奇術師たちは嘘をつく―7―





 そろそろ私も準備をしなければならない。ベルくんについてくるかと聞けば、頷かれたのでそのまま一緒に向かう。そうして星河さんの控え室の前で足を止めた。星河さんは大丈夫だろうか。控え室となっている部屋を覗く。範田さんと星河さんの顔色が悪い。大丈夫ですか? と声をかければ、彼らは私を見た。

「飯塚さん、」
「今、あのスタジオには警察と救急車が向かっているそうです」

 気休めである。彼らはその言葉にホッと息を吐いた。さてはて、星河さん達はどう思っているのだろう。いい気味だ、とか思っているのだろうか。その割には――顔色が悪い。演技ではなく。私は星河さんの頬を両手で軽く叩く。目をぱちぱちした彼に、切り替わりました? と意地悪っぽく笑った。

「とりあえずは観客を楽しませて番組を終わらせ解散させた方がいいのでは……あいにく、私たち奇術師は表情や仕草ひとつでさえ嘘をつくことには慣れているでしょう? せめて、彼らには楽しいショーだったと思って帰ってほしいところです」

 私の言葉に彼は目を伏せた。全てを隠すように。

「……そうだね。それもそうだ」

 私はふふ、と笑って手を離す。私の後ろで話を聞いていたらしい真田さんが同じく星河さんの背中を叩く。

「行くぞ、星河。ルージュ嬢の手前でミスをすることは許されないからな」

 私はその言葉に固まる。それは言わないでほしかった。そのまま準備に向かった彼らを見送り、範田さんを見上げた。

「範田さん、星河さんの出番が終わり次第、申し訳ないのですが、二人でスタジオに向かっていただけますか? 事故の検証をするにしても、トリックがわかる方がいないと……」
「ううん、私達もきちんとトリックがわかるわけじゃないが……わかった、星河くんをつれて向かうよ」
「私の弟とコナンくんが警察と一緒にいると思いますので、そちらの方と合流してくださると話が早いです」

 困り顔でそう告げたあと、私は自分の準備をするために私にあてがわれたスタジオに向かう。途中で別のスタジオから戻ってきたらしいスキャットさん――おそらく彼の父親のアシスタントをするため――がこちらに顔を覗かせた。

「やぁ、お嬢さん、準備は万全かな?」
「はい、なんとか……もう一度事前のチェックをするところです」

 その問いかけに答えれば、彼は「そうか」と息を吐いた。

「姫宮さんは……」
「……今はショーに集中した方がいいよ。目の前にいる人達に――君が魔女だって思わせなきゃいけないんだからね!」

 私はその言葉に目を瞬き――クスクスと笑う。それもそうだ。昔の私が多くの人をそう思ったように、今度は私が魔女だと思わせないといけないのである。

「どうかしたかい?」
「いえ、昔、私も幼いころにマジシャンの方々に魔法使いですか? 魔女ですか? と聞いていたというのを思い出して」

 ふふ、と笑う。彼は少しだけ目を見開いた。

「そうですね、私も今はその立場でした。あまり、こういうイリュージョンやメディアは慣れていないのですが――気合いを入れ直します」

 私の言葉にスキャットさんが、慣れてない? と尋ねる。私は頷く。

「普段は大道芸ばかりしているので規模がかなり小さいんです」
「なるほどね……では、テレビ初心者のお嬢さんにお守りをあげよう」

 彼はそう言って何処からかコインを取り出した。いつのまにタネを仕込んだのだろうか、と、私は彼の手元と彼を見る。彼の専門はコインやトランプを使用したものではなく――イリュージョンである。が、コインがどこに準備されていたか全くわからなかった。なるほど、一流の奇術師はやはり全てが一流なのか、と納得する。

「やはり一流の方は全てが一流なんですね……本当に魔法みたいです」
「そう見えるかい? よかったよ」

 彼はクスクス笑うと私の手のひらにコインをのせた。

「このコインは僕のお守りでね。こういう職業をしていると、たった一枚のコインで助かることもあるものさ」
「助かる?」
「まぁ僕の同僚の話だけれど、コインを使ってピンチを切り抜けた人もいるからね」

 彼はそう言って私にコインを握らせる。僕にはもういらないから君が持っておいて、と彼は笑ってヨハンさんの控え室の方へ向かった。私はコインを見下ろす。外国のコインだ。少し古いそれは使い古されているのか一部がへしゃげている。お守りというなら、ゲン担ぎに少し預かって――公演が終わったら彼に返そう。私はそのコインを衣装に小さくついているポケットに入れた。



 私のスタジオにつけば、高遠さんと快斗くんがいた。

「遅かったな!」
「快斗くんがはやいのでは……」

 とはいうが、移動の間に色々捕まったので思ったより時間がかかったのかもしれない。

「何かありましたか?」

 高遠さんの問いかけに、私は答える。

「はじめちゃんからの連絡があって……」
「事故のことで?」

 そう尋ねた快斗くんに私は首を左右に振る。

「こちらに来ていない人のうち――4番と8番の方について、です」

 私はそう言って自分の設備をチェックしていく。おそらく高遠さんが整備してくれているのはわかる。ぱっと見は何も問題はなさそうだ。高遠さんが私に尋ねた。

「何かありましたか?」

 それを私が答える前に、先ほどの女性スタッフさんがやってくる。

「ルージュさん、そろそろ準備をお願いします……おっと、お取り込み中ですか?」
「いえ、点検中でした」

 他のスタッフさんもやってきて、周りがバタバタとあわただしく動いていく。どうやら話はここで中断、らしい。所定の位置に着くように、と言ったスタッフに、私はそちらに向かう。高遠さんが、頑張ってください、と告げる。高遠さんの前でするのも緊張するし、プレッシャーも感じるので、もう一言くらいほしい、と彼を伺うように見た。しかしながら、そこで動いたのはまさかの快斗くんだ。

「アキ、大丈夫だって」

 快斗くんが私の肩を叩くと、私を覗き込む。


「言っただろ、私がついてる」


 快斗君の声色で紡がれたその言葉に私は彼を見る。まさか。私が思っているよりややこしいことになっているのでは。まぁ、スタッフが割り込んで「ルージュさん、スタンバイお願いします」と案内されて離れたが。