二人目の怪盗-8-
「アキ、あんまり考えすぎるのは良くないぜ」
ポンと肩を叩かれて振り返る。そこにいた快斗くんに眉尻を下げた。どうやら視線がこちらに向いていたらしい。私はとりあえず苦笑いしておいだが。
「アキちゃん、ずっとそこから動かないからその絵が気に入ったのかと思っちゃった」
美雪ちゃんが少し揶揄うようにそう告げたが、そういうわけでもない。ただ、思考に耽るあいだ、目の前にあった。それだけである。なので、困った顔をして首を左右に振った。
「あ、そうだった! アキちゃんに今度会う時があれば、この絵を見せたかったの!」
さくらちゃんが思い出したように私の隣に並んで告げる。昔、アキちゃんにあった気がするって言ったでしょう? と続けた彼女に私は首を傾げた。確かに、昔、中学生のころ、彼女と出会った時にそんなことを言われた気はする。絵を見上げながら彼女はどこか思い出に浸るように口を開く。
「多分お父様が記憶を頼りにアキちゃん達を描いたんだと思うの。アキちゃん本人は覚えてないみたいだけど……」
そう言われてもう一度絵画を見る。
――3人の家族の絵だ。花畑にあるベンチで青い目をした女の子が、夫婦に囲まれて座っている。周りにあるオレンジ色の花はヒャクニチソウだろうか。確かに描かれている夫婦は私の両親に似ているし、真ん中にいる女の子も昔の自分に似ている。
「ほんと、真ん中の女の子、昔のアキちゃんにそっくりね!」
「ほえー、だからアキとさくらは仲が良かったんだな」
納得する美雪ちゃんとはじめちゃんに、私はまた眉尻をさげた。わたしは全く覚えていない。
「……うーん、私はよく覚えてないの。小さい頃に事件に巻き込まれちゃったみたいで、そこからまえのことはよく覚えてないんだ」
困ったようにそう笑えば、そうだったの!? と美雪ちゃんが声を上げた。もしかしたら、事件に巻き込まれたのは2人の近所に引っ越す前だったのかもしれない。さくらちゃんは以前に私が「小さい頃はよく覚えていない」と言っていたからか、特に反応をみせずに、どう? と尋ねてくる。
「なにか思い出しそう?」
「うーん、確かにここに描かれてる二人は両親に似てるかなぁ」
「じゃあ、蒲生剛三とアキの両親は知り合いだったのか」
「……あの二人の知り合いは結構多岐に亘るから」
泥棒もいるようだし、例の山内恒星のような人もいるし――まぁ彼は一方的に飯塚龍一を恨んでいたようだが――工藤先生や近宮先生とも知り合いのようである。あの二人の知り合いは本当に多岐にわたるのだ。確かに蒲生剛三のような画家の知り合いがいてもおかしくはない。
残念がっている彼女をちらりとみるとただ私にみせたかった、という話だけでもなさそうだ。目にはほんの少しの期待と悲しみが宿っている。彼女は私が覚えていないとわかっているはずなのに。では、彼女がどうして私に見せたがっていたのか。それは少し考えればわかる。
恐らくは、彼女は私にこういって欲しいのだ。
――子供の私があったのはあの蒲生剛三ではなく別人である、と。
彼女は止めて欲しいのかもしれない。これから起こる事件を。いや、これから起こそうとしている事件を。
しかし、これの作者が別人であると証明させる手は今のところ私にはない。それをどうするか段取りをしている間に、彼女に犯行を行わせてはいけないし、別人だと判明させないといけない。
「そういや、アキのおっちゃんの書斎にある絵」
快斗くんの言葉に私は彼を見る。この絵と作風が似ていないか? と告げた彼に私はもう一度蒲生剛三の絵を見た。
あの絵は飯塚龍一が書き上げた作品の中で、初期の頃、まだ父親が無名に近かった時に使われた挿絵だ。確かによくよく見てみれば挿絵の画風はこの絵画に似ている。
ただ、サインは蒲生剛三のものではなかったはずだ。しかも、ここ二、三年の内に出たその作品の再販本には好評だったわりにその挿絵は一切なく、その件について飯塚龍一は後書きでこう描いている。
――当時の挿絵を頼んでいた画家と連絡が取れなくなってしまい、権利の関係で挿絵はなくした、と。
この点を崩せばこの絵の作者は蒲生剛三ではないのだと証明できるのかもしれない。
「……羽沢さん、作者がわからない絵ってどうやって作者が分かるんですか?」
「ん? 故人の場合は博物館や研究者が調べることが多いな。生存しているなら本人が認めたりする場合がある。今回の肖像画のように」
