奇術師たちは嘘をつく―2―
――トランプの数字を割り振られた十四人の奇術師達による奇術師連盟、その数字を貴方達は当てることができるのが!
そんな煽り文句が書かれている番組の進行表に私は軽くため息をついた。こういうものは慣れていないのだ。本当に。出演を承諾してしまってからはマジック――というよりはイリュージョンの練習をひたすらした。慣れないイリュージョンである。また脱獄したと告げた高遠さんが、私が参加することになった成り行きを聞いて少しだけ複雑そうにしたのは記憶に新しい。私が少し気を落として謝れば、怒ってはいないらしく、私にいい薬だと笑ってイリュージョンを選んでくれた。与えられた名前にぴったりなイリュージョンを。
「しかし、安直ではありますが、ヤマトくんもセンスはいい」
私のイリュージョンの出来栄えを確認しにきた高遠さんはそう告げて私を見た。Rose Rougeだなんて、私には相応しくない気がする。高遠さんはどこか上機嫌である。私がミスすることなくできたからだろうか。
「しかし、良いアレンジを加えましたね。花びらも相まって、まるで薔薇の精です。これは当日の服装も考えなければいけませんよ」
「えっ」
私は大道芸をしているときの恰好のままで行く気だった。だからいつもの――ベストにハンチング帽といった格好で練習していた。服装を変えるとなれば、もう少し気を付けることが多々あるのだ。
「まだ期間はあります。その服装でそこまでできるのであれば、服装を変えたところで大丈夫でしょう」
「でも……」
「おや? 私の言葉が信じられない、と?」
高遠さんの言葉に私はなんともいえなくなって、彼を見上げる。彼は優しさを目に宿らせて私の髪をすくと、大丈夫、と私に告げた。
「私がそばにいますから」
「本当に、ですか?」
「ええ」
彼はそう言って私に手を差し伸べる。
「さて、アキに……いえ、
「……はい」
私は頷いて彼の手を取る。そうしてそのまま街に繰り出した。それが、二週間ほど前の話。
と、いうことで高遠さんが選んでくれた服を着る。薔薇をイメージしたようなドレスに、シルクハットの形を模した赤いトークハット、加えて顔を隠すような黒いベールだ。赤と黒というのは番組から指定された配色である。奇麗なドレスであるが、年相応になるように多少可愛らしい要素が入っていると言えるだろう。そんな服に身を包み、用意された仮面――マスカレードマスクをつける。普段から仮面をつけてマジックしてよかった、と思うのは目を隠すタイプのマスクは結構視界が狭いからだ。マスクがずれないかを鏡で確認をして、私に与えられた控え室を出た。
――出演が決まってからというもの、怒涛の忙しさだった。練習期間が試験と被ってしまい、おかげで今回の学年トップファイブからは落ち――美雪ちゃんとはじめちゃん達に何かあったのかと心配されてしまった。まぁ理由を説明すれば、二人や村上君からは応援されたが。観覧席には蘭ちゃんが少年探偵団やヤマトを連れて来てくれるらしい。しかも、だ。後から聞いた話ではあったが、この番組――というか、この奇術師回――には、鈴木財閥が絡んでいる。賞品にビッグジュエル、ということは、だ。恐らくもなにもなく快斗くんが来ると踏んでもいいだろう。近くにいてくれるといった高遠さんもどこかにいるのだろうか。
そう思っていれば、打ち合わせをするための会議室の前に子供――少年が立っているのがわかった。ヤマトくらいの歳だろうか。仮面をつけて、黒い詰め襟のジャケットに、赤いシャツを着た彼は私と同じく番組に招集されたらしい。
「こんにちは」
私は少しかがんで声をかける。少年はこちらを見上げて、こんにちは、と正しく返した。
「入らないの?」
そう問いかければ、少年は扉を見てから、私をもう一度見上げる。
