4/5の信頼もしくは殺意-6-
ちょっとしたマジックショーは見ていて少し面白かった。物が停電している一瞬のうちに現れるという――本来ならクリスマスツリーでするマジックである。確かにこれは面白いし、家の廊下でできるだろうかなんて考えてもみる。それに、どうやら堀場先生はそのマジックを参考にしたらしい。クリスマスツリーですると魔法の様なのに、死体でするとただのホラーにしかならないが。マジックのトリックを見てなるほど学園七不思議と私が呟けばヤマトが「ガチじゃん」と小さくぼやいていたのも印象的である。ヤマトもはじめちゃんに聞いたのだろうか。
それにしても、かなり疲れていたらしいというのは帰宅してすぐにわかった。かるいめまいに目を伏せる。そもそもああ言うふうな大人数の集まりはなれないし、会話も慣れていないし、ステージをどう断るか考えていたのもある。それに事件に発展しそうだったものも要因の一つだ。
「アキ、大丈夫か?」
「大丈夫です、が、先に少し休みます。ヤマトはお風呂に入るでしょう? 沸かしますね」
「ううん、シャワーでいい。アキ先入って」
そう言ってヤマトはリビングにいくとテレビをつけた。ニュースが映っている画面からぱちぱちとチャンネルを変えると、昔のドラマの再放送にいきついた。そう言えばヤマトは最近このドラマをずっと追いかけていた気がする。どうやらドラマが見たかったらしい。私はとりあえず、では先にいただきますね、と告げてお風呂に向かう。シャワーを浴びてしまえば、頭の中でぐるぐると回る言葉が拭いされる気がしたのだ。
――取り入るのが上手。
そんなつもりはない。彼らは親切で声をかけてくれただけだ。そこから気にかけてくれているだけだ。
――貴方のトリックは山神奇術団のもの。
それは高遠さんに教わったマジックだからだろう。彼は近宮先生の後継者だ。だから、生きたマリオネットだってできる。あれはその応用だ。どうして彼が私に教えたのかはわからないけれど。
――人を殺せば奇術師失格。
そんなことはない。高遠さんは、1番の奇術師だ。私の知る限り、一番の。
――あの頃、止められていたら。
そんなものただの「もしも」だ。考えて意味があるものじゃない。星河さんを止めたのは咄嗟である。危険なことだとはわかっている。殺される可能性もあった。
――放っておけばよかった?
いや、放っておいてもはじめちゃんのような探偵が二人いるのだから彼はきっと逃げきれない。堀場先生のようにあの廊下にあるマジックのトリックを使っても些細なミスから真実が暴かれる。そんな力を小さな名探偵も服部くんも持っている。
――彼らの好意は恋愛的なそれじゃない。
コナンくんがいうようなものじゃない。それこそ真田さんが言っていた妹分というものが正しい。じゃあ、高遠さんは? 服部くんのような勘違いがあるならば、逆もあるのでは。
――私はまだ見習いだ。誰かに手を引いてもらわないと舞台に立てない人間だ。
だから高遠さんなしのステージなんて無理だ。大道芸のような小さな舞台ならともかく、星河さんのようにステージの上で、一人でショーをするなんて無理だ。
そんな考えがシャワーの水と一緒に落ちてしまったらいいのに、頭の中に止まるだけである。
「高遠さん」
小さく彼を呼ぶ。当たり前だが、彼は現れることはないのだけど。
微睡の中で何か会話が聞こえる。確かシャワーを浴びた後、体調が優れないから、ドラマをみるヤマトに声をかけて先に自分の部屋に戻ったのだ。ジャケットを脱ぐ音、それを近くの椅子にかける音がする。そうして足音が近づいて、誰かがベッドに座ったらしい。ベッドが沈むのを感じる。
「アキ」
私の名前を呼ぶのと髪を撫でられるのは同時だ。私はそこでようやく目を開いて彼を見る。高遠さんは緩やかに笑った。起きあがろうとすれば、それを制される。
「体調が悪そうですね」
「……どうして、ここに?」
「ヤマトくんから連絡がありました。昼頃から貴方の様子がおかしいから早く帰って来てほしいと。仕事を早めに切り上げて帰ってきました。近場でよかった」
