三人の奇術師、新しい秘密-2-




 ――夜明けの空(ルーキス・オルトゥス)。キッドが盗むと予告したビッグジュエルの一つだ。紫色の大きなスキャポライトはライトの角度や種類によってさまざまな色に変わってみえる。その色はまるで日暮れから夜明けまでを指しているかのようで、特に真夜中のような濃い紫から朝焼けのような赤に綺麗にへんじることから、ラテン語で『夜明け』と名付けられたらしい。元はローマ帝国の持ち物であるそれは歴史とともにオスマン帝国に運ばれ――どういう運命を辿ったのかは分かりかねるが日本にやってきて博物館ではなく美術館に飾られることになった、というわけだ。

 なるほどあれは少しばかり難しい。
 快斗くんは確かに公衆の面前にいるし、その側には最近快斗君の後を追ってよく見にきていた女の子ともう1人同い年くらいの青年がいた。青年ががっちりと快斗くんに手錠をしているのも、女の子が彼の腕を掴んでいるのも見える。高遠さんも同じくそこを見たのだろう。あぁ、あれは少しばかり難しいですね、とぼやいてから何食わぬ顔で警察に紛れて歩く。私も帽子を目深に被ってそれをおった。

 この美術館は古いものだ。戦前からある貴重な建物で、百年ほど前に起きた震災でも空襲でも壊れなかったものである。だからこそ、最新の防犯システムを導入することもなく――正しくは導入できず――、警察官だけでどうにかしようとしている。唯一の防犯設備である監視カメラは、警察官のふりをして少し前に録画した画面を繰り返すように設定済みだ。付け加えて――宝石の贋作を置いているわけではない。なぜなのか、と思えば、館長曰く返してくれるでしょう、ということなのである。まぁ、恐らく快斗くんの目的のものでないのなら返されるだろう。しかしながら、館長は商売魂が逞しいというのか、今回の騒ぎを来場者が増える宣伝になると思っている節があるようで、メディアもキッドファンの観客もたくさん呼び込まれていた。そういえば、知事があまり集客がない美術館等の予算を減らすというニュースも最近している。それを考えると、確かに集客UPをはかる良いチャンスであるかもしれない。
 はぁ、とため息をついて、私は忍び込んだ天井裏――というよりは梁のような場所――から下を見た。なかなか高い場所である。まさかこんな場所に登るとは思わなかった。下見の時に偶然見つけた隠された天井裏の倉庫。宝石の飾ってある場所のちょうど真上を通る人一人分以上の太さがある梁。天井裏の倉庫からその梁へと通路が繋がっており警察も職員もそれを把握していなかったのだ。木造である一部は酷く傷んでしまっていた。そこを踏まないようにするのが大前提である。
 それにしてもやはり警備の警察が多いようである。私は展示されている部屋から手元の時計をみた。もうすぐ時間だ。

 ――わざと少し時間をずらせ、とは高遠さんの助言である。

 予告時間に来ない、とざわついた周りや警察官は快斗くんをみた。その瞬間、ライトがカチカチとまるでごく自然に――停電するように消える。高遠さんからの開演せよ、という合図だろう。
 私はまずキッドの服装をしたマリオネットを展示台におとす。スポットライトのようにそこにライトがあたる。人形? と首を傾げた警察官やキッドファン――観客に、私はマリオネットを動かし、快斗くんの声色で喋る。

「失礼、私としたことが少々時間が遅れてしまいました」

 そう言ってマリオネットに一礼をさせてから快斗くんたちのいる方向にかおをむけ、考える。

「おや? そちらにいる少年を見せ物のように捕らえてらっしゃいますが……まさか! 私を彼だと勘違いしているんですか? どうやっても彼は動けないのに?」

 快斗くんがそっと両手をあげる。よろしい。快斗くんのとなりにいる青年が声をかける。

「そこまで言うなら姿を現したらどうです? その人形が動くのも何か仕掛けがあるんじゃないですか?」
「おや、私を操る糸があると?」

 そう言ってマリオネットは帽子を外す。そうして上に糸などないのだという風にマリオネットを動かした。白いシルクハットから飛び出したカードがひらひらとマリオネットの上を飛び交う。そこに糸など存在しないように。

「これでも両手を上げる彼が私を操っていると?」

 周りはそれを見てぽかんとした。そうして起こった歓声とキッドコールに、私はマリオネットをキッドのように手を広げさせる。

「……Ladies and gentlemen! それでは、本日もとくと奇跡をごらんあれ!」

 そう言って照明を暗転させる。数秒の暗転、暗闇に慣れない時間。その時間だけで充分だ。そのうちに私はマリオネットと入れ替わる形で同じ姿勢で展示に降り立った。ライトが付いた瞬間にキッドに扮した私がいたからか周りは半ばパニックである。
 さて、ここからは時間が勝負である。そのまま細工が施されていなさそうな展示台から宝石をとる。本物かどうかを簡易のライトで確認し、盗んだ宝石を警察の前で手元から消してみせた。

