奇術師への素敵な依頼と青い目をした人形の男の子
もうすぐで特別な薔薇が咲く。透明に似た花弁をもつその薔薇は高遠さんから世話を任せられているものであるし、試行錯誤して株分けに成功した薔薇でもある。高遠さんの物のほうは枯らしたくないため、部屋の中にある鉢植えで大切に育てているのだが、私が株分けできたものはちょっとした庭の一部で育てているのだ。その双方がもうすぐ咲く。今日花の具合を確認すれば他の薔薇と同じくつぼみが膨らんでいた。他の花の様子を窺って水やりをすますと、私は大道芸の道具をもって公園に向かった。
いつもの場所に向かおうとすれば、ちらほらともう待っているお客さんがいた。仕方なく少し外れたところでいつも大道芸をしているときの仮面をつける。そうしていつもの場所に向かえば、私を見つけた子供たちが寄ってきて、今日は何するの? と尋ねてくる。私は男性の声で子供たちに問いかける。
「逆に、今日はどうしようか?」
その問いかけに、周りの子供達が烏だとかお花だとかトランプだとか様々な案を口々に告げる。私はそれをなだめてまだ準備をするから座って待つように告げた。おとなしくいつもの位置に座って待つ子供たちには持ってきていたお菓子を渡しておく。そうして準備を始めれば男性がやってきた。最近カップルでよく来る人だ。幸せそうに、いつもマジックを見て良い反応をする女性と一緒にやってきては、ショーが終わると子供たちにまぎれて楽しそうに帰っていく。
「あの」
「どうされましたか?」
そう首を傾げれば、彼は何かもごもごと口を動かして――意を決したように口を開く。
「彼女にプロポーズするのに協力してもらえませんか!?」
彼の言葉に目を瞬く。そういったお願いは初めてである。返答しないでいると、やっぱり無理ですよね、と彼はがっくりと肩を落とした。
「――いいえ、構いませんが……」
本当ですか? と嬉しそうに告げた彼に頷いて、何時ですか? と聞いてみれば「今日!」と言われてしまった。
「今日?」
「はい、今日です!」
……少し考える。さて、どうしようか。どうせなら魔法のようにしたいものだけれど。そう考えて一応彼と彼女を指名することを告げて指輪を預かった。さて、持ってきているもので順序を組み立てなければならない。せめて次の週に、だったらもっと考えられたのであるが。薔薇の花は赤と白、本当は108本あったらよかったのだが、そんな本数は準備していない。即席で11本の赤い薔薇と1本の白い薔薇で12本の花束を作り、準備をすませた。さて、ショーの開演である。まぁ、私は準備をする振りを続けるけれど。
ひょっこりとマリオネットを準備していた鞄からのぞかせれば、子供達がわぁと歓声を上げた。私はそれを聞いてからおいてある鞄をみる、その時にはマリオネットを鞄に隠す。私は子供を見て尋ねる。
「なにかありましたか?」
「鞄!」
「人形!」
そう口々に告げた子供に私はもう一度鞄を見るふりをする。
「なにもありませんよ? もう少し待っていてくださいね」
私はまた準備を進めるふりを続けた。マリオネットをうごかして、また鞄からひょっこり飛び出させて子供に向かって手をふらせた。クスクスと子供たちが笑うのでもう一度鞄を見る、と同時にマリオネットを鞄に引っ込める。また鞄をみてから作業をする。人形を飛び出させて、動かす。それを繰り返せば、子供が、後ろ後ろ! と声をかけた。私はようやくそこで人形を見つけるふりをする。ぎくりと悪戯がばれた子供のように人形をうごかして、私を見上げさせた。
「こら、貴方はまた悪さをする。人間になれなくなってしまいますよ……いいわけをしない」
そう言って人形を叱るふりをする。さて、今日は元より人形を使って魔法使いと弟子のような演目をすることは決めていたのだ。人形は鞄の中におとなしく下がらせて、私は持ってきていた台に本をおき、違うものを準備するふりをし帽子を手前に置くと――あ、と声を上げた。
「大事なものを忘れてきました。しばしお待ちください」
私はそう告げてその場を離れる。そうして見えない場所に行くと人形を動かした。鞄の中から飛び出した人形は私が置いた本の前にやってくると本によじ登った。そうして私は子供の声で口を開く。
「おにいさん」
そう呼べば子供は周りをみわたした。
「右から二番目の紺色の服を着たお兄さん」
