誰がために薔薇は咲くー11ー
部屋に戻ればヤマトと快斗くんは留守だ。おそらくはじめちゃんの部屋に向かったのだろう。確か、はじめちゃんの部屋は南端の部屋近くではなかっただろうか。そう思いながら部屋を後にして、彼らの部屋の方向へ向かおうとした――のであるが、私は足を止めた。
――開かずの間の扉が開いている。
確かここは鍵が紛失し、扉が開かないはずだ。快斗くんや高遠さんが無理矢理開けたのだろうか。とりあえず周りを伺い、開かずの間に入る。部屋の内装に不備はないが、おかしい。何故なら、ここにあるはずの螺旋階段がない。すなわち、館の中を確認した時に、私たちが地下から上がった部屋ではなかったからだ。どういうことなんだろうか、まさか違う部屋? と窓に近づき、カーテンに手を伸ばす。その瞬間、頭に衝撃が走った。恐らく殴られたのだろうとは理解する。私はそのままバランスを崩し、私は前のめりになって床に倒れた。
「ごめんなさい、貴方に罪はないけど」
私の邪魔をしないで。
そう願った彼女を目だけで追う。確かに私は彼女の復讐劇に、探偵役でも、何役も与えられていない私はでしゃばりすぎた。彼女は私を殴ったものを近くに転がすと、部屋を後にする。血が顔に伝っていくのがわかる。鍵が閉まる音がした。これは計画にないのだろう。彼女は私の死亡確認もしないまま外に飛び出してしまった。
さて、どうしてしまおうか。ダイイングメッセージでも残そうか。少し眠れば、動けるようになるかもしれない。私はそっと目を伏せる。そこでプツン、と意識は途切れた。
次に意識が覚醒したのは、何か叫び声のような声が聞こえた時だ。叫び声をあげた誰かは私が死んでいると錯覚したまま、もう一つの扉から部屋をあとにする。私はそれを見送って目を閉じ――全身に力を入れて起き上がった。頭がくらくらする。幸運なのは、犯人が私を死んだものだと扱い脈を測ることも、トドメを刺すこともなかった。あとは出血が止まっていることだろう。もしかしたら前の傷の場所だったのかもしれない。さて、これからどうしたものか、とよろよろと立ち上がる。私が変にこの『開かずの間』から出ても騒ぎになりそうであるし、犯人が再度殺しにくる可能性もある。なら、私は殺されたものとして動いたほうがいい。
どうするか考えるために、そっと息を吐いて何とか椅子に座る。だめだ、血が足りていないからか、覚醒してすぐだからか頭がぼんやりしている。思考がまだはっきりしない。扉を挟んだ向こう側でヤマトが私を探す声がする。なるほど、また何かあり、ホールに集まって話をしているらしい。私は? という話の中、ヤマトがか細く私を読んでいる。
「ヤマト?」
「さっきからアキがいない、部屋にも、どこにも……」
「そういや朝食の時もいなかったね……」
「……あの子は貴方達と一緒にいるはずでは?」
「真田さんと喋ってたから、俺、先に部屋をでて……ローゼンクロイツからの手紙も俺だけの指定だったから……アキは別の場所にいると思って……」
恐らくその言葉に視線が真田さんにむいたのだろう。
「俺はアキを部屋まで送り届けた。部屋に入ったのも施錠したのも確認した」
「飯塚さんは、ヤマトくん達を探しにどこかに行ってしまったのかしら?」
「まさか、アキちゃん……!」
白木先生の言葉に、美雪ちゃんが悲痛な声を上げた。そんな中、月読さんが歌を詠う。
「赤き薔薇はかく語りき。悲しき『ニオベの娘』よ、其方を射止めし銀の矢を放ちたるものはオリンポスの紙にあらず――『春』隠す、血塗られし地獄の死者」
彼女はそこで言葉を止め、「貴方と共犯だったのではありませんか」と誰かに尋ねた。
「だから、貴方は彼女を隠してしまった。違いますか、高遠遙一さん」
その言葉に私は動きを止める。やっぱり高遠さんはスケープゴート役だ。高遠遙一という言葉に佐久羅さんが人殺しという声がする。はじめちゃんが違うと庇う声もする。それとも、仲間割れをして彼女を殺してしまったか。そう続けた彼女に、真田さんが今度は私を庇った。
「妄言もいい加減にしろ。アキがそんなことするわけがないだろ」
「真田さん、何か証拠があってそういうのですか?」
「それは――」
「――酷い冗談だ」
高遠さんが低い声でそう告げる。
「私があの子を殺すだって? 冗談じゃない。隠すのも良いかとは思ったことは確かにありますが、――今はその時じゃない」
彼は怒っている。きっと怒っている。
「あの子を殺す人間がいるなら、僕はその犯人を殺します」
そんな台詞に静まり返る中、ひときわ幼い声がぐずるのが聞こえる。そんな声など、しばらくは聞いていなかった。最初に聞いたのは母親と父親に連れてこられてすぐの頃、熱を出した時くらいだろう。
