誰がために薔薇は咲くー12ー




 暇つぶしに中にあった本を読んでいたら青薔薇の研究日誌のようなものを見つけた。その中にはあの透明な薔薇――『蜻蛉』の記述がある。この研究日誌を書いている人の伴侶なる人物からもらったこと、この薔薇は二株しか存在しないこと。そうしてその薔薇は二人の女性に分け与えられていること。そんなことが軽く触れられ、娘の異母兄弟はどんな人なのかしら? という言葉も書かれている。そこで、何故異母兄弟だと思われたのか理解した。
 ローゼンクロイツは恐らく私たちがそれぞれ『蜻蛉』を誰かに渡しているのをみたのだ。もしかしたら私は世話をしているのを見られたのかもしれない。庭の一角は外から見えやすい。ヤマトや快斗くんに至ってはあの薔薇を榛原さんや青子ちゃんに渡しているのをみたのだろう。
 では、犯人は、彼女は。高遠さんの異母きょうだいということになるのではないだろうか。そう言った話は高遠さんから聞いたことはないが。
 研究日誌を読めば、彼女の母親はいかにも善良な人だというのがわかる。娘の幸せを願っていることも。
 ――あの高遠さんの怒りからして、彼女は高遠さんに殺されかねない。たった一人、高遠さんと血のつながった家族なのに。家族さえも殺してしまうなんて。それはなんとも阻止しなければならない気がする。
 そんなことを考えていれば、また足音が近づいてくる。そうしてそれは扉の前で止まると、カチャカチャと鍵を触る音がした。犯人か、快斗くんか、どちらだろうか。とりあえず今度は脈を測られる可能性はある。犯人が扉を開けるのに手間取っている間に、止血と同じように腕のあたりをぬのできつく結ぶ。死体ごっこに興じるために元いた倒れていた場所に倒れた。そうして微かに扉が開く音がして――ご丁寧に静かに扉を閉めた彼は私を見つけたらしい。

「アキ、大丈夫か?」
「……快斗くんでしたか」

 そう言ってゆっくり起き上がる。そのまま止血していた布をほどいた。

「鳩が真田さんの方へ行ったと聞こえていたので、真田さんがくるかと思ったんですが」
「あの人達は金田一の謎解きショーの最中」

 あいつもやっぱ探偵だな、と告げた快斗くんは私の傷を確認するとどこからともなく包帯をとりだした。確かに外からははじめちゃんが推理を披露する声が聞こえる。しばらくおとなしくしていれば、はじめちゃんたちが移動していくのが聞こえた。
「頭の出血は派手に見えて助かりますね」
「馬鹿、お前打ちどころが悪かったら即死だぞ」

 快斗くんのデコピンをくらう。まぁ、私が悪いからうけいれた。

「――で、何で襲われた?」
「この部屋が開いていたので、誰かさん達が無理矢理入ったのかと思ったんですが、犯人の罠だったみたい。まあ、恐らく動機は私が真田さんにホテル火災や薔薇博覧会のことを聞いたからじゃないかな」

 私の言葉に快斗くんはなんともいえない顔をした。

「アキの推理は?」
「名前に薔薇が入ってる人を集めていて、これ見よがしに美咲や蓮花という花を使うし……恐らく薔薇の名前が入った人――被害者達が美咲蓮花さんに何かしでかした」
「何か?」
「ホテルで集められた青薔薇が展示される博覧会で、その研究者を殺した上に放火したのでは? とは思いましたが」

 私の言葉に「なんだ」と快斗くんはつげる。

「そこまで行きついてたのか」
「はい、まぁ、後半に至ってはそこにあった手帳のおかげですが。ただ、わたしは探偵役でもなんでもないのに、そこに行きつくのが早すぎたんでしょう」

 困った顔をして告げる。邪魔者は退散、というわけだ。快斗くんは何とも言えない顔をしてから、耳に手を当てる。よく見ればワイヤレスイヤホンがついている。

「盗聴器ですか?」
「ああ、鳩に持たせてる」
「真田さんのところへ行った鳩ですか?」
「まぁな。普段は優秀なんだけど、多分あのボヤ騒ぎで俺の部屋に近づけなかったところを真田さんが捕まえた」
「同業者からすれば、あれがアルビノの鳩ではなく飼い慣らされた銀鳩だとはすぐわかりますしね。皆さんは野外に?」