「中が騒がしくて」
私は小首を傾げて扉をみた。確かに耳を澄まさなくとも扉の向こう側からは言い合う声が聞こえる。入りたくないのも納得だ。とりあえず私がノックすれば、その声はやんだ。しばらくして扉が開く。現れたのは同じく仮面をつけた男性だった。恐らく西洋系の血を引く人だろうか。私と同じようにマスクの中からは青い瞳が見えるし、背が高い。黒いコートが様になっている。
「仮面をつけてるってことは、君たちも参加者なんだね! ああ違うな、奇術師連盟という設定を乗っ取って盟友と呼ぼう!」
そうケラケラと笑った彼の声と雰囲気に、私は彼が誰なのか理解すした。恐らくは、クランケン奇術団のエース、スキャットさんだ。なんでも器用にこなしてみせる彼の評判は、彼自身の明るい雰囲気なども相まって高い。世界的に見てもとても人気の奇術師だ。そもそも、今の時代に海外を飛び回る奇術団は数えるほどしかないのだが、クランケン奇術団は頻繁に海外で公演しているだけあって、その名は名高く、そのエースである技術は素晴らしいのだ。ほかの奇術団への客演もよくする彼であるし、恐らくクランケン奇術団が近日中にこの国の公演があるのを考えるとプロモーションとしての参加だろう。さぁさぁ、と手招いた彼に少年と部屋に入れば、すでに数人座っているのがわかる。仮面をつけた老紳士が一人、女性が一人、男性が二人だ。思ったより人がいるらしい。
「あら、貴方」
声をかけてきた女性に視線を向ける。黒い仮面に魔女のような黒い服――差し色はもちろん赤――を着ている彼女は恐らくは姫宮さんだろうか。と、なると近くにいるどこか居心地悪そうな男性は範田さんだろう。そして、もう一人。
ほんの少しだけ薔薇の模様が入った仮面をつけて――神父のような牧師のような服装をしたその人に、私は目を瞬く。私の視線に気づいて彼は緩やかに笑みを浮かべた。
確かにそばにいるとは聞いた。しかしながら本当にそばにいるとは思わなかったというか……。カメラが入るのである。高遠さんのことだから大丈夫だとは思うけれど、心配をするのは許してほしい。
とりあえず私は失礼しますと一礼をしておく。そうして牧師のような――いや、近くで見ると西洋の死神のような姿にもみえなくもない服装――をしている高遠さんのそばにある空席に移動した。ちょうど私が座る席の隣も空席だ。少年も一緒に連れていくことにする。範田さんが私を見て口を開く。
「久しぶりだね、ああ、お嬢さんはもう名前は呼ばない方がいいのかな?」
「ああ、えっと……私もあまり慣れていないんです。この番組用の名前みたいなものなので」
「貴方の雰囲気には合うと思いますが、ルージュ嬢?」
そう告げた彼の声も当たり前だが高遠さん――正しくは少し高めに意識した遠山を名乗る時の声――である。私は小声で彼に尋ねる。
「どうしてこちらに? 聞いてません。もっと早くに教えてくれたらよかったのに」
「急遽参加することになりまして」
彼はそう告げる。急遽とは? と首をかしげたが教えてくれないらしい。そんな様子を見て、あらまた男を誑かしているのね、と、姫宮さんが私に言葉を投げた。私はそんなつもりはないですと断る。それを見ていた老紳士が口を開く。
「お嬢さんは知り合いが多いようだ」
「いえ、みなさん若輩を気にかけていただいているだけです。貴方達のような方にお会いでき、また同じステージに立てて光栄です」
私がそういえば、赤いマントを羽織った王様のような服装をした老紳士――クランケン奇術団の代表であるヨハン・クランケンが「お嬢さんはわかっているようだ」と満足げに笑みを浮かべた。
「なのに、なぜ!」
「まぁまぁ、番号なんて意味がないじゃないですか。ただの記号だ」
