奇術師たちは嘘をつく―8―




 さてはて、私のマジックは――私に似せたマリオネットを動かして、それを消すと同時に私はまるで人形のような装いで現れて。薔薇の花を割り振られた番号のように七色にかえてみせて。そうして、人形の入る箱――まあ、見る人によってはガラスの棺にも見えるが――の中に花や花びらと水が満たされていく中、そこを脱出するというそれである。
 さて、私は計画通り人形と入れ替わりで舞台に現れると、舞台の上で薔薇の花を魔法のように色を変えて見せる。感嘆の声が聞こえる。ここまでは順調だ。最後の仕上げとして私は棺のようなガラスケースに入り、手順の通りに自分の手にケースとつながっている手枷をつける。脱出マジックといえば拘束だ。花びらと水が満たされていく中――私は違和感を覚えた。本来であれば、演者わたし側に水が来ない仕掛けのはずなのだ。それにも関わらず、私がいる側の足元には徐々に水が増えている。


 ――あぁ、これは。


 誰かが私と高遠さんが組み立てた作品に細工をしている。


 ――誰が? いつ?


 私がこちらに来る前に高遠さんと快斗くんがおそらくチェックしてくれているはずだ。私も念のためチェックして、問題はなさそうだった。

 ならば、二人のうちのどちらかがした?

 まあ、たとえ足元に水が来たとしても手錠は外れれば脱出できるはずだ。


 ――本当に?


 私はガラス越しに高遠さんをみる。花びらと水が溜まって、スカートを濡らしていく。それに気が付かない彼は大丈夫だと安心させるように笑って見せた。私はそこで観客の方を見る。そうして予定通り出られないのだというアピールをして、私は棺に入る人形のように目を伏せた。


 ――時間はない。時間がない。


 本物の水となると、これからの段取りも考えなければならない。だんだんと顔に水が迫る。たくさんの花びらと共に。花びらが現れる仕掛けは床に仕込んだフリーズドライ状の花びらが水分を経て元に戻されるからだ。下手をすれば白雪姫になりかねない。徐々に迫りくる水面と花びらに私は大きく息を吸い込み――息を止めた。薄目をあければカーテンが引かれるのがわかる。私は手順通り手錠を外しにかかった。


 ――やはりというか、手錠が外れない。


 別の方法を試みるが、外れそうにない。
 ここでパニックになれば自分の命が危ないことなんて、容易に想像がつく。


 ――考える。どうすれば、この枷が外れるのか。


 呼吸も限界がある。恐怖に思考を止めてはいけない。どうすれば、ここから脱出できるのか、考えなければいけない。枷をさわっていれば、微かな隙間があるのがわかった。何かをねじ込めば、壊すことはできそうだ。では何を? 持っているのは薔薇の花と代役にするためのマリオネットに関するものだけのはずだ。

 考える。諦めてはいけない。



 ――高遠さんの前なのだ。成功しなければいけない。




 ――私は彼の期待に応える人でなくてはいけない。





 ――私だけは、彼の完璧なマリオネットでなければならない。





 そうだ、周りが不出来なマリオネットだとしても、私は彼の恋人として完璧なマリオネットでいなければならない。失敗は許されないのだ。


 手に何かがあたる。コインだ。たしか、本番前にスキャットさんからもらった幸運のお守りである。


 ――一部が薄くなったこれなら行けるかもしれない。


 私はコインを鎖とケースの間に差し込み、無理やり外す。まぁ、その前に心配そうにまたカーテンが一度除去されたのですまた人形のふりをするが。ダン、と装置が叩かれたのでそちらを横目でみる。そこにいた人たちは私をみた。恐らく私がもうとっくに外に出ている時間であるのに、でていないことに気が付いたのだろう。でも、一番厄介だった手枷は外れた。あとはこのケースを開けるだけだ。左右は開かないようになっている。しかし、本来のように後ろから開けては水が漏れる。なんとかガラスケースの上を開けるしかない。私が小さく上をさせば、アシスタントのスタッフ、ではなく、高遠さんがカーテンをどこからともかく取り出し、またケースを隠した。その瞬間に上部にある隙間にコインを差し込み、一部を開く。真田さんが上部のガラス――まあ、正式にはアクリル板だが――をとりはずしてくれたので、なんとか私一人分はいでれば、快斗くんに抱き止められたが。力が込められた手に、大丈夫です、と笑った。離してくれない彼の腕を、大丈夫だという風にさする。そうして離れた手に私はそのまま予定通りにする。カーテンの移動とともに三人と私は移動し、人形と入れ替われば、入れ替わりマジックの完成というわけだ。
 拍手、歓声、そんなものを身に受けて、手についたままの手枷を背中で隠し一礼する。そうしてそのまま無理やり舞台からはけた。


