I'd go to hell with you.
朝早くに目が覚めて、隣で眠っているらしい高遠さんを見た。寝息を立てている彼はワイシャツを着ているままだ。皺になっているシャツに、伏せられている目。そこに高遠さんがいるのだという安堵と、喜びと幸福感に、ふふっと笑ってしまったのは仕方ないと思うのだ。彼が起きる前に彼の着替えを準備して、朝食を作って、薔薇を見に行って。朝の段取りを頭で整え、私はそっと椅子にかけられたジャケットも回収し、ハンガーにかけて、高遠さんが寝ている間に着替えをすます。そうして私はもう一度高遠さんが眠っているのを確認すると、こっそりと自分の寝室を後にした。
朝のルーティンは昔からおおよそ決まっている。平日か休日かによって自分のお弁当を作るというタスクが増えるか否かというくらいで、基本的には同じだ。あとは高遠さんがいる日といない日の差も少しだけ。
私はみなりを整えると、高遠さんが普段よく使うゲストルームの中の高遠さんの服を用意する。アイロンをかけてあるか確認して、ハンガーにかけておけば恐らく彼はそれを着るだろう。ヤマトの服も何種類か足しておく。朝ごはんの準備をするには少し早いので、サンルームに向かった。
「高遠さんの薔薇は……もう少しで咲きそう」
そう言ってサンルームにある薔薇をみる。恐らく明日にでもこの透明な薔薇は咲く。濡れることにより透明になる花には小さなサンカヨウという花があるが、サンカヨウは元は白い花だ。この薔薇のように元から透明度が高い花ではない。ジョウロに水を汲み、根元に水をやる。静かに、それでいてたっぷりと。そうしてサンルームにある他の花にも水をやっていれば、そこを棲家にしている烏と鳩達が顔を出した。おはよう、と挨拶してヤマトが餌をあげるので、おやつをすこしだけあげる。それを受け取って食べいている烏と鳩たちをみつつ、庭に繋がる扉を開けた。食べ終わった鳥たちがそのまま空へ舞いあがっていく。私はそれを追いかけるように外に出た。
この家に引っ越してきたのは今年に入ってからである。学年の切り替わり、ヤマトが小学校に入学する前にいきなり引っ越すことになったのだ。両親共に滅多に帰ってこないくせに、引っ越す理由はあるのかだなんて色々考えていたが、結局米花町に引っ越したからこそ高遠さんはよく留まってくれるのかもしれない。
引っ越してきた当初からこの家にはちょっとした薔薇園のような庭や、サンルームが備え付けられていた。前の家でも植物は育てたりはしていた名残でそのまま庭の薔薇や植物の手入れをしている。
風にのってふわりと香った薔薇の香りがする。庭に植えてある色々は薔薇も咲き始めたらしい。目当ての薔薇のところに向かえば、はた、と、目があったというか。横から感じた視線にそちらを見れば、男性がこちらを見ていた。いや、見ていたというよりは丁度通りかかったのだろう。同じような青い目をもつ彼ではあるが「おはようございます」と告げられたのはくせのない日本語だ。
「……おはようございます」
「すいません、最近このあたりに引っ越してきたんですが、綺麗な庭だったもので……」
彼の言葉にそうなんですかと答える。貴方が手入れを? と問いかけた彼に私は頷いた。彼は人当たりの良い笑みを浮かべて「すごい薔薇の種類ですね」とつげる。
「これなんかは青い薔薇みたいだ」
彼はそう言って彼の前に植えてある薔薇を見る。
「アプローズという薔薇です。特に青がつよい薔薇を交配させたのでその子は青が強いですね」
そのまま持っている一輪はさみで切る。近くに住んでいるなら、と言って彼にその薔薇を渡した。
「いいんですか?」
「はい、早く水に生けてあげるといいですよ」
少しだけだ。知らない人と話したくないので早く帰ってほしくてそう告げる。彼は「ありがとうございます」と告げる。彼は何気なくという風に尋ねた。
「大きな家ですが、ここはあなた一人で?」
「――いいえ、兄のような方と弟と両親で」
「アキー、鳩増えてるのなんで!」
そう言ってヤマトが駆けてくる。最近はヤマトもあの薔薇が咲くのを楽しみにしているのか早起きだ。寝癖が付いたままのヤマトについてきている鳩は私の鳩だけじゃなく、高遠さんの鳩も混ざっている。まあ、快斗くんの鳩もたまにいるけれど。かけてきたヤマトは垣根から顔をのぞかせた男性を見て「誰?」と尋ねた。
「近所に引っ越して来られたみたいです」
「ご近所さんか」
「……鳩と烏?」
「飼ってるけど、他の家には迷惑かけないようにしてるし、警察には届け出済み」
肩に鳩と子烏をのせたヤマトはそう言って男性を見た。そうなんだ、と告げた彼に困った顔をする。薔薇がしおれてしまいます、と言えば彼はそうだったと告げて「では」と人の良い笑みを浮かべて帰っていった。ヤマトはそれを見送ると口を開く。
「あっちのほう、集合住宅おおいし……あの人青い目してたし、外国から引っ越してきた感じか?」
「……それにしては流暢な日本語でしたね」
「じゃあ、俺たちみたいな日本人……アキ?」
「ううん、人の好さそうな笑みでしたが……」
なんだろうか。あまり得意なタイプではない。コナン君やはじめちゃんに似ているかもしれない。そう顔をしかめていれば、「おはようございます、アキ」と私の背後から声が聞こえた。びっくりして小さく悲鳴を上げる。恐らく先ほど私たちが誰かと話していたからだろう。ヤマトが呆れた顔をして、「遠山さん爆発しろ」とだけ告げて薔薇のほうへ向かった。
「……先ほどの彼は?」
「近所に引っ越して来られた方みたいです。でも、なんていうか……」
少しの違和感と嫌な予感。それだけである。高遠さんは彼が去った後を見てから私の耳元で口を開く。
「恐らく、アキの勘は正しいかもしれません。最近、この家の周りを知らない方が調べているようですからね。なので、できるだけとどまらないようにしていたんですが……」
高遠さんの言葉に私は眉尻を下げた。彼は危険を冒して帰ってきてくれていたらしい。やっぱり私は邪魔をしているのではないだろうか。
「不動のほうにちょっとした物件を用意してあります。落ち着いたら尋ねて来てくれたらいいですよ。また連絡を入れましょう」
「……はい」
「あとは手帳の練習を怠らないように」
「あれは……」
「アキならできる。ステージにも慣れないといけませんが……まあ、それは考えておきましょう」
高遠さんはそう言ってから、私を抱きしめる。
「大丈夫、私は貴方を一人になんかしません」
「はい」
「――アキ、目を覚ましてはいけない。共に地獄に堕ちましょう」
彼の腕の中でそっと目を伏せる。どこか遠くで「蜻蛉咲いてる!」というヤマトの声がした。