ラベンダーの記憶
紫色の花が揺れるその場所に、その女の子はいた。同じくらいの年のその子は青い目をしていて、まるでお人形のようだと思ったのを覚えている。父親だろう人物に背中を押されて、彼女は私の前にたった。はじめまして、と少し普通の日本語とは違ったイントネーションで挨拶した彼女に、私も挨拶をする。
「私はさくらっていうの」
私が名乗れば、彼女はにっこりと笑って私の名を呼んだ。
子供というのは不思議で、少し一緒にいれば仲良くなれる。それは恐らく、あの子が人懐っこい性格だったのも、私がまだ人懐っこかったのも理由に含まれるだろう。
私たちはすぐにラベンダー畑で遊んだ。ラベンダーを摘んでみたり、風に帽子を攫われて二人で追いかけたり。私の父と、あの子の父親は仲が良いみたいで、何かを描いたり、何か話していたりした。その間、ずっと二人で遊んだ。日が暮れるまでずっと。
その子と遊んだのはその一回だけ。父は私とその子をモデルに絵を描いた。彼女の父親が受け取りに来た時に遊べるかと少し楽しみにしていたけれど、絵を受け取りに来たのは彼女の両親だけだった。あの子は? と私が聞いても、二人とも困った顔をするだけだったのを覚えている。
だから、時間がたつにつれて人形のようなあの子と遊んだその思い出は他の思い出と同じように風化していく――はずだった。また彼女に会うだなんて思いもしなかったのだ。
彼女と再会したのは、中学生になった頃だ。慣れない東京で暮らし始めて、ようやく知り合った友達だった。昔のような人懐っこさはなりを顰め、少しだけミステリアスにはなっていたけれど、私はすぐに彼女だとわかった。彼女は相変わらず人形のようなでかわりっこない。だけど、彼女は違った。私が喋りかけると、彼女は困ったような表情を浮かべて、ごめんなさい、と謝った。昔のことはよく覚えていないの、と。
私はそれでも良かった。いつか彼女は思い出してくれるのだと何処かで信じていたし、彼女は彼女の幼馴染み達と一緒に親切にしてくれたからだ。
だから、私は彼女には色々打ち明けた。彼女もまた打ち明けてくれた。
似たもの同士だと、私は思った。
だって、彼女も私も会いたい人に会えないのだから。
ラベンダーが揺れる。窓を開ければラベンダーの香りが入ってくる。
――きっと、彼女なら、彼女は。
私は小さく呟いて目を伏せた。あの頃の思い出はもうずいぶんと色褪せていた。