そう言った彼に私の限界がきた。トドメを刺したとも言えるかもしれない。彼の邪魔をしてしまった、という気持ちが目が覚めてから頭に過った思考にグッサリと刺さったのだ。はらはらと涙を流せば、彼は少し驚いてからその涙を拭った。
「……高遠さんの仕事の邪魔を……」
「いいえ、気にしていませんよ。今回は金田一くんや明智警視は不在ですから人形は定刻通りに上手くやった」
彼はそう言って、私の手をにぎる。どうかしましたか? と尋ねた彼に、私は言葉を飲み込む。彼に聞くようなことじゃない。
「星河童吾のマジックショーに行って来たとは聞きましたが」
「……なにも……」
「そんなはずはないでしょう? 怪我をしている」
高遠さんは念の為に包帯を巻いた箇所を撫でた。
「……自己嫌悪していただけです」
そうとしか言いようがない。全ての思考は自己嫌悪へと繋がるだけだ。
「アキが自己嫌悪する理由はない」
彼はそうバッサリと告げた。高遠さんはそのまま私の隣に寝転ぶと、私の髪を撫でて抱き寄せた。かすかな薔薇の香りがする。高遠さんの、遙一くんの香りがする。
「星河童吾や真田一三と何かありましたか?」
その言葉に私は言葉を詰まらせる。彼はお見通しだ。昔から、あの魔術列車の時みたいに。
「……真田さんに叱られました」
幼い子供のような言い方をしてしまったと思う。彼もまた昔のように「どうして?」と尋ねた。
「星河さんが、姫宮さんを突発的に殺そうとしたから、止めたんです。振り払われて、棚に激突して、色々落ちて来て……その時、真田さんと通話中でそのまま切れちゃったから。無事なら連絡しろって……怒鳴られてびっくりして……」
「彼の言うことはもっともだ。危ないことをしちゃダメだよ」
「うん」
「そこで止まったからよかったけど、目撃者であるアキを手にかける可能性もあるんだ」
「うん」
そう小さく頷く。この前――血溜まりの間で高遠さんに叱られたのだからわかっているはずなのだ。
「……放っておけなかった?」
「……うん」
そう言って高遠さんの胸に顔を埋める。彼は子供をあやすようにあの頃のようにトントンと背中を軽く叩く。
「どうして?」
「……わかりません、勝手に体が動きました」
「では、どうして星河さんが姫宮さんを殺そうとしたの?」
「二人はMr.正影の」
「二人は弟子だね」
「10年前」
「10年前、は、Mr.正影が失踪した年か」
「うん……Mr.正影が失踪したその日トリックノートを姫宮さんが盗んだの」
私の言葉に彼は手を止める。
「今日、たまたま、三人とMr.正影の奥さんとショーの話になって、彼女が魔女復活っていうイリュージョンの話をしたの」
「……続けて」
「それは、本当は魔王復活って言ってMr.正影が作って、彼女が弟子入りする前に危険だから封じたマジックなんだって。それを聞いて、星河さんが問い詰めたら、姫宮さんにそう自白したみたい。盗まれるなんて、引退期だったんじゃないかって言った姫宮さんに、星河さんがカッとなって……」
声が震える。彼がぎゅっと私を抱き寄せる。
「遙一くんと、似た理由でびっくりして、こんな話おかしいなって思ってたら、服部くんが、人を殺してしまった人は奇術師失格だって言って。遙一くんは、高遠さんは、すごい奇術師なのにって。人を殺したとか殺してないとか、そんなの関係ないのに。奪っていった人がいつも悪いのにって。でも、そんなこと言わないでって言えなかった」
だって、彼らの言うことは世間一般的には正しい。人を殺してはいけない。危害を加えてもいけない。それは世間にとっては正しいことだ。犯罪者を匿ってはいけないというそれもまた正しい。でも、そこにはこちらに寄り添うような言葉はない。大衆は少数の敵だ。小さな声は大衆に悪事だと騒がれて消える。
「アキ、少し眠ろう」
そう言って高遠さんはまた背中をなでる。
「大丈夫、僕がそばにいるから」
「……うん、高遠さん」
「どうしましたか?」
「大好きです。どんな高遠さんでも」
だから、おいていかないで。
そう願うように告げる。彼はその言葉に少しだけ抱き寄せる力を強くした。
「おいていくわけがないでしょう……私もどんなアキでも愛していますから」
その一言で、私は安心する。私はそっと目を伏せた。
――おやすみ、アキ。
穏やかな声が聞こえて、私は眠りに落ちるのだ。