奇術師たちは噓をつく―9―
落ち着いてからでよかったというか。とりあえず、最後のキングを務めたヨハンさんのマジックは無事に終わり、全員で並ぶ。まあ、姫宮さんはそのまま海外にいかなければいけなくなったので不在だとごまかされたが。あとは芸能人たちがだれが何番かを考える時間だ。そこで出演者たちは解散されたりもするのだが――今回は最優秀者を決めなければならないためにみな出演者たちは残っている。加えてやってきた警察が残るように告げたらしい。恐らく姫宮さんのものと他二人の事件性が確認されたのだろう。やってきた明智警視やはじめちゃん、コナン君たちに、もう私のそばで隠すことをやめた高遠さんが「おや、勢ぞろいしていますね」と小さくつぶやいた。ヤマトが一目散に走ってやってくる。私はそこで気を奮い立たせて、つまんでいた高遠さんの服から手を放す。
「アキ、大丈夫か!?」
「何とか皆さんの助けを借りて失敗せずにできました……」
「そういう問題じゃないだろ!!」
それはそうだ。そうしかったヤマトに、明智警視が快斗くん――まあ、高遠さんっぽくしているからだろうけれど――をうかがいながら口を開く。
「ヤマトくんがそういうということは」
「ええ、ローズの使用した手枷が外れないようにする仕掛けがされていました」
快斗くんが視線にこたえるようにそう告げる。そこにいた面々が息を詰めた。スキャットさんがこちらを見る。
「え、だいじょうぶだったのかい!?」
「なんとか……スキャットさんの持たせてくれたコインのおかげです」
そう言ってポケットから彼の持たせてくれたコインを取り出す。私にはもったいないのでお返しします、といえば彼は驚いた顔をして、「wow!」と声を上げた。
「さすが天使の加護がついたコインだ」
そう言って彼はコインに口づけをすると、それを消した。私はまた目を瞬く。やっぱり手元の運びがうますぎて、どうやったかわからなかった。ここまでくると魔法みたいだ。ヤマトもおお! と感嘆の声を上げる。コナン君が首をかしげた。
「天使?」
「知らないのかい? 奇術師たちに死神は天使をつれてるんだよ」
「物騒やな……。どっちにしろ天からのお迎えやんか」
顔色が悪い瓦座さんのつっこみに、スキャットさんは天使が人を殺すわけないだろと返した。ヤマトが頷く。
「人間を殺すのは圧倒的に人間が多いんだよ。というか、そもそも、俺は練習に付き合ってみてたから知ってたけど、あれ本来ならアキ……ローズのほうには水が来ない仕掛けじゃんか」
「手錠に細工したうえで、水を満たすって明確な殺意では……」
ヤマトの言葉にベルくんがそう告げる。それはそう。
「アキは、何かトリックノートを持ってたのか?」
何か考えていたはじめちゃんがそう尋ねる。私は少し間をおいて――視界の端で高遠さんが頷いたのを見てから肯定した。
「うん。昔の遙一君のトリックノートと……近宮先生の」
私の言葉に、話を聞いていた一部は目を瞬く。
「近宮っていうと……」
「近宮玲子の?」
明智警視の言葉に私は頷いた。
「はい。郵送で送られてきて……」
「証拠品が紛失してると報告があがっていましたが」
明智警視の言葉に私は目を瞬く。素で「えっ」と声を上げてしまったのは仕方ない。星河さんは少し眉間にしわを寄せて問いかける。
「そのトリックノートは?」
「それが、ヤマトに聞いて急いで控え室に帰ったんですがなくなってしまって……」
私の言葉に彼は余計に息をつめた。私は彼を見上げる。
「あの、姫宮さんが持っていたMr.正影のトリックノートは……」
「ないんだ」
星河さんはそういって首を左右に振った。範田さんもまた困った顔をして口をひらく。
「彼女のことだから、持ち歩いてたんだと思うんだけどね……もしかしたら、家にあるのかもしれないが……」
私はその言葉に考える。彼女の性格を考えるにそれはあまり考えられないのでは。彼女が持っていると露見した今、余計に用心深くなっているはずだ。
「真田さんは……九十九先生のトリックノートを?」
「いいや、俺は引き継いでないし、多分団長が持ってる」
「九十九先生のトリックの応用は……真田さんとは得意なマジックが違うのでされてませんかね」
「ああ」
「はじめちゃん、番組が始まるより前に亡くなった人って誰かわかってる?」
私の問いかけに、はじめちゃんは頷いた。
「サラ・ダンマさんと馬路奇麗さんっていうんだけど……」