「お姉ちゃん、でてきてよ、俺、あの家、一人じゃ無理だよ」
わんわんと泣く声がする。慌てたように快斗くんやはじめちゃんが宥める声がする。私はそっとため息をついた。これは長い間死んだことにするのは得策ではない。大人のような物言いを普段するヤマトであるが、ごく稀――主に体調を崩した時――に、こうなってしまうことがある。小学一年生らしいといえば一年生らしい言動であるが。
扉の向こう側では高遠さんは遊戯室に閉じ込めるという話が聞こえる。こうなれば誰かに私の無事を教えた方がいい。地下に向かわされる彼に知らせるには、私が外に出るしかない。しかし、外に出るにはリスクが高すぎる。こうなっては犯人に気づかれるかは一か八かだ。騒ぎが聞こえる扉から離れ、静かに窓をあける。ひゅいと小さく小さく指笛を鳴らす。反応がない。すこしだけ音を変えて、もう一度鳴らせばパタパタと鳩がやってきた。何のようだと言わんばかりに飛んできた銀鳩は快斗くんがつれてきていたのだろう。
「いい子です。荊にふれてはいけませんよ、毒があるかもしれません」
そう言いながら部屋の中に招き入れ、頭を撫でる。くるっく、と鳴きはするもののおとなしくされるがままの鳩は利口だ。近くにあった小さな紙に、誰にもわからないように開かずの間に入るように、とかいた。そうしてそれを彼の足に結んで、もう一度頭を人差し指で撫でた。
「貴方のご主人に届けてください」
私は鳩にそう言って鳩を外へ放てば飛び立った。私は静かに窓を閉じて元の状態に戻す。あ、しまった、と思うのは私の署名を忘れたことである。ローゼンクロイツからの手紙と勘違いされるかもしれないが――まあ、快斗君にわたる限りは大丈夫だろう。あとは快斗君の来訪を待つだけである。私はため息をついて、椅子に座って改めて部屋を見渡した。誰かの書斎のような部屋だろうか。本棚には薔薇に関する本が並んでいる。少し休憩してそのあたりをみてみよう。
しばらくおとなしくしていれば、非常ベルがなる。その途端、扉が開きバタバタと誰かが叫んだりパニックになるような声、エレベーターがないのにエレベーターへ誘導する声が飛び交っていく。まあ、最後にはちょっとしたボヤだから落ち着くように促すはじめちゃんの声がきこえたのだが。しばらくすると、はじめちゃんが「全員ホテル火災にあったのではないか」という問いかけた。話を聞かせてほしいと頼んだはじめちゃんにほとんど周りは拒否を示す。ということはやはりこの発端はホテル火災が原因とみるべきなのだろう。白木先生だけが答えてくれえるようであるが。不意に様子をうかがっていた真田さんが快斗君に尋ねる。
「黒羽、こいつはお前の鳩か?」
「え?」
「アキはカラスを使うだろう? これがお前のじゃなければ、遠山さん……高遠遙一の鳩になるが」
「……なんで真田さんとこに」
「あのボヤ騒ぎで間違えて俺の部屋に入ってきたんじゃないか。似たような部屋だ。いくら鳩が賢くてもそんなすぐに場所は覚えられない」
真田さんはそう言って鳩を快斗くんに渡したのだろう。はじめちゃんが真田さんに「真田さんは何処に?」と問いかけた。
「高遠遙一と話をしてくる。そっちは頼む」
そう言った彼はホールの方に近づいたらしい。足音が遠くなる。快斗君はヤマトにはじめちゃんといるように告げて――トイレに行くといって別れたようだった。しばらくすればはじめちゃんたちも移動したらしい。廊下は静かになり――不意に足音が聞こえた。恐らく快斗君だ。コンコン、と小さくなった音に私も小さなノック音をかえす。モールス信号で返しても恐らくは理解するだろう。
――殴られて気を失い、閉じ込められたようです。
――怪我は?
――意識は大丈夫です。誰かの叫び声で気がつきました
――もうちょっとしたら迎えにいく
――遠山さんは?
――遊戯室。犯人をみたか?
尋ねられたそれに私は何と返すかまよう。言ったら彼は恐らくヤマトを守ってくれるだろう。しかし、覚えていません、と私は返してしまった。だって、怪盗も人形も、『彼女の復讐劇』には不要だ。私と同じく、彼はこの舞台に立たないほうがいいのである。そんな短い会話をしていると、快斗? と落ち着いたらしいヤマトが快斗くんに尋ねる。
「何してんだ?」
「いや? そういやここの部屋、鍵がなくなって開かないのは何か仕掛けがあるのかと思って。そうしたら犯行もやりやすそうだしな。まあ、何もなさそうだけど」
快斗くんはそう言ってそのまま扉から離れた。確かに開かずの間の前にずっといるのは得策ではない。今回見かけたのがヤマトだからよかったものの。私が生きていると勘づかれる可能性がある。まぁ、犯人はしばらくボヤ騒ぎでパニックになっているかもしれないが。