二人目の怪盗-9-




 そんなタイミングである。私のスマートフォンが音を鳴らしたのは。表示は知らない電話番号である。高遠さんがまた電話番号やIDを変えたのだろうか? と首を傾げる。とりあえず断って電話に出たが。

「もしもし?」
「アキ、蒲生剛三のアトリエにいるんだな」

 聞こえてきた声は父親の声である。顔を顰めてしまったのは仕方がない。父親は私の反応を気にせず、口を開く。

「事件は?」
「それはどういう?」

 私のとぼけたような問いかけに父親は「わかってるんだろう、殺人事件は?」と尋ねてくる。どうして何かが起こっているのだと理解しているのか。その言葉に「いえ」と断る。

「まだです」
「その状態を維持しろ。もうじき、ヤマトから波照間島にある病院の調査結果が届く。俺ももうすぐでそちらにつく」
「波照間島の病院?」

 確かにヤマト達少年探偵団が行っているキャンプは波照間島である。遠い場所ではあるが、博士の友人がそこで天体観測会を開くのだと言っていた。

「波照間島は南十字座が見える日本で唯一の場所だ。我が愛する娘の肖像を描くなら、そこしかない」
 あの資料をみれば、だいたいの経緯や事件はわかる。

 父親の言葉になんとも言えない顔をしてしまった。確かに資料を一部おいてきたのは私であるが、まさか入れ違いで帰ってきているとは思わなかった。しかも、それを見るとも思っていなかった。山之内恒星の件といい、この人の思考回路は謎すぎる。
 私の表情が不思議だったのか、みゆきちゃんやはじめちゃんが「アキ?」「アキちゃん?」と首をかしげる。私の沈黙に彼は言い聞かせるように口を開いた。

「いいか、お嬢さんには大人しくさせておけ」

 通話を切ろうとした父親に、知り合いだったんですか? と尋ねる。

「蒲生剛三じゃない。真の作者の方とな。後数十分もすればつく」

 父親はそう言う。いい加減こちらを振り回すなと言っても、恐らく向こうはそういう意図はないのだろう。

「やろうとしていたトリックはわかるな?」
「起こっていないのにどう推測しろと?」
「何故、彼女は怪盗紳士のフリをしたのかを考えろ。怪盗紳士の特徴は?」
「盗んだ絵画のモチーフを……」

 そこで言葉を止める。怪盗紳士は盗んだ絵画のモチーフごと盗む。モチーフを改竄するのだ。あたりを見渡して、絵画を確認する。

「快斗くん、はじめちゃん、さくらちゃんの他に蒲生先生や海津さんの肖像画ってあったかな?」
「蒲生剛三と海津さんの?」
「あったと思うぜ。アトリエと廊下に」
「ええ、たしかにございます」

 執事の小宮さんが頷いた。他の人がそれがどうしたの? と尋ねる側で、はじめちゃんがまた考えこんだ。父親はあとはわかるな、とりあえず持たせろと告げて電話をきった。
 私はため息をついて、だれから? と尋ねた美雪ちゃんに答える。

「父親からでした」
「……アキのおっちゃん?」
「うん、どうやらこの件で何か心当たりがあるみたい。たまたまヤマトが波照間島にいるからちょっと調べてもらうって」

 さくらちゃんがピクリと反応する。はじめちゃんが同じように首を傾げた。

「波照間島?」
「日本で唯一、南十字座を観測できる島だ」
「南十字座?」
「我が愛する娘の肖像に描かれてる星座だな」

 彼らはそう言ってまた我が愛する娘の肖像をみた。
 ――時間を持たせろと言ってもどうすれば良いかわからない。数十分といっても、十分と一時間近くでは時間が全然違う。私はとりあえず、はじめちゃん達に今からするのはふりだよ、と言うふうに苦笑いしておいた。あまり、はじめちゃん達の前でこう言う真似をしたくない。だって、彼らは鋭いのだ。でも、時間を持たせるなら仕方がない。はじめちゃんはきっと、私に似た結論をもう導き出すだろうから。いや、もう出しているかもしれない。私はさくらちゃんに尋ねる。