 そう尋ねれば快斗くんは「ああ」と頷いた。私はとりあえずテラスに繋がる扉を開く。そうしてそのまま快斗くんと共に外に出た。外からは会話が聞こえる。ちょうど、何故私たちを呼んだかという話をしているみたいである。復讐する相手になり得ない、薔薇の名前がついていない私達は。そして、何故私を殺したか。

「それは、私たちがそれぞれ蜻蛉という名の薔薇を持っていたから。違いますか?」

 そう言って彼女達の前に姿を現せば、周りも彼女も私を見た。彼女が驚いたのがみえる。やはり故意に私を放置したのではなく殺したつもり、だったらしい。ヤマトが「アキ!」といいながら私に走り寄ってきたので、彼の頭をなでる。そうしてようやく私は真っ直ぐに彼女をみた。

「わたしは死んでいませんよ。頭の出血は派手に見えますが……貴方は脈の確認もせずに意識を失った私を開かずの間に放置した」
 あなたの叫び声のおかげで意識が戻りました。

 そう言って高遠さんの近く、彼女の真正面に立つ。

「私のけがは自業自得ですかね。貴方にうまく誘われはしましたが」
「どういうことだ?」
「いえ……――あの時、てっきり私は好奇心旺盛な弟をつれて誰かさん達が開かずの間をむりやり開けて入ったかと思ったので、中に入って……貴方に背後から襲われたようですが」
「……えぇ、そうよ。貴方が一番突き止めそうだった。だから私の邪魔をしないように襲ったの!」
 たとえ異母兄弟だったとしても、私の復讐を止めてほしくなかった。

 彼女――月読さんはそう頷いた。やはり私はこの舞台にでしゃばりすぎたのだ。

「貴方にはせめて、何も知らないまま死んでほしかったけどね。その子は記憶が薄らぐでしょうけど、実兄が高遠遙一で私も犯罪者だなんてことは、普通に生きる貴方にとってはただの恐ろしい事実でしょう」

 高遠さんも、はじめちゃんも、美雪ちゃんも、真田さんも、そこにいた誰もが私を見つめる。私は緩やかに目を伏せた。

「貴方の勘違いを訂正しなければいけません。私は貴方や遙治くん……いえ、遙一くんと異母兄弟ではありません。私は彼からあの薔薇――蜻蛉を預かって世話をしている、それだけです」

 私がはっきりそう言えば彼女は動きを止めて私を見た。

「そして、快斗くんも違います。私は蜻蛉を、遙一くんの許可を得て株分けし、プリザーブドフラワーにして、日頃仲良くしてくださっている快斗くんとその幼馴染みに渡しました。恐らく貴方は快斗くんがその子に渡すところを偶然見たのでしょう」

 私はそこで区切る。はじめちゃんの前でこれを言うのは一か八かだ。なぜなら、二人の前では私は高遠さんを恐れている振りをしていたからだ。私は目を伏せる。

「私は彼を恐れることなんて、やっぱりできません」

 そう告げて、高遠さんやはじめちゃんをみて微笑む。そうして彼女もみる。

「それと同じく、貴方を憎むことも恐れることもありません」
「なんで」
「……」
「その男は犯罪者なのよ!? 冷酷な! 薔薇を預かるなんて、そもそも親交があるなんておかしな話じゃない!」

 彼女はそう狼狽えた。もしかして、彼女は私と高遠さんが話しているところを見たのだろうか。彼女は言葉を続ける。

「この人は、何人も、何人も唆して殺した! 凶悪な殺人犯なのよ! 貴方それを知ってるの!?」

 それはそうだ。彼は何人も自分の人形にして、復讐劇を演じさせる。失敗作は繋がった糸を切り――殺す。その繰り返しだ。彼の足元には黒にも似た深紅薔薇の花を咲かせたいくつもの死体が重なっている。

「……知っています」

 そう言い返す。その返答に周りは少し驚いたようだった。
 私だって馬鹿じゃない。知っている。明智警視はいつだったか、今の高遠さんは昔の彼ではないのだと言った。この人は冷酷な殺人犯に変わったのだと。不二子さんも言っていた。彼はお勧めしないわと。きちんと私は知っている。彼がやっていることがどういうことで、匿っている私たちが罪に問われることだということも。

「知っています。どう評されているかなんて、とっくに。でも」

 でも、わかっていることもある。彼は私達に対しては変わらない。私に向けられている優しさも、穏やかな視線も、言動も変わらない。昔から何一つ変わらない。ああ、いけない。虚構を混ぜなければ。たった一言、私は嘘を混ぜる。

