魔女裁判殺人事件−1−
死亡推定時刻からして、先に死んだのはサラ・ダンマさんである。家の扉の鍵も窓の鍵も閉まっていて、迎えに行ったマネージャーが発見した時にはもう死んでいた。発見時刻は午前10時10分。死亡推定時刻は9時ごろ。マネージャーがいつもモーニングコールをかけるそうだが、いつも電話にでないそうだ。凶器と考えられるのはロープ。首に巻き付いたロープ、宙に浮いた死体に、自殺という可能性も捨てきれない。
次に亡くなったのが、馬路奇麗さん。同じく家の中でなくなっていた。マネージャーもあまり近づくなといわれていたが、連絡が取れないために向かってみたら自宅内で死んでいたのが発見された。発見時刻は16時。死亡推定時刻15時頃。死因はボウガンの矢で一突き。マジック用に使われる予定だったボウガンが部屋にはおいてあったらしい。マネージャー曰く自分に向かって撃つマジックを披露する予定だったとのことなので、これまた操作を誤った可能性は捨てきれないわけだ。
――では、姫宮さんはどうか。
はじめちゃんたち曰く、やはり彼女の拘束用の道具に仕掛けがされていた。まあセットが燃えてしまっているため、詳しくは鑑識の調査待ちである。となると、彼女は中世の魔女のように火あぶりにされながら死んだというわけだ。
「アキが星河さんと範田さんにこっちに来るように言ってくれて助かったぜ。じゃないと事故としかいえなかった。さすがに燃えちまってると難しい」
はじめちゃんはそう言って頭をかいた。私は口を開く。
「あの二人はあのトリックを知っていましたからね」
「同じ人に師事してたからなんだよな」
はじめちゃんの言葉に私はヤマトとコナン君を見下ろす。二人は首を傾げただけだが、肝心なことを告げていない。いや、確かに同じ人に師事していたからといえばそうなのだが。
「そうだけど、違うよ」
私はそう言って否定する。違う? とはじめちゃんが首を傾げた。
「姫宮さんは、二人の先生であるMr.正影のトリックノートを盗んだの」
「――えっ?」
はじめちゃんは息をつめた。高遠さんの事件に似ているからだろう。
「あの二人はそれに気づいてるし、星河さんに至ってはそれをもとに口論してる。でも、彼女を殺すだけなら連続性にする必要はないと思う。彼らがMr.正影のトリックノートを盗んだ同じ一味っていうわけでもないだろうし……」
「亡くなった二人が姫宮さんと同じ一味ならアキ姉ちゃんもそうなっちゃうしね」
コナン君がそう告げる。それはそうだ。私は考える。
「たしか、あのマジックはMr.正影の披露してないトリックだったはずです。だから、それを放したときあの二人が勘づいた……もとは彼女が弟子入りする前に演じられる推定で作り上げた芸術。失敗するように細工されている線は薄いと思います」
改めて、はじめちゃんにそういっておく。姫宮さんや星河さんが左近寺や山神たちのようにずっとトリックノートを狙っていた線は考えにくい。でなければ、星河さんは突発的に殺そうとなど思わないはずだ。
「……アキ姉ちゃんのは?」
コナン君の問いかけに、私は思い出す。水、外れない手枷、苦しくなる呼吸、それを思い出して息を詰める。押し寄せてくる恐怖に、私は言葉をとめた。私の思考を遮るように、誰かが私の肩にてをおいた。私は彼を見上げる。快斗くんのふりをした高遠さんだ。高遠さんのふりをした快斗くんが口を開く。
「彼女の手枷が外れないように針金で細工をされてました」
「あわせて、もとは彼女の方には水が来ないようにしてあったけど――水が入り込むようになっていた」
「でもあれ、アクリルだろ? アクリルって水族館でも使われてるけど水で強度増すはずじゃん。水の膨張とかで壊れることは難しいだろ」
ヤマトの問いかけに、私は「そこなんですが」といって考える。
「恐らく、わからないように隙間が作られた可能性は高いです」
「隙間?」
「ええ。水は上から降り注ぐではなく下から溜まりました」
「しかし、私たちがチェックしたときはそんな風には――」
そう告げた快斗くんが、言葉を止めて、高遠さんをみた。
「鏡ですか」
「鏡?」
コナン君が首をかしげる。