プロポーズを手伝ってほしいと頼んだ彼にむかって視線はむく。俺? と自分を指さした彼に人形をうなずかせる。
「他に誰がいるのサ。可愛い彼女を毎回これ見よがしにまいかいつれちゃってサ」
そう軽口を挟めば、大人がけらけらとわらう。
「おにいさん、おねえさん、僕じゃちょっと荷が重いからてつだってよ。その隣にいる男子高校生と彼女と一緒に」
男性はとなりいにる快斗くんをみる。快斗君は一瞬驚いた顔をしたが、しかたないな! と言いながら男性を押して人形のそばによった。
「お姉さんはソコにすわって、あの人が来たら教えるかかりネ! お兄さんたちは僕が杖を振るから、本をめくってほしいんダ。僕上手にめくれないから。そうすればあの人がいなくたってショーはできるよ。大丈夫、ちょっとならあの人にばれないよ」
「ページをめくる」
「こうめくればいいんだろ」
そういって快斗君がページをめくる。トランプ! といいながらトランプを本から飛び出るようにする。快斗君がうまいことフォローに入ってくれるだろう。宙に舞ったトランプに周りは歓声を上げる。そのまま人形が勝手にはじめたようなマジックショーはすすみ――本が暴走するようにがたがた揺れることにより話はかわる。そこからはまるで制御が聞かない魔法の様だ。勝手にトランプは飛び交うし、勝手に鳩や烏は飛び出るし、炎はでるし、快斗君が面白がって彼のマジックを混ぜるので余計にカオスだ。
「何してるんですか!」
私はそう言って人形のマジックを止めるために姿をあらわす。本を閉めればそれらは収まるとおもったからか、お兄さんと人形は閉めようと躍起になっていた。私は人形から杖をとりもどすと、なかなか閉じない本を杖でたたく。鳩もトランプも本に収まるように見せかけて台の下にある箱に戻していく。烏だけが台の近くに止まったけれど。この子は悪さをしない。私は人形を見下ろした。
「どうしてくれるんです、もう今日のショーのネタがほとんどでてしまっていますよ」
「エー」
「せっかくいろいろ考えていたのに。まったく、貴方は……さぁ、貴方は鞄に戻る」
そう言って人形を鞄に戻す。もう一度顔を出そうとした人形に「こら」と言えば人形は鞄の中におとなしく戻った。
「もう、本当にいろいろ考えていたのにこれじゃあショーはできません……」
「えっ」
子供たちの「えー!」という残念がる言葉につづいて、隣にいる男性も困惑した声を出す。私はそれをスルーして本に手をかざした。
「おや? ひとつだけ残っている魔法がありますね」
私はそう言ってページをめくる。快斗君と男性に見えるようにこれからの手順のメモをおいた。彼はプロポーズしますと書かれた文言に快斗君は理解したらしい。
「ふむ、これはもともとあの人形が練習していた魔法ですし、貴方にもできる魔法です」
そう言って彼に杖を持たせる。振ってみてください、と促せば彼は魔法の杖を振った。その瞬間、薔薇の花びらが空を舞う。私は本に布をかぶせる。
「貴方が大切な人に送りたいものを思い浮かべて杖を振って」
そういえば、彼は杖を振った。布を外せば快斗君が用意したらしい数学の教科書にかわる。いいアドリブ。私は彼女に問いかけた。
「数学の教科書。お好きですか?」
「いえ、苦手です」
「では、貴方が数学お好きなんですか?」
「滅べばいいと思うくらい大嫌いです」
彼女はそういって顔をしかめた。私は少し考えて彼を見る。
「――おかしいな。お兄さん、僕に向かって嫌がらせしてます?」
「いえ、そんなことは」
「じゃあ、もっと強く思い浮かべて」
男性にもう一度振らせる。薔薇の花びらを舞わせる。そうして花びらが収まったときに布を外せばそれは薔薇の花束に変わった。
「おや、薔薇の花束。知っていますか? 薔薇の花束には意味があるんですよ。これは貴方の意志が形になったものです。どうぞ、手に取って」
そう言って薔薇の花束を手に持たせる。そうしてもう一度布をかぶせた。彼はもう一度杖を振る。今度は快斗君がテープなどを仕込んだのだろう。布を外すと同時にポンという音がして本が消え、紙テープや紙吹雪と一緒に指輪のはいったケースが現れた。そこで大人もませている女の子も理解したのかきゃあと声を上げる。
「12本の薔薇で作った花束の意味を貴方は知っているはずですよ」
茶目っ気たっぷりにウィンクすれば、彼は頷いて――彼女にその花束と指輪を渡した。
「俺と結婚してください!」
