば、なるほど食べたことがない味ではあるが美味である。

「お兄さんすごい怪我して森の中に倒れてたよ、どうしたの?」

 その言葉に、最後に見た子供を思い出す。炎の鬣に照らされた顔はなるほど確かにこの子供だろう。

「貴方は炎の馬に乗った……?」
「炎の馬? ギャロップのこと?」
「ぎゃろっ?」
「ギャロップ知らないの? ……ううん、お兄さん違う地方から来たのかな。やっぱりポケモンに襲われちゃったとか?」
「ぽけもん?」

 知らない単語ばかりである。荀攸の様子に、子供はええっ!? と驚いて見せた。おまけに鳥も驚いて見せた。

「お兄さんポケモン知らないの!? ピカチュウとか、モクローとか、チコリータとかだよ!!」
「……生憎全くわかりません」
「ええ〜、記憶喪失とか……?」
「記憶はあります」
「もしかして、違う地方から来たからポケモンの名前が違うとか? いやでもお兄ちゃんの話を聞くにおんなじだしなぁ」

 うーむ、と考える子供に、荀攸は周りを伺った。よくよく見れば装飾品に文字らしきものがところどころに書かれてあるが、見たことがない。羌族や鮮卑等の文字というわけでもなさそうだ。飾られた絵に描かれた動物も見たことがない。そうなってくるとこの子供は新たに世界に組み込まれたのだろうか。

「お兄さん、は、何処に?」
「お兄ちゃん? お兄ちゃんは世界中を旅してるからいないんだぁ」
「貴方は一人でここに?」
「一人じゃないよ、マル達がいるもの」

 ねぇ、マル、といって鳥をみた子供に鳥はにっこりと笑って返事をするように鳴いた。先程の様子を見るに、動物と生活を共にする民族なのだろう。荀攸は言葉を換える。

「人間は貴方一人ですか?」
「うん、そうだよ〜」

 気にしていないらしい。子供一人で暮らせるぐらい治安がいいのか、それとも何かあるのか。

「なんかお兄さんのことといい、最近びっくりすることばっかだなぁ」
「最近」
「ケイファが住んでるところ、霧とかあんまり出ないんだけどね、すっごい霧と地震がおきて、伝説のポケモンがなんかしてるのか!? って思って収まるまで大人しくして……出たらお兄さん拾っちゃった」
 なんだったんだろう。

 うーむ、と考えた子供に、荀攸は理解した。恐らくというよりは間違いなく荀攸がこの子供の世界に移動したというよりは、この子供は仙人の作り上げたこの世界に組み込まれてしまったのだと。そうなってくると、この子供一人では危険すぎる。

「俺は荀公達といいます。遅れましたが、助けていただきありがとうございます」
「ジュンコータツさん?」
「……公達で構いません」
「ケイファはケイファだよ。こっちはねー、モクローのマル!」

 ケイファと名乗った子供の言葉に合わせてモクローのマルと呼ばれた鳥が翼をあげる。

「ケイファとマルですね……ケイファ、少し難しい話になりますが、恐らく貴方は世界を超えてやってきたのだと俺は推測しています」
「世界を超える?」
「はい、この世界にはマルのような動物はいませんし、何より子供一人では大変危険な世界です。俺と共に来ませんか」
 身の安全は保証します。

 荀攸の問いかけに、ケイファは「うーん」と考えこんだ。考えて、考えて、口を開く。

「行かない」
「えっ」
「違う世界云々はよくわからないけど、お兄ちゃんが家に帰ってきた時、私たちいないと吃驚しちゃうから。それに、コータツさんのいう通り、ポケモンがいないならたくさんのポケモンと移動すると大変なことになりそうだし……」
「……たくさん?」
「うん! 外にたくさんいるよ!」

 そう言ってケイファは立ち上がると荀攸を出入り口らしき方へ手招いた。荀攸は立ち上がるとそちらに移動し、外を見ようとする。が、それより早くコロコロと転がってきた白い何かは荀攸に衝突した。ケイファが「こらっ!」と言えば、白い何かはぐめっと鳴き声をあげる。

「ウールーちゃん、お客さんにぶつからない!」
「ぐめぇー」

 白い何かはコロコロと草原に転がっていく。草原にはたしかに見知らぬ動物たちがいた。

「……なるほど、これは」

 確かに移動は難しい。荀攸はそう結論を出すのは仕方がなかった。見知らぬ開けた草原には、それだけさまざまな種類のたくさんの知らない動物がいたからである。
 炎の鬣をもつ馬の親子がかけていき、大きな茶色の馬は仔馬に泥をつけている。木が生えた亀のような大きな動物の上では見たことがない小さな動物が寝息を立てていた。大きな鳥が毛繕いをしている様子もみてとれる。草花を模した動物が日当たりのいい場所にいるかと思うと、水辺にいる動物が水をかけてやっている。武術の練習をしている動物の隣を岩のようなものが転がっていく。空を見上げても蝶や鳥のような何かが飛んでいる。ケイファは外に出ると大きく手をひらいた。

「これみーんな、ケイファの家族!」

 ケイファの言葉にケイファの近くにいた動物達はケイファをみると、それぞれ鳴き声を上げる。荀攸はそれを見て感心した。先程からであるが、恐らくケイファとこの不思議な動物達は意思の疎通ができていたからだ。まぁ、それがこの場所の安全につながるかと言えば肯定はできかねるが。


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