確か、サラ・ダンマさんはアメリカで活躍するロープを使用したマジックを得意とするマジシャンのはずだ。師匠であった人――アキン・イワンコフもまたロープを扱うマジックで有名なロシア系の奇術師で、彼女のトリックはその応用が多いといわれている。そして馬路奇麗さんもまた著名なマジシャンである。まあ、彼はいま最もSNS映えする奇術師といっていい。よくSNSで彼のマジック――電車の中などで行われているそれ――の動画が流れてくる。彼もまた師弟関係ではないとされているが、日本イリュージョン界隈の大御所であった志木良真のトリックの応用が多い。
スタッフの奥野さんが顔色を青くさせた。
「4と、8……」
「4と、なんだって?」
眉間にしわを寄せて聞いていたヨハンさんがそう告げた。
「4と、8……ミキさんが4で、馬路さんが8で出演するの予定だったんです」
その言葉に、私は納得する。
「あのメールに書かれていた『4のあとは8でいったん終わり』ですね」
「あのメール?」
尋ねた真田さんに私は頷く。
「スタッフの幡山さんに聞きました。『四の次は八、魔女裁判は一旦終わり!』という旨のメールが番組あてに送られてきていたそうです。今だからわかるのであって、何もわからなければただの悪戯メールでしょう」
「……9番の人は無事なのかい?」
スキャットさんがスタッフに聞く。さらに顔色を悪くさせた奥野さんは、「連絡が」と震える声で告げた。
「連絡が取れないんです」
「誰だったんですか?」
はじめちゃんが改めて奥野さんに尋ねた。
「ジブリッシュという人で……」
その言葉に、スキャットさんが驚いたように目を見開く。ヨハンさんもだ。ジブリッシュ? と私は頭の中で思い浮かべるが、私の記憶の中に該当する人はいない。
「ありえない!!」
ヨハンさんがそう声を張り上げた。
「ありえるはずがない!!」
私はその人が誰なのか答えを求めて高遠さんを見るが、彼も考えているあたり知らない人なのかもしれない。快斗君も同じように首を左右に振った。
「父さんが思い浮かべる人はよく似た他人、じゃないかな。たまたま同じ芸名とか……」
スキャットさんは考えながら口を開く。
「出来損ないは十年前に事故で死んだんだから。死者がよみがえるわけがないし」
出来損ない、ということは彼はその人を知っているらしい。まあ、ヨハンさんの慌てようを見ると――推理小説のような話であれば、狙われるのは彼も含まれるはずある。しかしながら出番を終えた彼は何ともない。彼の元の番号――10番目に公演をした真田さんも無事だ。と、なれば、彼は狙われておらず、姫宮さんや私は狙われたと考えた方がいい。
「ねえねえ、明智警視、はじめ兄ちゃんにその二人は密室殺人だってことは聞いたけど……トリックノートは?」
コナン君の問いかけに、明智警視が考えながら口を開く。
「私も星河さんの話を聞いてすぐ、現場の刑事に聞いて探してもらったのですが……それらしきものはありませんでした」
「もともと持っていたんですか?」
ベルくんが不思議そうに首を傾げた。確かにもともとないものを探しても、存在しなくては意味はない。
「もっとる」
瓦座さんがそう答える。
「少なくとも、馬路は持っとるはずや。志木先生の。言うないわれてたけど、あいつは俺の同郷やねん」
「同郷?」
「俺は高校出てすぐ、志木先生の元で修行しとってんけど……その時に馬路もおった。まあ、俺は今の相方たちに口説きおとされてお笑いの道に進むことになったから、三年くらいで先生のところから離れてんけど……先生の葬式の時であったときに手帳持っとったわ。『俺はお前と違って志木先生に選ばれた人間だ』とか言われたな」
瓦座さんの表情を見るに怒っているのだろう。
「だから、似とるやろ、アイツのやるイリュージョン」
「それでいくと、ミキさんもお持ちなのかもしれませんね」
私はそう言ってふむと考える。高遠さんが快斗君の声色で「そうだな」と頷いた。それを聞いていた明智警視が口を開く。
「とりあえず皆さん控え室で待機しておいていただけますか。念のため姫宮さんの件や飯塚さんの件で事情聴取を行いたいので」
「……と、なると、姫宮のも」
「事故に見せかけた故意によるものの可能性は高いです」
明智警視の言葉に全員が控え室に誘導されていく。私ははじめちゃんが頭をかいたのをみた。
――恐らくは犯人が私の持っていたトリックノートを奪った。トリックノートを取り返さないといけない。から、ここは。
「はじめちゃん、ちょっと話を聞いていい?」
「ああ、俺たちもアキ達にも話を聞いときたい」
頷いた彼に私たち? と首をかしげる。快斗君のふりをした高遠さんが口を開く。
「それは、俺たちもかな?」
その言葉にはじめちゃんは少しだけ目を見開いて見せたのだが。