彼が花束を渡した彼女はおどろいて、すぐに涙を浮かべる。そうして、頷いた彼女に私は薔薇を舞わせておいたけれど。
「では、貴方たちの幸せを願って今日のショーは幕を閉じましょうか。皆さま、こちらの二人の幸せを願って大きな拍手を」
そう言えば拍手の中彼女たちは座った。
「協力してくれたこちらの青年にも拍手を」
快斗君をそういって拍手の中客席に戻す。人形をまた操り私に近づけさせて、私は人形と二人で観客に向き直ると一礼をする。起こった拍手を聞きながら、私はいつもの締めの台詞を告げる。
「それでは、みなさん。今日はここまで。おうちに帰りなさい、怖ーい怪人が現れる前に」
そういって一礼をする。子供たちは拍手をしてそのまま帰っていった。こども達をみおくってカップルがお礼を言いに来る。そうして最後に快斗くんがいつも通り残った。私は後片付けをしながらいつも通り口を開く。
「ありがとうございました、今日急に言われてどうしたものかと思っていたんですよ」
私の説明に、そうだったんだな、と言いながら快斗くんはベンチに座った。いつも通りだ。何も変わらない。変われば私がいなくなると思ったのか、彼は何も思っていないのかはわかりかねるが。そのまま今日のマジックについて話していれば、不意に快斗君が、げ、と声を上げた。
「青子」
その言葉に私もそこを見る。なるほど、快斗くんについてやってくる女の子である。そしてキッド騒ぎの時に快斗くんの腕を掴んでいた女の子だ。やっぱり外見が蘭ちゃんによく似ている気がする。彼女を手招いた彼に「やっぱりお知り合いですか」とこぼせば「幼馴染みだよ」と返された。なるほど、幼馴染み。はじめちゃんと美雪ちゃんのような関係だろうか。
「なんでここにいるんだよ」
「恵子にいわれたのよ、なんか最近この曜日に快斗がこそこそして怪しいっていったら、つけてみたらって」
「だからってなぁ」
半分呆れた快斗くんに私は仮面を外す。快斗君の周りが現れてからは念のため快斗君が来る曜日は男装するようにしていたが、それでよかったとおもう。彼女は仮面を外した私を見てぽかんとした顔をした。
「はじめまして、快斗くんの幼馴染みさん。僕の名前は――マリト」
にっこり笑ってそう告げる。
「マリト・アキ・ツオネといいます。快斗くんにはいつもお世話に」
「が、外国の人!?」
「ハイ、母が日経なので女の子のような日本名が混ざりますが――彼にはマジシャン同士、仲良くしてもらっていて……何か変な勘違いさせたなら申し訳ございません」
私の言葉に彼女は首を左右に振ったのだ。そうして彼女は身振り手振りで今日のマジックがすごかったとつげてくれた。快斗よりずっと、といった彼女に快斗君がむくれていたけれど。しばらく二人とマジックの話をする。蘭ちゃんにそっくりであるが、青子ちゃんのほうがどこか無垢な子供のようなイメージを持つ。
「そうだ、もう少ししたら珍しいバラが咲くんですよ」
「珍しい薔薇?」
青子ちゃんがそう言って首をかしげる。私は笑みを浮かべて、はい、とうなずいた。とてもきれいな珍しい薔薇なんです、と告げれば、二人の興味をひいたのか、見たい! と言われた。私としても見てほしい気はするし、少し考える。あの薔薇は綺麗だが咲いている時間が短いのが欠点なのだ。
「青子さんや快斗君にお渡しするには日程が合いそうにありませんね、加工したものでよろしければ快斗君にお渡ししましょう」
「え、ほんと! ありがとう! 快斗、ちゃんと届けてよね」
そう告げた青子ちゃんに快斗君は「はいはい」と仕方ないなという表情をうかべたのだけれど。青子ちゃんは話もそこそこに立ち上がって、影から様子を窺っている別の友達と合流した。快斗君がこちらをみる。
「マリト、なぁ」
「――そのほうが、都合がいいでしょう? お互いに」
私もそういって鞄をもって立ち上がった。仲を勘違いされるにしろ、彼に何か手を貸す時にしろ、飯塚アキという名前では私が困るし、マリアは高遠さんのお人形としての名前だから使うわけにはいかない。だから、私はもう一人の人形を作り上げただけ。快斗くんとのお遊び専用の。彼は「えっ」と少し困惑したような声を出したが、すぐに私が意図することを理解したのか、「そうだな」と頷いた。私はいつもの声色で「またね、快斗君」といって手を振る。彼はそれにいつものように「またな」と手を振って青子ちゃんに合流した。