三人の奇術師、新しい秘密-4-
「よっ、アキ」
夜の米花公園にやってきたのは快斗くんである。彼に宝石を渡すためこうやって人気のない夜の米花公園で合流したのだ。街灯の下にあるベンチの下、私は読んでいた手帳をとじると、彼を見上げた。
「こんばんは、快斗くん」
「こんな夜中に一人で出歩いて大丈夫か?」
そういって快斗君は隣に座る。私は、うん、と頷いた。
「ヤマトはもう寝てますし、遠山さんも留守ですから」
「なら、余計に危ないんじゃないか?」
「――昔から偶にこうして夜の公園にいるから」
私の言葉に彼は意外だったのか、目を瞬いた。私はその様子に苦笑いをする。
「意外だった?」
「まぁ。夜の公園で何してるんだ?」
「ぼうっとしてるだけだよ。月をただ見たり、周りの音をきいたりするの。気がすんだり、警察に声をかけられたりすれば家に帰ってるけど」
手帳をポケットにしまうついでに、もう一つ、今回の目当てである『彼に渡すもの』をとりだす。
「快斗君、借りは返すね」
そういってケースにしまった宝石を彼に渡す。彼は目を伏せた。さて、かれはとぼけるのか。とぼけないのか。それともキッドの振りをしてポーカーフェイスを貫くのか。
しかし、彼もわかっていてこの場に来ているはずだ。快斗君はまず宝石を受け取ると、それを月にかざす。宝石が月明かりに照らされて色を変じさせる。色彩の変化を見ているのだろうか。疑問に思ったが、そういえばと思い出す。
「怪盗キッドはたまに盗んだ宝石をそういうふうに月にかざすってヤマトに聞きました」
私は彼に逃げ道を作る。こうすれば彼はキッドの振りをすることもできるからだ。
「ビッグジュエルを月にかざせば、宝石の中に存在するもう一つの宝石が赤く光りだす」
「――では、その宝石が?」
「いーや、これははずれ」
快斗君はそう言って宝石を違うケースに入れた。
「貴方のお父さんがその宝石を探していたのですか?」
「いいや、俺の親父を殺した奴らがその宝石を探してるんだ」
快斗君は認めた。こちらを見ないまま。せっかく逃げ道をつくったというのに、彼は濁さなかった。
選択を間違えたと思う。このままでは、お互い知らないふりができる――表面上での『仲良しこよしの友達』でなくなる。彼の秘密に踏み込めば、その代償は高くつく。
「俺は奴らより先にその宝石を見つけて、ぶっ潰そうと思ってる」
そういった彼に、ああ、それが彼なりの復讐か、と思う。人を殺すことと器物破損では罪の重さは違うが。しかし、彼が高遠さんの誘いにうなずかなかった理由も理解した。彼は誰かを許す聖人なんかではなく、復讐をしている真っ只中ということだ。
「この前、船の上で遠山遙治に復讐を手伝おうかって言われた時、そりゃあ焦ったぜ。俺の内心を見通すようだったし。まぁ、あの時はあの人の言葉を参考にしたりもしたけど……」
快斗くんはそう言って私を見た。今度は私が目を伏せて目をそらす番だ。
「あの人……遠山さんは――地獄の傀儡師の高遠遙一、だろ」
「さぁ」
いつもとは反対に私がとぼける。私がとぼけたって彼はわかっているだろうが。恐らく、あのエッグの騒ぎの後、私のそばに高遠遙一がいると通報したのは快斗君だ。
「……なぁ、アキ、なんでそんな奴と一緒にいるんだ?」
快斗君の問いかけはもっともだろう。答えない限り、彼は恐らくずっと通報をする。私たち姉弟を思って。彼がキッドとしてどういう行動をしているかはさておき、快斗君の根は欺く人でありながら善者だ。だから、私はそれをこたえるために口を開く。
「――遠山さんがどんな人であっても、私の大切な人だよ。ずっと昔から、彼が奇術師であったときから」
「……」
「私が小さいときから、私が一人で夜の公園に行ったときに必ず迎えに来てくれるのも、私がただいまっていって『おかえり』って返してくれるのも、ずっと、ずっとそばにいてくれたのも、家族でも友達でもなくて全部あの人だよ。ヤマトがきてからもそうだし、今もずっと」
私はそう言って笑って快斗君を見る。私は多くを望まない。私はヤマトと高遠さんがいればそれでいい。だから。
「――あの人を私から奪わないで」
願うような言葉だとおもう。続いて口から出た、私を一人にさせないで、という言葉は本来なら高遠さんに告げるべき言葉だろうけれど。
私は笑っては見たが、表情を張り付けることに見事に失敗した。ぽろりと涙が流れたからだ。快斗君はそれを見て息をつめた。ああ、いけない。泣いてはいけない。彼がどういう判断を下そうと、そこに私は関係ない。私はあくまでいつも通り過ごすだけだ。それが私の平穏で、私の幸せなのだ。私は涙をぬぐって立ち上がった。
「――もうそろそろ帰らないと、ヤマトが起きちゃうかも。じゃあね、快斗君」
――きっともう彼とは会わない。私情に踏み込んできた人に会いたくないし、なによりも高遠さんを通報するような人のそばにいてはいけない。それを許容してしまえば、私は高遠さんに会えなくなる。もういちど笑顔を貼り付けてそう言えば、彼は咄嗟に私の手を掴んだ。
「……わかった、遠山さんに関してはもう俺は何も言わない。アキの大切な奴ってことは痛いほどわかったし――見たところ、アキや弟に何かするわけでもなさそうだしな」
快斗君はそういって笑う。屈託のない笑みで。はじめちゃんに似た笑みで。私はそれに少し安心した。約束は守ってくれるかはわからないが、そう言ってくれるのであればまだ少し救いがあるような気がした。彼はやっぱりはじめちゃんに似ている。私がありがとうと言えば、彼はごく自然に隣に並んで歩き出す。
「アキ、とりあえず、今回のはすっげー助かった。白馬がたまにああいう嫌がらせをするんだよ」
「白馬?」
「この前言っただろ? 白馬探。高校生探偵で同じ高校同じクラスなんだよ」
「……それは大変だ」
「だろ? この前は紅子に助けられてどうにかなったけど、また俺を疑ってあんなことしてくるとは思わなかった。白馬のやつ、しばらく頭を抱えてるぜ、あれは」
「ああ、そういえば、小泉さんも助けたことがあるっていってましたが……ヤマトのホームズではなくて、その方だったんですか」
「名探偵のが身近にいないだけマシ」
「それにしても、彼女の占いはよく当たりますね」
そういえば、まあな、と快斗君は何とも言えない顔をした。分かれ道である。立ち止まった快斗君は私に向かって口を開く。
「遠山さんに借りはかえす、ついでにアキを多少借りたいって伝えといてくれ」
「……借り?」
「優秀なアシスタントがいないとアレはアキにもさすがに難しいだろ? 何回もみかえしてようやくわかったぜ……マリオネットはわかんねぇけど」
快斗君の言葉に私は「秘密」と返す。ちぇっと少し子供がすねたような反応をした彼は「じゃあな」と手を振る。
「アキ、また明日!」
そう言った彼に私も手を振る。また明日、と返せば彼はどこか安堵したように夜道に消えた。