奇術師への奇妙な依頼




 最近、珍しく子供に交じって女子高生が米花公園でのちょっとしたマジックショーにくるようになった。いや、前から何人か見に来ているのであるが、最近二人同じ制服の高校生が新たに増えたのである。一人目はどこか蘭ちゃんに似た女の子だ。彼女はどうやら快斗くんの後を追ってきているようで、たまに快斗くんがいなくても恐らく友人のような子とやってきては不思議そうに私を見ている。
 そして、もう一人が今目の前にいる女の子だ。真っ直ぐな黒い髪を背中まで伸ばした彼女は、ここ最近やってくるようになった。少し離れた場所で見て、しばらくすれば帰る、のであるが、今日は違うらしい。家や親の元へ帰っていく子供達を見送ると、彼女は私の元にやってきた。すっかりヤマトと私に懐いたあの子烏が、カァ、と彼女をみて威嚇するように羽を広げる。私は声を変えたまま、烏をみた。

「こらこら、お客さんに怒らないでください」

 私の言葉に大人しく烏は威嚇するのをやめて、辺りを一周まわると私の肩に止まる。頭を撫でてやれば大人しく、彼女をみては首を傾げた。その様子はまるで誰だと言いたげである。

「まるでロンドン塔のレイブンマスターね」
「恐れ多い……この子烏は弟が助けたのです。私にはついでに懐いただけですよ」
「そうかしら? 貴方のことずいぶん気に入ってるみたいよ」
 ねぇ?

 彼女は烏に同意を求める。烏はカァと返事をするようにないた。彼女の方が意思の疎通はできていそうではあるが。

「残念ながらもう今日は披露するマジックはないのですが……何か御用ですか?」

 そう尋ねれば、彼女は私を見て、スッと目を細める。

「追い込まれし白き羽をもつ者、それを助けるは薔薇を抱きし青い目をした賢者」

 まるで小説のような、あるいは詩、あるいは古文書を直訳したかのような文言だ。私が首を傾げれば、彼女は言葉を続ける。

「賢者、その心身を地獄の使いに捧げてもなお、盟友の危機となれば立ち向かわん」

 地獄の使い。高遠さんのことだろうか。彼女はどこでそれを。そう内心で思いながら、なんのことです? と困惑したような声を出す。彼女はふっと息を吐いて少しだけ笑みを浮かべた。

「占いよ」
「占い?」
「ええ、……地獄の使いはわからないけれど、青い目をした賢者は貴方のことじゃないかしら? 同じ星巡りで彼といるのは貴方だけよ」
 貴方、青い目をしているでしょう?

 そう言った彼女にため息をつく。今日でよかった、というか。まぁ、今日は試しに男に変装してみているのでメイクというかそういうものも少しメンズよりだ。仮面をそっと外して彼女をみた。

「驚きました、それも占いで?」
「えぇ、そうよ」

 彼女はそう言って頷く。貴方の名は? と尋ねれば、彼女は小泉 紅子よ、と名乗った。

「その制服は……江古田高校のもの、でしょうか。快斗くんのお知り合いですか?」
「えぇ、クラスメイトなの」

 ふむ、快斗くんはもしや女の子にモテるのだろうか。まぁ、はじめちゃんも意外とモテるし、ああ言う感じの性格の人は好意を寄せられやすいのかもしれない。あと、あまり私は普段の姿で彼と出かけない方がいいかもしれない。いらぬ恨みは買わない方が良さそうだ。とりあえず、私は会話を続ける。

「彼にはよくしていただいています。僕はあまり日本に馴染みがありませんが、彼は親切です」
「……貴方に声をかけたのは、その親切な黒羽くんを助けてほしいからよ」

 彼女の言葉に私は首をかしげる。

「彼に何か?」
「貴方も知っているでしょう? 彼が何者か」

 それは快斗くんが怪盗キッドということだろうか。……快斗くんはクラスメイトにバレて大丈夫なのだろうか、と一瞬不安になる。まぁ、彼に至っては高遠さんと同じく下手な証拠は残さないし、大丈夫だとは思うが。しかし、彼女も何か推測する根拠があってそう言っていると思われる。沈黙は肯定と取るわ、と彼女は私にトランクを渡した。

「一週間後の21時、場所は都内の美術館よ。そこで黒羽くんは大衆の面前で危機に陥るはず」
「……それも占いで?」
「ええ、そうよ。私は大衆の面前だと助けられないから……」

 彼女はそう言って少し目線を下げた。私は彼女を見下ろしつつ、口を開く。

「……危ないとわかっているなら彼を直接止めた方が良いのでは?」

 そう尋ねれば「無理よ」と告げた。

「貴方もわかってるでしょう? 彼、認めないし、そういう方が燃えるんですって」
「ふむ……しかし、貴方のいうように彼を助けて僕に何かメリットが……」

 あるのか、と言いかけて、そう言えばこの間の怪盗紳士の件で彼には借りがあるのだと思いだす。何かと借りは返しておいた方がいいかもしれない。

「彼には借りがあります。仕方ありません、彼が貴方の占い通りにピンチに陥るようなら助けましょう」

 そう言えば彼女は満足そうに頷いた。よろしくお願いね、と彼女は告げて私に小さなトランクを握らせる。これは? と尋ねる前に彼女はさって言ってしまった。仕方がない。ベンチに座って彼女に渡された手元のトランクを少し開けて見ればなるほどキッドのコスプレセットときた。はぁ、と軽くため息をついてトランクをしめる。烏がトランクの上に器用にのった。
 ――これはどうしろと。
 私は大道芸はするが、舞台の上でのイリュージョンとなればあまりやらない。この間、高遠さんに変わって舞台に立ったりした時くらいだ。そもそも、彼が盗むという予告をしてしまえば、警察や狙われた宝石を持つ人は何やら最新の機器で防いでいなかっただろうか。やはり一介の奇術師――と言っても私は見習いであるし――には無理なのでは。ため息をついていれば、アキ? と声をかけられる。振り返れば高遠さんがいた。

「どうかしましたか?」

 彼女――小泉さんと入れ違いにやってきた高遠さんは私の持つトランクを見た。いつもの奇術師用の道具がはいったトランクでないのがわかったのだろう。

「それは?」
「高遠さんが来る前にいた女の子に、快斗くんへの借りを返すように言われたんですが……」

 そう言って少しトランクをあけて彼に見せる。その隙間から高遠さんと子烏は中を見た。そして、高遠さんは眉間に皺を寄せる。

「……アキ、家で詳しく話しましょう」

 素早くトランクを閉めると高遠さんは私の手を引いた。私は自分のトランクを掴んでその後に続く。あの子烏が続くように空を飛んだ。