画商の彼は流石に詳しい。
「どうして?」
そう尋ねた女性記者――醍醐さんに、私は答えを告げる。
「よくよくみてみれば、快斗くんが言うように確かに父の部屋に飾られている絵の作風に似ています」
私の言葉に、さくらちゃんは少し驚き、美雪ちゃんが首を傾げた。
「やっぱり、アキちゃんのお父さんが蒲生剛三と知り合いなの?」
「ううん、先程いったように、父の交友関係は多岐に亘るので私にはわかりかねます。でも、絵画に対し何億という大金を出してまで買う人かと言われたらなんとも……。美術に造作は深いとは思うけど」
「でも、あの絵のサインって別人だったよな?」
しれっと快斗くんがそう告げる。そこだ。
エッと周りが声を上げた。私は頷いた。酒を飲んでいた吉良さんがおかしそうに笑った。
「こりゃ傑作だ!! さっきからお前たち二人はこう疑ってるわけだな!! 蒲生剛三にはゴーストペインターがいた、と!」
「確かな証拠がない今、肯定も否定もできかねます。無闇に騒げば名誉毀損になりかねません」
そうワンクッションおいてから鎌をかける。さくらちゃんに、ではなく、恐らくここに紛れ込んでいる怪盗紳士に向かって。
「でも、今、本物の怪盗紳士が作品を盗んでいくとややこしい話になるなら遠慮してほしいというか……」
私の言葉に快斗くんが「確かにな」と頷いた。さすがはじめちゃんというか、私の言葉の一部に反応した。
「本物? アキ、さっきから本物って言ってるけどどういうことだ?」
そう尋ねたはじめちゃんに、私は口を開く。
「警視庁にいる中森警部から資料を事前に渡されたんだけど、そこに怪盗紳士の予告状の資料があったの。それをみた快斗くんが気づいたんだけど、怪盗紳士の予告状は二種類あるみたい」
私の説明に、周りはまた私をみた。醍醐さんが私に尋ねる。
「二種類ってどういうことよ?」
「怪盗紳士の『快』――りっしんべんが跳ねてるものと跳ねていないものがあります。恐らく今までの行動から見るに跳ねている方が本物です。怪盗紳士が他者が悪戯などでの使用を防ぐ簡易偽造防止の意味があるんでしょう。予告状などをよくよく見る機会など、警察関係者もしくは本人でなければありませんからね」
私の言葉にはじめちゃんは少し考えながら今回戻された肖像画に貼られたメッセージをみた。
「今回見つかったのは……跳ねてるってことは本物ってことだな。じゃあ、その前のは……おっさん、資料あるか?」
「急に言われてもな……」
「資料はここにあるぜ。念のために持ってきたんだ」
快斗くんはどこからともかく資料をとりだす。はじめちゃんと美雪ちゃん、剣持警部はそれをみおろした。美雪ちゃんが本当だ! と声を上げ、はじめちゃんがまた考える仕草をする。剣持警部がそれをみてまた口を開く。
「ってことは、今回の騒ぎは誰かが怪盗紳士を模倣したってことか? 何のために」
「そこまでは……でも、もし、万が一、私の勘があたるのであれば、企んでいる人に言えることは『止めた方がいい』ということです」
何を? と首を傾げた周りに私は絵を見上げる。
「私の兄のようであった方は、自分の母親が作った物を他人に奪われていました。奪われた際にその母親は命を落としてしまい、それを知った彼は奪った人達を殺しました」
全ては復讐のためです。
私はそう言って目を伏せた。きっとはじめちゃん達はそれが誰かなど察しているだろう。
「また別の方は、父親が作ったアイデアを他人に盗まれ、盗んだ人物が富を築いた結果、その方の遺産相続人のほとんどを殺しました。盗まれていなければ、元は彼女の財産になっていたかもしれなかった。それが動機です」
「……」
「それが彼や彼女にとっても、きっかけとなった方にとっても幸福であるか、救済であるかなど私にはわかりかねます。しかし、今回は明らかに違います」
私はそう言ってさくらちゃんを見てから周りを見る。
「彼や彼女達が盗まれたのはまだ形にしていないもの、世間に発表されていないもの。しかし、今回は発表されたもの。蒲生剛三が殺されてしまえば、これらの作品は永遠に蒲生剛三のものになる可能性が高い。何より彼は何者かに殺された悲劇の画家としてさらに彼の過去の名声をたかめ、値段が跳ね上がる可能性がある」
彼女は困惑したようだった。私はまた絵画を見あげる。そう、彼らを殺してしまうのはもったいないのだ。