魔女裁判殺人事件−5−
さて、はじめちゃんたちの推理に耳を貸す。この事件は奇術師たちが残したトリックノートを狙った連続性の事件であること。ここに犯人はいること。最初に殺されたのはサラ・ダンマと呼ばれる奇術師。ロープで首をつって死んだ。ヨハンさんは鼻で笑う。自殺ではないかと。はじめちゃんは答える。氷を使ったトリックをつかったのだ、と。被害者である遺体の足の指と手首や親指には凍傷が確認された。すなわち、やはり氷の上に立たされ――溶けると同時に首が絞まったということだ。ロープをどうにもできないように、即席で作った氷のロープで親指と手首を縛って。睡眠薬で深く眠った被害者は気が付かなかった――いや、起きていてもどうすることもできなかった、というわけだ。
次の人。椅子に座りボーガンの矢が刺さって死んでいた馬路奇麗さん。誰にも入れない密室。彼の行おうとしていたマジックはボーガンを使用したスリリングなもの。その状況なら誤射したのではないか、と聞いた瓦座さんに明智警視が答える。
「いいえ。スマートフォンですよ」
「スマートフォン?」
「ボーガンの引き金とスマートフォンに紐をくくりつけたんです。そして、スマートフォンを落ちやすいように机の端に置いた。着信が来てスマートフォンが震えれば――机の上からスマートフォンが落ち、ボーガンの引き金がひかれるようになっていた。被害者は眠らされて椅子に座らせられていたんでしょう。一度目の電話で落ちなくても――それ以降の電話で落ちれば、皆さん集まっているのでアリバイがあることになりますからね」
その言葉に、ぞっとしたように奥野さんが顔色を悪くさせた。
「じゃあ、もしかしたら俺の電話で……」
「お兄さんはトリックに利用されただけだし、違うかもしれないよ。彼のマネージャーさんからも電話があったみたいだし」
コナン君はそう告げる。探偵役である彼らは続ける。姫宮さんの細工の話。そして、私の細工の話。私はじっとスキャットさんを見る。イライラとしているヨハンさんに対し、スキャットさんは表情を落としていく。それは遙一君の時みたいに。
そうして、はじめちゃんは――。
「犯人は貴方だ」
――と、いつものように犯人を指さした。
その指先にいたスキャットさんは『ああ本当だ』と笑った。
『天使の言うとおりになった』
と。
のらりくらりとするかと思えば、彼はケラケラと笑って、犯行に対して否定はせず、口を開く。
「でも、僕はトリックノートをもっていないよ。どうしてだと思う?」
彼の言葉にはじめちゃんは「複数犯だから」と告げた。人が死ぬように細工をした人物と盗む人物は別だと。じゃあ、その盗んだ人はだれか。そんなもの、答えはわかりきっている。
――ヨハン・クランケンだ。向いた視線に、馬鹿なことを言うな! と叫んだ。
「控え室にでも行って荷物検査をしてみろ!」
「あなたほどの奇術師がそんなところに入れるはずがない。あなたの手元にあるのでは」
快斗君のふりをした高遠さんがそう告げると、彼の上着をめくった。内側のポケットが膨らんでいる。そこにするりと手を伸ばした彼は――そこから手帳をとりだした。私の持っていた手帳である。まあ、ヨハンさんが暴れたので、そこで手を高遠さんは手を放したが。
「ちがう、これは……!! スキャットが勝手にやってきたことだ!! このジャケットはアイツが持ってきたんだからな!」
それを聞いてスキャットさんはケラケラと笑う。おかしそうにそうして口を開く。
「ああ、またそんなことをいう。いいかい、われらが奇術団の作品はすべて盗品だ。その男のオリジナルなんてない」
「盗品だって?」
星河さんが眉間にしわを寄せる。
「そうさ、昔からそうだ。その男は名だたる奇術師に近寄っては――イリュージョンの装置に細工して事故に見せかけて殺し――トリックノートを奪っていくんだよ。トリックノートを持っている人が死んでいるなら、本当にその人が持っていたのかも、持っていたとしてもそのありかなんて誰も知らないだろう?」
彼はそう言って笑った。事実だ。現に星河さんと範田さんがそうだ。彼らはMr.正影がトリックノートを持っていたことは知っていたが、どこにあるのかなんて知らなかった。
「ソイツの指示さ。全部ね……」
妄言だ、とヨハンさんが一蹴した。彼はそれでいいよ、と自嘲するように目を伏せた。
私は黙ってスキャットさんを見る。その様子に既視感があるのは確かだった。
それに、4の後に8で一旦終わりという言葉もある。確かにそのあと、姫宮さん、私と続いたが。
トランプ。4の次、8で一旦終わり。
8で一旦終わり。8の区切り。私はその言葉を頭に反芻させる。
――大富豪?