「キッドだ!!」

 そう叫んだ警察が私に対してのアクションを行う前に、私は展示台の近くと煙幕を落とす。それが煙を発するのと同時に展示台近くにも煙が噴射される。それを確認してから上に引っ掛けておいた錘――屋根裏に保管されていた絵画約十数点をつなげたもの――を手順通り下から引っ張っておとした。私の体重より重い錘が落下したことにより、私はエレベーターの原理で元いた梁のあたりにもどり、そのまま梁の上に上がる。絵画と繋がっている黒く塗られたロープを手順通りに太い柱につけ、私の代わりに落下した絵画を宙で固定する。コレで絵画を観客にみせつけるようになっているはずだ。

「アキ、上々です。こちらへ」

 私はそのまま高遠さんの声に誘導されて安全な天井裏の倉庫にいくと、キッドの服から早着替えし、キッドの服は小さなカバンに詰め込んだ。さて、警察との逃亡劇は流石に私には身が重い、と言うのが高遠さんの判断だ。快斗君が動けないのであれば、引き受けると彼は告げていてくれた。高遠さんは警察官の服装から、キッドの服装に変じている。

「あとは手順どおりに」

 そう告げた高遠さんに私は頷いた。そして、パニックになる周りを見下ろしてから――高遠さんが描いた手順通りに比較的安全だと判断されたルートで観客にまざる。ようやくそこで手錠を外された快斗くんを見たが、どうあがいても高遠さんや私に合流するのは難しそうだ。後で連絡を入れておこう。私はそのまま快斗くんから視線を移し、キッドを捜す警察の映像が映し出されるスクリーンを見た。いたぞ! キッドだ! という警察官が叫ぶ声が聞こえる。ライブビューイングされているカメラにキッドの姿をした高遠さんがうつっていた。そのまま彼はカードマジックを織り交ぜつつ――私が聞いていた手順通りに追ってきた警察に挨拶をすると窓から飛び降りた。キッドの衣装がふわりと浮かび、警察とカメラの目隠しになると、そのままそれは浮かび上がり――ハンググライダーの模型が闇に消えていく。警察達がクソゥ! というのと、キッドファンの歓声が上がるのは同時だった。いちいち驚いたり拍手をしたりと良い反応をしていた館長がキッドの逃亡を面白そうにケラケラ笑っている。随分とまぁ、器が広いというか、肝が据わっているというか、なんというか。中森警部が館長をみた。

「そもそも貴方がこんな簡易な警備をするからヤツにこんなに簡単に盗まれるんですよ!」
「いやぁ、探偵くんがかの青年がキッドだと言っていたし、信じ込んでしまった! しかし、この絵画達、目録でしか見たことがないものですな。戦時下で消えた絵だと思った負ったのですが」

 館長はそう言って私が錘として使用した絵画を見る。私が錘として使用した絵画は連作になっていて、夕空から夜空、夜空から明け方に変じる様を色彩だけで数十点にわたり描いており、とても綺麗な絵だ。錘として使用するにあたり、絵画の時間軸通りに私と高遠さんは並べていて錘にしたのだ。偶々見つけた絵画ではあるが、こうやって日の目を見たのはいいことかもしれない。
 さて、絵画とこの混乱を見るのも良いが、そろそろ高遠さんと合流しないといけない。他の観客達と同じく警察に促されて外に出る。そうして少し人ごみから外れた場所に向かえば、いつも通りの服装をした高遠さんがやってきた。白の対局、黒の服をきたその姿に安堵する。彼は大丈夫なはずだとわかっていても、心配なのは心配なのである。

「よかった、人ごみに流されて合流できないかと思いました」

 彼はそういって私の手をとる。私と違う意味で心配したようだ。まぁ、最悪家に帰れば合流できるのであるが、私も高遠さんが心配で落ち着かないだろう。快斗くんは女の子と青年に挟まれてああだこうだと言われているのが見えた。高遠さんも私の視線を追って確認したのか、キッドも見ましたし、帰りましょうか、と私を見下ろした。私は頷く。そろそろヤマトが少年探偵団でのお出かけ――交通渋滞に捕まっているようだけれど、そろそろ帰ってくるだろう。宝石を渡すタイミングを失っているが、後で落ち合うためにメッセージは送っておいた。不意に高遠さんが私の耳元に口を寄せる。

「アキ、今日、私がキッドの振りをしたことは二人の秘密にしましょうか」

 その言葉に私は彼を見上げる。てっきり、言い方が悪いが快斗くんを揺する材料にするかと思った。私が不思議そうな表情をしていたからだろう。高遠さんは「嫌ですか?」と私に尋ねた。そんなことはないので首を左右に振る。高遠さんは機嫌がよさそうだ。

「またひとつ、二人だけの秘密ができましたね、アキ」
 まぁ、彼は気づいてしまうかもしれませんが。

 高遠さんはそう言って私の家へ向かって歩き出す。人ごみに紛れた私たちはきっと誰にも見つけられない。