 ――やり遂げられた。なんとか。
 ほかの人に助けられて、になるが。


 安堵からふらりと体に力が抜ける。その体を誰かに支えられた。

「アキ、大丈夫ですか!?」

 そう告げたのは快斗くんだ。しかしながら、口調はもういつもの『彼』だ。私はそれを認識して、泣きそうになる。それをみて、もう一度彼は私を強く抱きしめた。真田さんが私に合わせてかがむ。

「何があった?!」
「てかせ、が、はなれなくて、びっくりして、しまって……みず、が、入ってこないはずなのに、仕掛けの中に、はいってきて……」
「手枷はありますか?」

 尋ねてきた高遠さん――のふりをした快斗くんに、私は隠したままにしていた右手を見せる。その拘束具の仕組みを隅から隅まで見た彼らは、ほんの一点を見て顔を顰めた。

「奥に針金が仕込まれてる」
「……午前中のリハーサルじゃ、問題なくできてたんだな?」

 真田さんの言葉に私は頷く。午前中のリハーサルでは難なくできていたはずなのだ。

「お姉さん、さすがのマジックでした! でも、さっきからスマホが鳴っていて……大丈夫ですか?」

 そう言って観客席の方からやってきたベルくんがスマホを持ってきてくれる。私は、息を一瞬で整えて、大丈夫、とつげて少しだけ高遠さんから離れた。

「えっ、アキシデントですか?」

 ぐっしょりと濡れた私をスタッフの奥野さんが見て、声を上げる。快斗くんのふりをした高遠さんが告げる。

「いいえ、これはアキシデントではなく――彼女へ向けた明確な殺意だ」

 恐らくはそうだ。それは快斗くんも、真田さんも理解している。でも、こんな細工をできるのは、手枷や手錠の外し方を知っている人でしかできない。すなわち、奇術ができる人しかできない。
 私は無言の沈黙の中、とりあえず震え続けているスマホを受け取り、ヤマトからの着信に出ることにする。

「もしもし!? アキ、大丈夫か!? あれ、濡れない仕掛けだろ!?」
「だいじょうぶです、何とか」
「何とかって……」
「何かわかりましたか?」

 心配するヤマトの声を遮り、私はそう尋ねる。

「ああもう、いろいろ聞きたいことあるけど、とりあえず……」

 ヤマトの言葉に私はふらつきながらスマホを着って立ち上がる。そうして、急いで控え室に向かった。





 ――ない。


 控え室のカバンに入れていたものがなくなっている。私はそれに座り込んだ。


 ――どうしよう。

 私は息を詰める。私が殺されそうになったのはこのさいどうだっていい。でも、これは。
 どうしよう、という言葉が頭の中でぐるぐると回る。追ってきた彼らは私に合わせてかがむ。


 ――高遠さんに叱られる。嫌われる。


 私は彼を見る。


 ――せっかくぎりぎり失敗せずにできたのに、物をなくした悪い子だって、嫌われる。
 

 彼は、アキ、どうかしましたか、と再度私に合わせてかがんだ。


「かばんのなか、」
「カバンの中?」
「遙一君と、ちかみやせんせいの、トリックノート、」

 私はそこまで言ってぽろぽろと涙をこぼしてしまう。察した高遠さんが私のカバンを覗いた。

「――なくなってる」
「ごめんなさい」

 私はもうそこで我慢できなくなって、泣いてしまう。はらはらと。

「ごめんなさい、わたし、」

 高遠さんは黙って私を抱きかかえる。彼の顔は見えないが、恐らく怒っているのか、手に力が入っている。私はすがるように彼の服を握った。ごめんなさい、と謝るしか私にはできない。真田さんがトリックノート、と繰り返して告げた。

「彼女は奇術師時代の高遠遙一のトリックノートと、近宮玲子のトリックノートをもっています」
「彼女がまっすぐそれを確認にきたっていうことは……」

 快斗くんが私を見下ろした。

「姫宮さんのトリックノートもなくなっている?」

 その問いかけに私は頷く。正しくは、Mr.正影のトリックノートなのであるが。