スキャットさんの言葉に私は察する。割り振られた番号がヨハンさんはお気に召さないのかもしれない。またノック音がして、先ほどと同じようにスキャットさんが迎えに行く。
次は男性三人組である。そのうちの二人はすぐわかる。かたや、王子様というかそういうきらびやかな格好をして仮面をつけた星河さん、もう一人は同じくきらびやかな服に王様のような黒いマントをつけて仮面をつけた真田さんである。姫宮さんは彼らをみて少し顔を顰めて顔を逸らし、星河さんもまた眉間に皺を寄せた。真田さんは私をみつけて、ローズ、と私を呼ぶ。
「よし、ちゃんときたな」
その言葉に星河さんが私をみて、本当だ、ちゃんといる、と告げた。
「流石に承諾してしまったなら来ますよ……」
「誰々? 二人の知り合いなん?」
そう二人の間から顔を出した男性に、重い、と真田さんが文句を告げた。
「いややなぁ、僕の扱い酷ない?」
その声に理解する。確か、お笑い芸人でなおかつマジックもするトリオ、渚inの瓦座さんではなかろうか。俺は真田君と同い年やのに、と仮面をつけたまま彼は泣き真似をして星河さんに向かった。星河さんは苦笑いである。まぁ、真田さんは瓦座さんの言動よりも、私の隣にいる高遠さんを見て顔をしかめたのがなんとなくわかる。しかしながら、ヨハンさんが鼻で笑ったことにより意識はそちらにむいたらしい。
「九十九のところの小僧と……正影のところの小僧も来たか」
「……貴方は……」
「……珍しいですね、貴方がこんな番組に参加するとは」
「あぁ、それはね」
「お前は余計なことを言わんでいい!」
そう怒鳴るように叱ったヨハンさんに肩を揺らす。先程の怒号は彼のものだったらしい。
「まぁまぁ、そんなピリピリせんでも。凄い人が参加してたら誰でも不思議に思いますやん? どうせ近日中にやる日本公演のプロモーションやろうけど」
瓦座さんの言葉にヨハンさんは黙った。スキャットさんが、ごめんねありがとうとジェスチャーでお礼を告げた。三人が席についたことにより、残りは四人だ。もう一度ノック音がする。スタッフと一緒に入ってきたのは、少し変わったフードが付いた黒いパーカーを被ったラフな格好をした青年である。
「お、そろってるそろってる! ギリギリセーフってことで!」
と告げた声は快斗くんだ。こちらもこちらで変装する気はあるのだろうか。一緒にやってきたスタッフがギリギリアウトだよ、と突っ込んだが。
「いやでも、まだ三人――」
快斗くんはそう言って高遠さんを見て言葉を詰まらせる。同じく隣にいた高遠さんも、だ。スタッフが彼に声をかける。
「どうかした?」
「……いや、知り合いがいてびっくりしただけ」
ヨッ、と私に向かって手を上げた快斗くんに私も軽く手を振る。スタッフは見渡して、顔を顰めた。
「このあとリハーサルもあるから時間厳守っていったのに、まだ三人来てない」
「あぁ、本当だ。もうこんな時間なんだね」
スキャットさんがそう告げてかかっている時計を見上げる。つられて見上げれば9時丁度だ。スタッフに少し遅れて入ってきた中年の男性は待機室を見渡した。
「おい、三人たりてないぞ。連絡は?」
「すぐに」
スタッフはそう言って何かメモを見ると、すぐにスマホで電話をかけ始めた。
「申し訳ない、定刻になりましたので、とりあえず皆さんだけにお話をさせていただきましょう。私はディレクターの有本と申します。電話をかけているのはスタッフの奥野」
中年の男性――有本さんはそう言って説明を始める。2番からステージを始めること、順番の入れ替わりをした場合は、カメラとスタッフの奥野さんにだけ告げること、マジックを行う場所などなど。番組進行にあたってのことだ。ひとしきり説明を終えれば、ヨハンさんが口を開く。
「順番はどう決めた?」
