二人目の怪盗-2-
怪盗紳士が最近狙っているのは蒲生剛三という画家の絵画である。国際コンクールをいくつも受賞している彼の作品は高値で取り引きされているのだ。代表作はいくつもあるが、最近注目されているのは『我が愛する娘』の肖像だろう。これは怪盗紳士が事前に盗み出し、私のコレクションにはふさわしくないからとコンクールに送ったものだ。生き別れた娘の未来を想像して描いたものとされる絵画。その絵画に描かれた娘が元は少し仲が良かった私の同級生であることを知った時は驚いたものである。
とりあえず快斗くんと食事ついでに資料を一緒に確認する。こういう時に父親の書斎という場所は便利だった。資料をたくさん並べても困ることのないテーブル、それを眺めることができるソファが備え付けられているのである。
「怪盗が一度盗まれたものを盗み返すことは?」
「なんでかによるけど、怪盗キッドじゃない限りは基本ないと思うぜ」
資料をみつつ答えた快斗くんに私も資料を読みつつ考える。と、すると、なぜ怪盗紳士はその絵画――「我が愛する娘の肖像」が保管されている蒲生剛三のアトリエで犯行を行うのか。直近で起こったのはつい数日前、同じく蒲生剛三のアトリエだ。絵画のモチーフになった木が燃やされたのである。今までにない犯行だ。
「アキ?」
「いえ、ここ数日の事件では、モチーフの木が燃やされたみたい」
私の発言に快斗くんは少し考えた。
「怪盗紳士がそんなことするか? 今までの資料を読んでもそんなことはしてないだろ」
「私も同じことを思ったよ。彼もしくは彼女は非常にユニークだから、燃やすのであれば別の事件のように剪定や飾り付けなどをしそうだけど……」
私の答えに快斗君は何か考えた。
「……アキ、どっかに怪盗紳士の予告状の資料あるか?」
「こちらに」
そう言って予告状がまとまった資料を快斗君に渡す。彼はそれをしばらく眺めて、なるほどな、と告げた。
「アキ、別にいかなくていいと思うぜ」
「どうして?」
「この予告状、偽物だよ」
快斗くんの言葉に首をかしげる。ほらここ、と机の上のおかれた資料を覗き込む。快斗くんの指先は怪盗紳士のロゴの「怪」の文字を指さした。こっちと、こっち。少し前に猫の絵を盗んだ際の予告状と、直近の予告状である。快斗君に指さされた「怪」の文字はよくよく見ると違う形をしている。片方の「怪」の字はりっしん編が跳ねているのに対し、片方は跳ねていないのだ。
「簡単だけど、偽造防止なんだろうな」
快斗くんの言葉になるほど、とうなずく。さすが怪盗キッドといえば彼は「違うって」と苦笑いしたが。
改めてそれを注目していままでの予告状を整理する。中森警部から渡された資料にあるほとんどが本物であるが、『蒲生剛三』関連の者はすべて偽物である。国際コンクールへ絵画を送りつけたときのものも、だ。そうするとこの予告状の意味合いはかなり変わる。愉快犯がこんなことをするのだろうか。
「アキ?」
「いえ、なぜ偽造する必要があったのか考えて」
「愉快犯じゃないか?」
「愉快犯なら、何故この絵画を国際コンクールに送り付けたのでしょうか。売名行為として売れない画家が送ったのであればわかります。しかし、彼はすでに非常に有名な画家です」
「自作自演で送り付ける意味はない、か」
そういった快斗くんにうなずく。そして盗品リストに上がっているものの中にある『我が愛する娘の肖像』を見た。輝く星空にワンピースをきた女性が描かれている絵画だ。
「……偽物が送り付けていたこの肖像画、私の同級生なんだよね」
「――え?」
「和泉さくら。父親は五年前に失踪し、叔父たちと暮らしていると彼女から聞いていました。この絵画が見つかってからは蒲生剛三の生き別れの娘として世間から認知されてるんだけど……」
なぜ、誰かは怪盗紳士を模倣したのか。何か、あるような気がする。
「――愉快犯は彼女と蒲生剛三を引き合わせたかったんじゃねーの?」
「ならばお話はそこで完結しているはずです」
そう、快斗君のいうような愉快犯や義賊的な好意を好む存在ならば、そこで幕をおろす。
「生き別れた父娘が再会できてよかった、誰もが認めるハッピーエンド。しかし、模倣犯はその舞台の幕を下ろさず続けています」
「確かに変だな……怪盗紳士の名前を語って何かを企んでるやつがいるってことか」
「おそらくは」
私はうなずいた。恐らくそれは善意ではない。悪意だ。それは山之内恒星のように相続の争いかもしれないし、誰かのように憎悪を募らせたものかもしれない。その先にあるにはハッピーエンドではなく、間違いなく誰かにとってのバッドエンドだ。高遠さんのマリオネットではおそらくない。彼が海外にいるのは海外のクライアントに会うためだ。彼は現状滅多なことでクライアントの掛け持ちはしない。
快斗くんがぽんと私の肩をたたく。
「わかった、なんのために送られたのか一緒に見極めに行こうぜ」
何のために偽物が現れたのか。
そう言った快斗君に微笑みを浮かべておく。ありがとう、快斗くん、とお礼を言えば貸しだからな! と彼はニカリと笑った。私は頷いておく。まぁ、キッドが危機になることはほとんどないとはおもうけれど。
「それにしても」
快斗くんはそう言って周りを見た。すげー部屋だなと告げた彼に、父の書斎なの、と返した。
「まぁ本人は滅多に返ってこないんだけど。古今東西の推理小説とか怪盗小説、はたまた科学の本、建築の本、医学の本まで色々あるよ」
「へぇ……じゃあ、あの絵は?」
快斗くんが指さしたのは父親の友人が描いた本の挿絵である。飯塚龍一が初期に書いた推理小説の挿絵だ。
「それは父の友達が描いた挿絵……としか聞いてないよ。描いた本人と連絡が取れないみたい」
私の答えに彼はふぅんと返した。私は首を傾げて同じようにその絵を見る。小さなその挿絵原稿で飾られているものは三つある。花畑に包まれた美しい屋敷の絵画、糸車で糸を紡ぐ女性の絵画、探偵の絵画である。犯行現場の絵画もあるのだが、それは流石に飾る必要はないためにしまわれている。殺害現場を飾るのはいただけなかったのだろう。この間高遠さんがその絵画をみて作品名を宛てていたのが印象的だった。
ぐう、と快斗くんのお腹がなったため私はクスクス笑って食事を準備すると告げる。ここで待つように言えば彼は頷いたのだが。