誰がために薔薇は咲くー9ー
お風呂までが薔薇風呂らしい。浮かんでいる薔薇は蓮花だろう。どうせなら美雪ちゃんを誘って入ればよかったとは思うが、ヤマトや快斗くんのタイミングにあわせた為に恐らくずれてしまった。貸し切りの薔薇風呂は素敵ではあるが、ここで襲われたら流石に太刀打ちはできないなぁと思う。湯船の中でそっと目を伏せていれば、誰か入ってきたらしい。そちらを見ればなるほど冬野さんだ。彼女は素敵なお風呂だと言ってやってきたが、湯船――正しくは湯船に浮かべられた薔薇かもしれない――をみて、顔を少し青ざめさせる。
「冬野さん? どうかされましたか?」
「う、ううん、何でもないわ。あとで入ろうと思って」
「私がお邪魔でしたか?」
「そういうわけじゃないわよ、ちょっと……」
「……プリザーブドフラワーの案が浮かんだ?」
そう尋ねれば彼女は「そうなの!」と誤魔化すように頷いて、浴場をでていく。まぁあれは嘘だろう。この薔薇に何かあるのだろうか、と、薔薇をすくいあげる。まだら模様の薔薇がだめなのか、他に何かあるのか。そう言えば黒く染められた薔薇も同じ薔薇でなかっただろうか。
「……名前?」
薔薇の名前はよく人名にも使われるはずである。この薔薇の名前は蓮香。染められていた薔薇の中には恐らく美咲という品種もあっ多様に思える。どちらも人名に使われやすい類だ。
そもそも、集まっている人も薔薇の名前にまつわる人が多い。というか、招待されていないはじめちゃんや美雪ちゃんを覗けば私とヤマト、快斗くん、高遠さん以外は薔薇の名前が入っている。例えば、月読さんは『つきよみ』という波弁咲き、大輪のローズピンクの薔薇、佐久羅さんは『京(みやこ)』というティーカップ咲き、中輪のピンク色の薔薇、真田さんは『no.13』という半剣弁平咲き、大輪の黄色の薔薇。祭沢さんは『一心』、冬野さんは『八重姫』、白木先生は『紅音』、禅田さんは『みるく』、毛利さんは『帝(みかど)』、罠に嵌められた小金井さんは『睦』。死んだ人は皇さんと呼ばれていた。それも薔薇の名前だ。無差別に呼ばれたわけじゃない。ローゼンクロイツは何か秘密を抱えていて、なおかつ、薔薇の名前に関する人を選んでいる。
なら、私達は? 確かに高遠さん、私、ヤマト、快斗くんは私を起点にしてしまえば関係がある。私がつけられた? 高遠さんは最近彷徨いている人がいるから、と私に言っていた。そもそも高遠さんと私は『兄妹』だと勘違いされても、それが『腹違い』かだなんてわからない。佐久羅さんが私と高遠さんをみて『兄妹』と勘違いしたように、普通はそう思う。離婚して片方の苗字が変わるなんて今の時代よくある話だ。
何故ローゼンクロイツは私たちを異母兄弟だと思った? 彼らの密かな繋がりがわからないように、私たちは殺される役として呼ばれた?