思い当たった言葉に私は目を瞬く。もし、そのルールに則るのであれば、私が彼に殺されなかったのはQである姫宮さんに7である私は続けないからではないか。元から私を生かすつもりだった? いや、生きていてもよかった、のかもしれない。たまたま、何らかのヒントを与える時に、私が昔会ったことがある子供だとわかったのだ。
恐らくは――、彼が動くうえでの想定外がある。
例えば、キングを与えられたのが、誰なのか、とか。
『クイーンのあとに10も重ねられないから、残っているのは』
彼はそう小声で告げてコインを触った。
――ここまでは、三人の被害者や私は、あくまでヨハンさんの指示の通りに動いたのだろう。
彼の本来の目的はきっと。誰も――その上にカードを載せないのであれば。私は彼に近づくと何かしようとしている彼の腕を掴む。
「あなたもパスしていったん終わり」
そう言って私は彼を見上げる。彼は目を見開いて私を見下ろした。
彼がヨハンさんの元で動いたという証拠があれば、ヨハン・クランケンの名は地に落ち、彼は監獄の中で最後を迎える。それは、かの蒲生剛三と同じだ。彼の名声はすっかり地に落ち、彼は偉大な作家から世界中をだましたペテン師になった。対してさくらちゃんは、失踪した父親の、本当のことを解き明かすために潜入した勇気ある少女となった。それが彼女の復讐となった。これも同じようにはならないのだろうか。
「このままゲームをつづけてあなたがいなくなれば、彼の名は悲劇の偉大なるマジシャンとして名が残りますよ。それこそ、ヨハン・クランケンの思うままで。何か秘密はないのですか」
「アイツが関与した証拠があるとでも? 全部事故として済まされてる」
私はその言葉に返す文言を探す。今の私に、彼の裏にヨハン・クランケンがいたと証明できるものない。証拠がないからだ。
「でも、そうだね。最後に僕の秘密を教えるのはいいかもしれない」
彼はそう言って私の手を離させる。彼の秘密とは、と私は彼を見上げる。
「ねぇ、父さん、言っておかないといけないことがあるんだ」
彼はそう言ってまた笑みを浮かべた。
「父さんが事故に見せかけて殺した出来損ないのジブリッシュ」
「殺しただと? 馬鹿を言うな。あれは事故だ。練習中のな」
「あぁ、そう、それでいいよ。もう俺が貴方に会うのは最後だろうから言っておくね」
彼はそう言って嗤った。目に少しの狂気を宿して。
「あの日、僕への待遇を見かねた兄さんが一つ提案したんだ」
兄さん、とヨハンさんが繰り返して目を見開く。
「偶には俺と入れ替わったらどうってね。そっくりだからばれやしないって。そしたら貴方は入れ替わった兄さんにイリュージョンの練習をさせたんだから驚いたよ。それを見たときは兄さんと貴方が結託したのかと思って余計に落ち込んだけど……」
嘘だ、とヨハン・クランケンが小さく呟く。
「あの、練習中の事故で死んだのは、貴方が殺したのはジブリッシュじゃない。貴方が目にかけていた自慢の息子であるスキャットで――」
はは、と、彼は笑う。壊れた人形のように。
「ここにいる僕はあの日の貴方が殺したかった出来損ないのジブリッシュだ」
対して――ヨハン・クランケンが愕然と、膝をつく。
彼はそれを見て鼻で笑った。ああ、すっきりしたという風に。
「大変だったよ。あなたも団員も僕を勘違いしたままだったからね」
そうして私の目の前でどこからともなくコインを取り出す。先ほどの動画のように、まるで、魔法のように。
「まさか、あの日に会った天使が魔女になっているとは思わなかったけれど……幼かった君に訂正しないといけないね。僕は魔法使いじゃない。僕はスキャットのように魔法使いにはなれない」
スキャットさんは私を見下ろす。
「君の言うとおり――魔法を極めてみようかと思ったんだけどね。こんな魔法にもなれない奇術しか使えない――いつだって劣等感にまみれた出来損ない人間だよ」
彼はそう言って目を伏せて、コインを私のポケットにいれた。その重さは決してコインの重さじゃない。彼はもう一枚コインを取り出して――キスをする。そこで私は理解した。
――この人は死ぬつもりなのだと。