遊戯室にて
The Prince is not invited.




 真田一三は少しだけ腹が立ったのだ。いや、少しではないかもしれないが。
 飯塚アキ(あの子)には広い世界が約束されるべきである。彼女の術はもう個人の趣味、アマチュアを超え、もはやプロと言っても過言ではなかった。この狭い国ではなく、海外で活動させるべきだと真田は思っている。
 地下の遊戯室に閉じ込められた人物はあの子の世界を広げるのは自分なのだと告げた。そういうなら仕方ないと真田は身を引くつもりでいたのだ。恐らくも何も――少女は彼に想いを寄せていて、その人物もまた少女には気を許しているように見えたからだ。もうしばらく会っていないにしては、少女の口からはその人物が奇術の師であることが語られることが多々あったし、師である彼が彼女を導くのであれば、他の奇術団に所属する自分はいらないだろうと。

 しかし、現実はどうだ。彼女の師であるという人物は、彼女が想いを寄せる人物は、凶悪な指名手配犯である。数多な人を唆し、数多の人を殺した人物だ。

「おや、真田さん」
「やっぱり縄抜けもピッキングもするよな」

 そう言って渋い顔をする。縛られて閉じ込められたはずの人物が平然とそこに立っていたからだ。身体検査もろくにせず、縄を縛る際にも注意を払わないのだからこうなるのはわかっていた。現に閉じ込められていた人物――高遠遙一は、肩をすくめて「身体検査もろくにされなかったもので」と悪びれもなく告げた。

「アンタ、アキをどうしたいんだ」

 回りくどく聞くよりも単刀直入に聞いた方が良い。真田はそう思って問いかける。高遠は「言ったとおりですよ」と告げた。

「彼女にはふさわしいステージに立って欲しいと思っています」
「大道芸もその一環、だったか」
「ええ、それが何か?」

 当たり前のように高遠はそう問いかける。自分が何者であるか理解していないように。

「アキの技術はもうそのレベルじゃない」
「ええ、そうですね。でも、貴方はお呼びではない」

 はっきりと告げる。真田は眉間に皺をよせた。

「あの子の世界は狭い。昔からね。家に私とヤマトくんがいて、少しのマジックがあればそれで良い子です」
「ならなんで人前でショーをさせた?」
「言ったでしょう。私は彼女に期待をしています。彼女はきっと、母のような奇術師になるでしょうから。だからゆっくり世界を広げるつもりだったのですが」
「……」
「今はあの子の世界を広げるんじゃなかった、と後悔しているところですよ。貴方みたいな男が寄ってくる」

 高遠遙一は嫌悪を隠さず真田をみると、言葉を続ける。

「館の主人が大切に育てた薔薇を摘んでいくのは、いつだって部外者なんですよ。私の薔薇を摘まないでいただきたいですね」

 高遠の言葉に、真田は眉間にしわを深くした。散々な言いようである。だから、言い返す。

「じゃあ、なんでアンタはあの子のために耐えてやらなかったんだ」

 真田は面と向かってそう告げた。今度は高遠が眉間にしわを寄せる番だった。

「何があったかは記事で読んだし、麻子にも推測は聞いた。あの魔術団にいたさとみにも詳しいことを聞いてる。同情はする。でも、なんで踏みとどまらなかった」

 部外者だから言えることだ。でも、真田自身父のように慕っていた奇術師――九十九元康を同じ弟子に殺されている。まあ、九十九元康は自業自得といえるのかもしれないが。だが、犯罪の被害者の多くは踏みとどまる。復讐を実行する人のほうが少ない。常識が、良識がそうさせるのかはわからないが。星河童悟のように突発的ならまだわかる。だが、この男は計画的に実行したのだ。飯塚アキという人物をおいて。