「『今回、彼と話してみて、わかりました』。彼が私に向けてくれるやさしさは何ら昔から変わらない」
 そんなものに触れてしまえば、嫌いになんてなれない。

 困ったように笑う。

 常時、家に親がいなかった私にとって、ヤマトもまだいない家で、彼だけが私におかえりなさいと言ってくれた。私がわからないことをなんでも教えてくれて、眠れない時にそばにいてくれる。彼は残虐な指名手配犯になった。でも、その反面、変わっていない。何一つ。私やヤマトに向けられるものは何も。それを知っている私が怯えるなんておかしな話だ。

「花にいろんな意味の言葉がつくように、花にも人にもいろんな側面がある。それは貴方だって同じでしょう?」
 貴方も、お母さん思いで薔薇が好きな優しい女性だと見つけた手帳に書かれていました。

 私はそういって彼女を見る。彼女は瞳を揺らした。

「おかしいわよ、貴方」
「……確かにおかしいのかもしれません。でも――私がちいさいころ、家に帰った時、ただいまと言って、おかえりと言ってくれたのは近所に住んでいる遙一くんだけでした。私はただ、彼がもし帰ってきた時におかえりと返せる人でいたいだけです」

 出迎えてくれる人がいない寂しさなんて今の貴方が一番よくわかっているはずじゃないですか。
 私は眉尻をさげた。これは小さな祈りにも似た願いでしかない。今まで口に出すことなんてなかったが。
 ――私は彼がいつも私のもとに帰ってきてくれるのだと信じている。今までも、両親とは違って、彼はどこに行っても必ず帰ってきてくれた。だから私はあの家でまつだけだ。愚かな女だと笑われても、後ろ指を指されても、そんなの知らない。私の世界は高遠さんとヤマトがいる小さな世界で十分だ。
 あぁ、酷く自我が出てしまったなと思う。きっと今の私は不出来な人形だ。彼に対して無口で従順な人形じゃない。彼のお気に入りの人形じゃなくなってしまう。――嫌われてしまう。私は泣きそうになる。彼が帰ってきてくれなくなるような気がして。

「……そもそも、私がアキに薔薇を渡したのは私がことを犯す前ですよ。彼女はそれを大切に育ててくれているだけだ。本当に貴方の早とちりですよ」

 高遠さんはそう言って私の一歩前にたった。

「健気でしょう? 彼女。昔からこうだ。私がこんな風になっても私を信じてくれるとは思っていませんでしたが」

 手元にナイフを取り出した彼に、周りは騒ぐ。月読さんがすぐに「そうなると思った!」と叫んだ。高遠さんはそれに何も答えずナイフをなげた。さくり、と彼女の胸元に刺さったそれ。彼女は本物のナイフが刺さったのだと、そっと目を閉じる。彼女が倒れていく。周りは彼女に駆け寄っていく。それをみていれば、高遠さんは「アキ」と私を呼んだ。高遠さんに謝らなければならない。そばにいてもらうために。

「私は――」

 私が言葉を紡ぐことを許さないと言う風に、彼は私の唇に人差し指をたてた。そうしてどこからか薔薇をとりだすと、私の耳にそれをかける。

「大丈夫、僕が――私が帰る場所はアキのところだけです。今も昔も」
 ――いってきます、アキ。

 高遠さんはいつものように穏やかに笑ってから、はじめちゃんの元へ向かう。それをみて、私はただ小さな声で「いってらっしゃい」と昔のように返すのだ。できるだけ笑みをうかべて。いつものようにそれが最後の言葉にならないように祈りながら。



 罪人であっても信じるものは救われるというのであれば、彼の言葉を信じる私もまたいつか救われるのだろうか。私が誰かを救いたいと願っているはずなのに、私自身もそう願うなんて罰当たりだろうか。
 はじめちゃんたちの近くからこちらに来た美雪ちゃんが「高遠さんも」と小さく呟く。

「あんな顔するんだね」
「……するよ、だって遙一くんも人間だもの」

 私の言葉に美雪ちゃんが私を見た。私はただその視線に気づかないふりをしたけれど。
 警察が来る。高遠さんが連れていかれる。心配そうに見上げたヤマトの手を握って、私はヤマトをみおろすのだ。

「家に帰りましょうか」

 こことはまた違う、薔薇に囲まれた家に。高遠さんの隠れ家ではないけれど――きっといつか高遠さんが帰ってくる家に。
 まあ、ヤマトに「先に病院な」と注意され、私は真田さんに病院に連れていかれることになるのだが。