4/5の信頼もしくは殺意-3-
真田さんにメッセージを送ってから、ふと思う。
――トリックノートを探しても意味はないしね、と姫宮さんは告げた。どうしてここにトリックノートがないことを彼女は知っているのだろう。星河さんはここにあるかもしれないと告げていた。彼だけ知らされていない、もしくは彼女だけが知っているか、だ。いや、でも星河さんは何か願うように言っていた。
――嫌な予感がする。
眉間に皺を寄せていればスマートフォンが音を立てた。真田さんからの着信である。てっきり帰国の飛行機の中かと思ったが、違ったらしい。
「もしもし?」
「もしもし? アキか?」
「はい、お電話ありがとうございます。ショーのご成功おめでとう御座います」
そういえば彼は「ありがとうな」と軽くお礼を告げた。
「珍しいな、アキから連絡がくるなんて。……九十九奇術団に入る決心でもついたか?」
「いえ、そうではなく……」
「じゃあ食事の誘いか?」
揶揄うようなセリフである。だが、今回に限ってはそれはちょっと惜しい。
「うーん、それは惜しいといいますか」
「……惜しい?」
「最近、いつもの大道芸で星河さんにお声掛けいただいたのですが」
「……星河? 星河童吾か?」
「はい。その星河さんを中心でMr.正影のお弟子さん達でショーをされるそうですが、真田さんにも客演で出てほしいのだとか」
そう私が伝えれば、そう言うことなら団長に聞かないとダメだなと告げる。まぁ彼は所属している奇術団がいるのだ。それは仕方ない。
「だが、同世代で実力を白黒させるのにはいいかもな」
そう言って彼は少し考える。アキ、星河は近くにいるか? と聞いてきた真田さんに、確か近くの部屋にいると聞いていたので頷く。
「いま、流れで星河さん達や毛利探偵の娘さん達とMr.正影先生の家に来ているので」
「毛利探偵……事件か?」
「いいえ、ちょっと星河さんのショーでアクシデントがあっただけです」
私の返答に彼はそうかと返事をした。
「少し星河に変われるか? 本当にやるなら話をしたい」
「わかりました」
スケジュールの調整などもあるだろう。そう思いながら何気なく読んでいた本を閉じて隣の部屋に向かう。あの書庫は防音になっていたのか、と思ったのは、廊下に出た後星河さんと姫宮さんが言い争う声が聞こえたからだ。扉が少し開いているからもあるだろう。隙間からは二人の姿が見えた。中に入るのを躊躇する。痴話喧嘩の類であれば、人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、だ。真田さんに今取り込み中だから、と断ろうとする。
――しかし、痴話喧嘩ではないのだとはすぐにわかった。彼女がMr.正影のノートを盗んだと自白していたからだ。帰ってきたら返そうと思った、とはいいわけだろう。姫宮さんにすられたことに気が付ないのではなく、Mr.正影は姫宮さんを疑わなかっただけだ。
「――きっと潮時だったのよ、奇術師としてね」
そう言った姫宮さんに、ああこれはいけない、と思う。ゆらり、と扉の隙間にみえた星河さんが揺れる。怒ったように。姫宮さんは気づかない。Mr.正影の未発表のマジックを披露する、と話す彼女に、星河さんは何かを持ち上げるのが見え――私は部屋を開けた。
「星河さん、やめてください!」
私はそう言って姫宮さんと星河さんの間に割り込むと彼を抑える。邪魔しないでくれ! と私を突き飛ばした彼に、私は近くにあった棚に激突することになり――もの凄い音と共に上から奇術用の道具が落ちてきた。きゃっと小さく悲鳴をあげれば、星河さんがそこで我に返ったらしい。飯塚さん! と言いながらこちらによってきた。姫宮さんも星河さんが何を持っていて、何をしようとしたか理解したのだろう。
「ちょっとアンタ! 何をしようとしたのよ!」
「……」
彼は無言で彼女を睨む。彼女が「まさか、アンタ」と小さく呟くのと、物音をきいたヤマトやコナンくん達が駆け寄ってきたのはほとんど同時だった。
「アキさん!?」
「アキ!?」
「アキちゃん、大丈夫!?」
私によってきたヤマトや蘭ちゃんたちに私は大丈夫ですとようやく返事をする。
「奇術用品を持った私がバランスを崩して転倒してしまったんです」
私の言葉に星河さんと姫宮さんがこちらを見る。あらまぁ、大変と言った満里さんは救急箱をもってくるわ、と部屋を後にした。
「……棚の上に剣や割れ物が置いてなくてよかったわね」
怪我だけで済んで。
姫宮さんのそれは恐らく私に向けられた言葉ではないし、心配して告げた言葉でもない。恐らく星河さんに向けられた言葉である。私は彼の手を掴み、星河さんの意識を彼女からこちらに向ける。コナンくん達が何かを勘繰っているのが見えた。
「すいません、星河さん、散らかしてしまって」
「……いや、大丈夫だよ、片付けるから。それより手当てをしよう。怪我をしていたら大変だ」
そう言った星河さんに姫宮さんは下の階にいるわ、だなんて言って部屋を後にしようと背を向けた。私は彼女に声をかける。
「姫宮さん、これはただの奇術好きな素人からの助言ですが」
彼女はこちらを向く。私はただ真っ直ぐ彼女をみた。
「……貴方がお持ちのものを使ったり、応用したりしない方がいいですよ」
「――あら? なんのことかしら」
「とぼけるならそれで結構です。しかし、貴方が私の奇術を山神魔術団のマジックに近いとおっしゃったように、同じように判断する方がたくさんいらっしゃいます」
そう言って釘を刺す。彼女はこちらを見下ろした。
「山神魔術団がどうなったか、の結末なんて、貴方達奇術界にいる方はとっくにご存知でしょう。他人が作ったものに悪意が含まれていても、細工がされていても、その人やその人からきちんと受け取った人じゃなければ理解できません。しばらくは貴方を取り巻く悪意に気をつけた方がいいと思います」
「……」
「貴方へ向いた信頼が悪意に変わらないことを私は願います」
それはMr.正影本人かもしれないし、満里さん、範田さん、今日怒りに任せた行動をとった星河さんかもしれない。彼女がトリックノートに書かれたトリックを披露すればするほど、彼女がしたことを理解した人は恨みを募らせていく。そうしてそれは何時かのように、復讐劇として花開くのだ。彼女はそれを理解していない。
彼女は何よそれと言って肩をすくめた。そして、興が冷めたから帰るわ、と言いながら部屋を出ていく。それを範田さんや蘭ちゃん達が追いかける。私はそれをみて目を伏せた。