「恐らくはそうだろう。俺たちはあくまで外側からしかチェックできないから。恐らくは床が移るように少し角度をつけた鏡がアクリルで作られた隙間を隠すように設置されてたんだろう。黒い床を移すだけなら強度はいらない」
「床を映すだけなら水に濡れても使い物にならなくなる紙の鏡でも効果はありますね。見に行きますか」
快斗君の言葉に私たちは私が演じたステージに向かうことになった。
やはりというか、アクリルの下には隙間ができていて、なおかつ溜まった水には花びらとともにかみでできた鏡が浮遊していた。私は眉間にしわを寄せる。私がきちんとチェックしていれば、ふせげたかもしれない。いわば自業自得だ。当たり前だがこのセットを使うことがない高遠さんや快斗くんは、このアクリルでできたガラスケースのような、ガラスの棺のようなセットの中までは踏み込んで確認できない。
「アキ?」
「いえ、私がちゃんと確認しておけばこうはならなかったなと……」
私はそう言ってはじめちゃんを見る。
「でも。アキ姉ちゃんはどうやって助かったの?」
コナン君の問いかけに、私は彼に合わせてかがむと口を開く。
「手枷はこのケースにつながるかたちでしたが、その間に隙間があったんですよ。運よくスキャットさんにいただいたコインがあったんで、それをねじ込んで壊しました」
「コイン?」
「返しちゃいました。話を聞くに、彼の幸運のお守りだったようなので」
私の言葉に、コナン君は少し考える。そうして、はじめちゃんを見上げた。
「僕、ちょっとスキャットさんに話を聞いてくるね」
「ああ、頼む」
ヤマトの首根っこをつかんで連れていくコナン君を見送る。入れ違いにベル君がやってきて、私たちの事情聴取を、という案内をしてくれた。はじめちゃんに声をかけてそのまま三人で離れる。
「お二人とも気を付けてくださいね」
そういって私は高遠さんのふりをしている快斗君――もとい、怪盗キッドを見上げた。
「特に月下の奇術師さんは、余計に何かと疑われると思うので」
高遠さんの姿で、ばれてら、みたいな表情をした快斗くんにふふふと笑う。高遠さんは笑みを浮かべるだけだ。私は警察の人に誘導されて先に明智警視と話をすることになるのだが。
――あれは高遠遙一では、と尋ねた明智警視に私は首を左右に振る。
「あの人は遙一君じゃありませんよ。遙一君のふりをした他のだれかではないでしょうか……」
逃亡で忙しいはずでは……
そう言って私は困った顔をする。明智警視は目を伏せて、「あなたは」と告げる。
「あなたはまだ高遠を信じているんですね」
「……そうですね。でも、今回ので遙一君からは愛想をつかされたかもしれません」
「それはどういう?」
明智警視が問いかけに私は答える。
「彼、自分が作り出した計画を遂行できなかった
「……ええ、そうですね」
「私は、うまくできませんでした。あのマジックは、近宮先生のトリックの応用です。それをもとに遙一くんが昔に作ったイリュージョンでしょう。遙一君の書いた方の手帳にあったので」
「……」
「薔薇十字館であったとき、遙一君に言われました。私が持っておいてほしいと。できるようになりなさいと」
私は手元を見た。嘘も交じっている。もちろん、薔薇十字館のタイミングで言われていないことも交じっている。明智警視が口を開く。
「高遠は、あなたが近宮玲子のような奇術師になることを望んでいる?」
「わかりません。でも、」
「――あなたは失敗しかけた。だから、前例に倣って高遠があなたを殺す、と?」
明智警視の言葉に私は頷く。
「彼、きっと怒ってます。テレビで放映されてるんですから、どこで彼の目にうつってもおかしくない、手帳だって信頼して預けてもらったのかもしれないのに……」
「アキさん、気を落とす必要はありません。今回は貴方のミスじゃない。それくらい高遠は見抜きますよ。それに高遠は貴方をマリオネットにしたいのだと思っていましたが、――高遠にとって貴方は薔薇の花かもしれませんね」
その言葉に私は顔を上げて小首をかしげる。明智警視は目を伏せる。
「もっとも、血のような赤い薔薇ではなく――薄桃色かもしれませんが」