国際マジック大会にて(4年前)



 その大会で同じ国の人物をみるのは珍しい。そして、それが子連れとなれば余計に珍しいだろう。白い仮面をつけた奇術師が少女に日本語で話しかけているのを見つける。彼の連れた鳩も少女になついているようで、我が物顔で少女の肩を陣取っていた。少女は仮面をつけた男のアシスタントだろうか。兄妹だろうか。真田一三は物珍しそうにその二人を見つめる。まぁ、やってきた三好麻子に声をかけられたため、視線をそらしたが。

「真田くん? どうしたの?」
「いや、日本人のマジシャンがいたから珍しくてな」

 そう言ってもう一度真田は視線を二人に向ける。同じく三好麻子もその視線を追ってそちらをみた。そうして仮面をつけた男をみたんだろう。

「あら……あれは」
「知り合いか?」
「ええ、年が近いのよ、彼。確か、イタリアで修行をして独り立ちしたと思ったんだけど」

 仮面をつけた男がどこからともなく薔薇をとりだすと、少女の髪にかけた。なるほど、技術は伴っているらしい。少女が嬉しそうに笑う。出番が近づいたのか、男はステージのほうへ向かい少女は客席のほうへ向かっていった。
 他の奇術師のマジックをみるのも一興かと思ったのだ。自分の実力を知るためにも、自分の技術を上達させるためにも。だから真田も三好麻子もその客席にむかったのである。


 ――なるほど。さすがというか。見どころがある年下だな、と思う。技術は一流である。イタリアの巨匠に師事しているのだから技術の点は当たり前だろうが、構成もなかなか興味深い。なにより、他のマジシャンとは違い男の奇術はホラーといったらいいのか――客とのやり取りを見ていると喜劇的にもできるようだが――どうも奇術自体が良い意味で怪しく美しさに似たものがあった。
 拍手を纏ってステージから去っていく男をみおくる。幕が閉まってから席をたとうとすれば、舞台に近い席にいた先ほどの少女が誰かに話しかけられているのが見えた。知り合いだろうか、と見ていれば少女が日本語で拒否を示しているのがわかる。周りを見ても両親や家族といった面々はいない。少女の手をつかんで連れて行こうとした初老の男にこれはさすがにいけないと真田は眉間にしわを寄せる。同じく三好もそれをみていたのだろう。「人をつれてくるわ」と告げてスタッフのいる方向へ歩き出し、真田は仕方なく少女と男の間に割って入った。

「ミスター、嫌がっているようですが、お知り合いですか?」

 そう英語で言えば、連れ去ろうとした初老の男は少したじろいだものの、「ああ」と頷いた。真田は今度は少女を見下ろす。少女は青い目で真田を見上げていた。英語のほうがいいかと思ったが、おそらく日本語のほうがなじみがあるのかもしれない。脅かさないように、日本語言葉をかける。

「お嬢さんの知り合いか?」

 真田の問いかけに少女は首を左右に振った。なんとなくそのニュアンスが伝わったのだろう。真田はもう一度男に声をかける。

「この子は貴方の知り合いではないといっていますが」

 初老の男は悪態をつくと人ごみにまぎれていく。真田はその背を見送って少女を見下ろした。

「お嬢さん、ここは日本じゃない。一人でいるのはお勧めしない」

 そう目線を合わせて告げれば少女は「ごめんなさい」と告げて今にも泣きだしそうに視線を下げた。先ほどまでは楽しそうにマジックを見ていたというのに。その原因は怖かったのもあるだろうし、真田が注意したのもあるだろう。仕方がない。真田はうつむいた少女の視線に手を持ってくると――どこからともなくコインをとりだす。

「よく見て」

 そう言って真田はコインを握りしめるとそれをカードに変えて見せた。簡単なすり替えマジックである。こんなに近くで普段は見せることなどないが。少女はそれを見て、目を瞬く。そうして真田をみた。どこか目を輝かせて。まあ、少女が真田に言葉を投げかける前に三好と一緒に青年がきたが。青年は少女に合わせてかがむと、声をかける。

「アキ、大丈夫?」
「怖かったですが、大丈夫です。お兄さんが助けてくれました」

 少女はそういって青年から真田をみた。青年もまた真田を見る。髪や声色、雰囲気からして先ほどの仮面をつけた男だとわかった。

「ありがとうございました」
「いや、たまたま居合わせただけだ」

 真田はそういって首を左右に振る。三好は青年に問いかける。

「貴方の妹?」

 その問いに、青年は一拍おいて、「みたいなものかな」と困ったように笑ったのだが。

「近所に住んでて――偶にマジックを教えたりこうやって旅行に連れて行ったりしてるんだ」

 真田はその言葉に少女を見下ろす。

「おっと、初歩的なものだとお嬢さんには種がわかってしまうのか」
「貴方の技術では簡単に見破れませんよ」

 青年はそう言って「ね、アキ」と同意を促す。少女は何度もうなずいてみせる。

「さて、そろそろホテルに帰ろうか。ありがとうございました、真田一三さん。三好さんもまた」

 青年はそう言って笑みを浮かべると少女の手を引いて人ごみに消える。その姿はどこから見ても仲の良い兄妹だろう。さて、そろそろステージの最終打ち合わせが始まるはずである。真田は腕時計をみてから三好をみおろした。

「麻子、俺たちもそろそろ――どうかしたか?」
「――何でもない。そろそろ打ち合わせの時間ね」

 三好はどこか悲しげな表情からすぐにいつもの表情に戻るとカツカツとヒールの音を立てて歩き出す。真田は何も言わずにその背を追いかける。仮面をつけたマジシャンのステージネームも。青年の名前もきかないまま。何事もなかったかのように。


 ――だから、そんな刹那の記憶はあまたの記憶に埋もれて消えてしまうのは仕方がないことなのだ。