「パソコンソフトの阿弥陀籤で決める決まりです。偏ってはいけませんからね」
ヨハンさんの不機嫌さをさっしたのか、苦笑いしながらそう告げたディレクターの有本さんはそのままスタッフをみた。
「奥野、ほかの三人との連絡はついたか?」
「いえ、まだです。出られません……渋滞に捕まったのかな……」
「仕方あるまい。まだまだ本番まで時間はあるし……最悪この十二人で遂行するしかあるまい。皆さんはこのまま番号の入れ替えを行ってください。そのままでも構いません」
有本さんはそう言ってスタッフの奥野さんを残すとそのまま退室した。
「順番ねぇ……」
快斗くんがそう言って頬杖をつく。高遠さんが同じく口を開いた。
「どうしますか?」
「私達もお互いの番号を教えてはいけないんでしたか」
私はそう言って困った顔をする。スタッフの注意事項でそんな要件があったはずだ。スキャットさんが口を開く。
「でも人数が足りなくなるならキングをトリにしそうだよね」
「そうなりそうだね」
「私はそこのルージュと変わるわ」
姫宮さんはそう言って私を指さした。私は7番目だ。比較的早く終わるというよりは、私はてっきり実力順だと思っていたので勉強がてら後の人のマジックを見たかったのだ。ヨハンさんが姫宮さんを睨むように見る。
「トリじゃないわよ」
そう答えた姫宮さんに、今度は私に視線が向く。
「私も違います」
「父さん、トリじゃなくても……」
「そんなにトリがいいなら譲りますよ、Mr.ヨハン」
真田さんがそう言ってヨハンさんをみた。
「まぁ周りは貴方からすればひよっこばかりでしょうからね。一番の経験者である貴方がトリをすれば良い」
真田さんの言葉に、ヨハンさんの後ろでスキャットさんが両手を合わせて「ごめんね」のポーズをする。真田さんは気にするな、というふうに苦笑いした。先程の怒号のような声は順番のことでヨハンさんがスキャットさんを叱っていたのだろうか。スタッフさんはメモをする。
「後申し訳ないんですが、他の番号の方は四か八、九番目に入ってくださると助かります。万が一ではありますが、三人が遅れてきてしまうと進行が危ぶまれますので」
その言葉に、高遠さんが、「では私は四番目に行きましょうか」と告げた。続いて快斗くんが「8番も9番も不在なら変わりないな。俺は7番の次に行きます」と告げた。そういえば、だ。私は奥野さんに尋ねる。
「鈴木財閥とビッグジュエルと言ったら、偶に紙面を飾るキッドと鈴木相談役のやり取りが連想されますが、警察官はいないんか? 新聞を拝見するに、てっきり警察の方が来ると思っていたんですが……」
そう、快斗君がいるのはだからだろう。ビッグジュエルのついた王冠が一番収集だった奇術師に贈呈されるらしい。今朝の朝刊に『マジシャンとして正々堂々競ったらどうだ!』みたいなことが新聞に載っていたのだ。だからてっきり警察官――いつもの中森警部がいると思ったのである。が、ふたを開けてみればどうもいない、というかいたとしてもジュエルを監視する少数っぽい。
「僕もそれをちょっと期待したんだけど……今のところ予告状がないからね! それに番組の進行に差し支えがあっても困るし、ディレクターの有本さんが最少人数でって鈴木さんと警察と話したみたい」
スタッフの奥野さんはあっけらかんと告げたる。まあ、相手からの予告状がないと警察も本来なら呼べないからね! と笑った彼に私はそれはそうと思いながら、快斗くんをみる。快斗くんは涼しい顔をしていた。
この後は各自リハーサルやスタッフとの話し合いである。15時にもう一度集まってもう一度打ち合わせののち、観客を入れての本収録だ。私もよし、と意識を切り替える。ちなみにではあるが――15時の時にも三人は姿を見せず、スタッフの奥野さんが慌てていたのだけれど。