「あの子にアンタが必要だと理解していたのなら、アンタだけが必要だと思っているなら。事件を起こす前に、どうして手を振り払わなかった」

 高遠は黙った。もちろん振り払おうとした。自分のすることは彼女の人生に影を落とすなんてことはその時の高遠は理解していた。でもそれをあの子が嫌がった。あの子が共犯者でもいいからそばにいたいと願ってみせた。ただでさえ、両親に置いていかれたことがトラウマとして残っているのだ。だから――いや、それは建前である。少なくとも、高遠はうれしかった。飯塚アキは世間よりも自分をとったのだと。高遠は目を伏せる。それらをすべて飲み込む。『良識がある』大人である真田一三にそれを告げても理解はされない。それどころか、あの子たちが警察に付きまとわれる原因になりうる。たから、高遠は違う返答をした。

「貴方はあの子のことを何も知らないからそう言えるんでしょう」

 この人物は何も知らない。あの子が夜遅くに抜け出す癖も、いつもさみしそうに、それを必死で隠して無理やり笑って見送ってくれるのも。どんなマジックを最初に成功させて、どんなマジックが苦手なのか。得意な料理、苦手なこと。何も知らない。共有する秘密も何もない。
 さて、どう真田が返してくるか。そう思っていれば、真田は意外なことに肯定した。「そうかもな」と。

「そんなもの、これから知って行けばいい話だ」

 淡々と。飯塚アキと関わることが当たり前であるかのように。おそらく彼は一般的な感性のもと生きている。そしてそれは自分とはかけ離れ――ヤマトや金田一といった面々に似ている側面もある。こういう人物は恐らく高遠に依頼はしてこないだろう。あの子は踏み込まれるのが嫌いだ。となると、勝手にあの子がこの人物から距離をおくし、高遠自身が関わることもない。高遠はそう結論付ける。
 そもそも意中の人物は行方不明になっているはずである。これから知っていけばいいと言っている彼はまるで生きているのを知っているかのようだ。それに気づいた高遠は真田に問いかける。

「――貴方がアキを隠した?」
「まさか。開かずの間に閉じ込められているようだ。黒羽に任せた」

 真田の言葉に、高遠は安堵した。異母兄妹でないとはわかっているが、多々兄妹にまちがわれれることは確かにあった。だから――あの子が殺されたのではないか、と気が立っていたのは事実だった。そこで、疑問が湧く。

「なぜあなたに」
「黒羽の銀鳩が俺の部屋に飛び込んできたから知っただけだ。まあ、黒羽の銀鳩をつかったのもあんたがこの部屋に閉じ込められたからだろうが」

 真田はそう言って背中を向けて部屋から外へ出た。不意に、「時々、もしもを考える時がある」と真田が告げる。

「九十九先生が木下さんを殺していなければ、麻子は先生を殺さずステージに立っていた。高遠も近宮先生が死んでいなければステージに立っていただろう。お前も、麻子も奇術の腕がよかっただけに残念だ」

 少しだけ、哀愁が含まれたような言葉である。年下に言い聞かせるような。

「さっさと罪を償ってくれたらな」
「私に死ねと?」
「死刑になる自覚があるのか」
「まあ、捕まっても裁判になるまでに脱獄はしますがね」
「ま、あんたが死刑になったとき、アキを隠していても俺が見つけるから安心しろ」
「おや、では賭けをしますか」

 高遠はそう扉越しに尋ねる。賭け? と真田が尋ね返してきた。

「いつか、私があの子を隠したとき、そうして私が死刑になったとき、貴方があの子を見つけたらあの子のことを任せましょう。それ以前でも、あの子が貴方を選べば犯罪者である私は身を引きます」

 そんなことはあり得ない。今回、金田一との約束通り捕まったとしても、高遠は脱獄する気であるし、アキが真田を選ぶことがない。成立しない賭けだ。
 真田は提案に「考えとく」とだけ告げて遊戯室から遠ざかっていくのがわかった。


(薔薇は誰がために咲く/薔薇十字館殺人事件 Fin)