考えることが多い。頭の中を整理しないと。ちゃぷん、とまた肩までつかる。
「アキー、先に部屋に戻ってるな〜」
聞こえてきたヤマトの声に、ああ浸かりすぎたな、と思いながら返事をした。
髪を乾かして浴場から出れば、ちょうど真田さんも出てきたらしい。
「真田さんもお風呂に?」
「ああ……何も風呂まで薔薇にしなくてもいいと思うんだが」
「薔薇が浮かんでました?」
そう尋ねれば、彼は苦笑いしながら頷いた。なるほど男性の風呂も薔薇風呂らしい。彼は物騒だからと送ってくれるという。私が犯人だったらどうするつもりなのだろうか。まぁ、ちょうど彼に聞くことがある。
「真田さんは青薔薇に何か心当たりは?」
「まったく。アキは?」
「私もありませんね……それに、あまり真田さんは生花を用いたマジックをされませんし、青薔薇に興味がないのなら本当に巻き込まれただけですね」
そう苦笑いをして告げる。「まぁな」と言った彼は何もない場所から薔薇――蓮花の花だけを取り出したが。
「どこかの誰かさんと違って滅多にこういうことはしないしな。生花を扱ったマジックは人気だが花の準備に時間がかかる。棘の向き、棘の数――」
「花の咲き方、色、葉の数」
そう言ったのは真田さんではない。二人で振り返れば高遠さんである。
「全てを揃えなければ、わかる人にはバレてしまう。まぁ、普通の人にはわからないでしょうが、用心するに越したことはありません。生花を使ったマジックはとても華やかではありますが、手間がかかりますね」
「そうだな」
真田さんがそう頷く。高遠さんは私をみた。
「アキ、一人になるなと先程言ったはずですが?」
「ごめんなさい、お風呂で少し考え事をしてしまってヤマト達が先に部屋に戻ったんです……それに、浴場の外に出た時、真田さんにちょうどあったので良いかなって」
「良いわけがないでしょう」
そう言った高遠さんは私にかるくデコピンをした。いたい。真田さんはそれをみて口を開く。
「遠山さんはアキにマジックを教えたんだったな」
「ええ、そうですね。昔、あまりにせがまれたので」
「と、いうことはどこかで活動を?」
「いいえ? 今は貴方のように本業にはしていません。顔を隠してステージに立つことはたまにありますが……それにしたって滅多に公表はしていませんね」
「アキがステージに立たないのはそういうアンタを倣ってか?」
そう言った真田さんに高遠さんは「いえ?」と首を左右に振った。
「アキは人見知りで尚且つ人前に立つのが苦手なタイプですから。大道芸として人前でマジックをするよう助言したんですよ。私自身、いつかは彼女にステージに立ってほしいとは思っていますよ」
高遠さんの言葉に私は彼を見上げる。まぁ、高遠さんは真田さんをみているので私を見下ろすことはないのだが。
「この子の実力は私が一番理解していますから、ご心配なく。九十九奇術団のエースである貴方の手を煩わせるほどではありませんよ」
少しだけ棘がある言葉である。真田さんが少しだけ眉間に皺をよせた。
「一番理解しているなら、小さな国に留める実力じゃないことも理解してるんじゃないか?」
「ええ、それはもちろん。しかし、何事も順序というものがあるでしょう? 我々が下積みから始めたように」
高遠さんはそう言ってにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。まぁ真田さんはそんな台詞に「過保護だな」の一言で終わらせたが。
「過保護で結構。私はこの可愛らしいお嬢さんが心配なんですよ」
その言葉にピシリと私は固まる。言葉のあやみたいなものだとは思うし、わかっているのだが、どうもこういうセリフを言われると思っていなかった。完全な不意打ちである。ポーカーフェイスを保とうとしたが、恐らく耳が赤い。高遠さんはちらりと私を見下ろすと、私の肩をだいた。
「おやすみなさい、真田さん。何が起こるかわかりませんし、お気をつけて」
「……あぁ、遠山さんも気をつけて。……アキも気をつけろよ」
そう私にも釘を刺した真田さんは部屋に向かう。私もおやすみなさい、と返せば彼は後ろ手で手を振った。私はそのまま高遠さんを見上げる。
「おや、耳まで真っ赤だ」
「色々と不意打ちはやめてください……」
「どれも本心ですよ、紛れもなく、ね」
彼はそう言って私の髪を一房とるとキスをおとす。
「おやすみなさい、アキ。そこで聴いてる二人にも気をつけるように言っておいてください」
そこで聴いている二人、とは。高遠さんがいきおいよく扉をあければ、快斗くんとヤマトが雪崩れ落ちた。私は少し固まる。高遠さんはくつくつ笑うと、そのまま部屋に戻っていった。二人をもう一度見れば、誤魔化すように笑われたが。……。
「盗み聞きとはいい度胸ですね……!」
「いやぁ、たまたまだよ、な? ヤマト」
「おー、たまたま」
そう笑った二人に全くと息を吐く。ほらもう今日はやめにして寝ますよと手を叩けば、俺まで子供扱いかよ、と快斗くんに言われた。