「……あなたのその復讐、お手伝いしましょうか?」
「えっ」

 小さくさくらちゃんは息を詰めた。私は続ける。舞台の演者のように。

「舞台の幕を開けたのは、さくらちゃんでしょう? 大丈夫です」

 私は彼女の手をとる。

「何せここには彼の作風をよく知る画家も、調べる手段を持つ画商も、世間に周知できる記者も、紛れ込んだ怪盗も、腕が立つお人好しの高校生探偵も警察もいます。貴方の復讐劇を彩るのは。それだけで充分です。刃物なんていりません。もちろん、あなたが手を汚す必要はありませんし、これは貴方1人で立ち向かうようなことじゃない」

 私は出来るだけ優しい笑みを浮かべる。快斗くんが目を伏せた。彼もきっと気づいていたのだろう。

「――あなたがこの絵を見せたかったのは、私に『私があの頃に会ったのは蒲生剛三じゃない』と言って欲しかったからではありませんか?」

 さくらちゃんが緊張したように固まる。はじめちゃんが目を伏せた。恐らくはじめちゃんも同じ場所に思考がたどり着いているはずだ。きっとこれから先ははじめちゃんのほうがいい。誰かを欺く私が何かを言うより、真実を見通すはじめちゃんのほうが向いている。はじめちゃんは、まっすぐな瞳でさくらちゃんを射抜いた。

「なぁ、さくら。本当のことを教えてくれないか? アキの言う通り、俺たちが何か手助けできるかもしれないし」

 さて、ここで彼女はどうするのだろうか。何を言っているの? と、強い意志を持って惚けて見せるのか、それとも。

 ――でもまぁ、ここまで行くと恐らく彼女はとぼけるようなことはしないだろう。彼女はそこまで強い人ではない。はらはらと涙を流した彼女の涙を拭う。周りは動かない。ただ、何か舞台を見るようだった。かぼそく彼女は口を開く。

「あたし、あたしね」
「うん」
「お父さんに会ったの」
「失踪した?」
「うん。五年前、有名な画家さんに目をつけてもらえたからって言って、お父さんはいなくなったわ。庭も造ってもらえた、すごい人だって、しばらくは連絡がきていたの」

 周りはその言葉に息をつめた。

「うん」
「そのお父さんに、波照間島で会ったわ。廃人寸前で、あたしのことなんて覚えてなかったけれど。それでも、あたし、お父さんに思い出してほしくて、痩せたり、昔の雰囲気に合わせてみたりしたわ。そうしたら、そうしたらね、お父さんがある日、私の絵を描いていたの。描き終わったら、もう、目は覚まさなかったけど」
「それが――?」
「うん、あの肖像画よ」

 その言葉に周りは絵画を見る。画家の吉良さんが眉間に皺をよせた。迷い込んだ岸さんが口を開く。

「じゃあ、ここにあるのは」
「私のお父さんが描いたものよ。あのラベンダー畑だって、この絵画だって」
「じゃあどうして貴方は娘だと偽って……」

 羽沢さんの問いに、眉間に皺をよせて答えようとしたさくらちゃんに人差し指をたてる。シーッと言ってから、口を開く。事件にならないのであれば、その物騒なモノローグはいらない。

「貴方は父親の真実を探る為に、蒲生剛三に近づいた。怪盗紳士を利用し、絵画を知らしめて」
「じゃあ、他の予告も?」
「……ちょっとした時間稼ぎの悪戯だろ」

 快斗くんはそう言ってケラケラ笑う。なぁ、金田一! と話を振った快斗くんに、はじめちゃんは「……そうだな!」と頷いた。剣持警部がなんとも言えない顔をしたが。

「しかし、悪戯にしては……」
「さくらちゃんは本物の怪盗紳士を呼び出して利用したお詫びを言いたかった、はい、これで話は終わりです」

 そう言って私はさくらちゃんの涙をもう一度拭うと、拭った手からラベンダーの花をどこからともなく取り出して、彼女の耳にかける。

「これからの話をしましょう?」

 犯人達がいないすきに。