魔女裁判殺人事件−6−
「貴方は魔法使い?」
青い目をした女の子は僕の耳元を寄せると小さくといかけた。
僕はその言葉に目を瞬いて、彼女を見下ろす。僕の様子に彼女は小首を傾げた。
――魔法使いと言われたのは初めてだった。できそこないのこの僕が。兄に劣るこんな僕が。兄と一日入れ替わって父親から押し付けられる仕事を回避できたのはいい。が、手持ち無沙汰でこの喧噪の中を歩いていたのである。
奇術の国際大会なだけあって、ここには参考にすべきマジシャンたちが幾人もいた。近宮玲子も黒羽盗一もMr.正影、アキン・イワンコフ、サランドラ・ミラーやカール・ジェッジといった世界屈指のマジシャンたちとその弟子が集まっている。兄に変装した僕を本物の兄だと思って声をかけてくる人も多数いた。この間は死神相手に残念だったね、いい健闘だった、といった言葉をかけてくる人もいる。トリックを見破ってくると噂で有名な『死神』に、兄がトリックを見破られたといっていたのを思い出す。今日の夕方には帰るらしいよ、もう一度チャレンジしないのかい? と聞いた人には、後で行くよ! だなんて心にも思っていないことを兄のふりをして告げる。そうして行きついた人気がない路地裏である。その子供のことであったのは。
どうやら迷子らしい。鳩を追ってきたのだと告げたご機嫌な女の子の手の中には鳩が確かにいたが――恐らく呼び戻す合図の音に反応して飛び去った。そこで彼女は自分の置かれている状況を理解した。ご機嫌な笑顔を浮かべていたのに、だんだんと泣きそうになっていく。だから、この子に簡単なマジックを見せた。本当に初歩的なマジックである。コインを消して、花にするというだけの。
「貴方は魔法使いじゃないの?」
再度尋ねた彼女の言葉にどう返せばいいかなどわからなくて、僕は目を泳がせる。でも、子供の夢を壊すのはどうか、と、僕の良心が囁いた。だから、そうだよ、と僕は返す。彼女は僕の言葉に目を輝かせる。純粋な子だ。僕は苦笑いをした。
「でも、周りの人に、秘密にしてくれるかな? 僕の魔法はまだへたっぴで――人を喜ばせるのは苦手なんだ」
僕の言葉に、その子は「どうして?」と首を傾げた。僕は言葉を詰まらせる。彼女は自分で考えることにしたらしい。うーん、とうなると、すぐにパッと明るい表情を浮かべた。
「もしかして、魔法使いの見習いさんなの?」
「まぁ……そうなるかな」
「じゃあ、貴方はもっと魔法が上手くなる?」
「……どうだろうね」
とぼけるようにそう言えば、彼女はその言葉を肯定と取ったのだろう。目を輝かせて、じゃあ、また魔法を見せて、と告げた。
「お兄さんだけが使える、魔法をみせて」
そう告げた彼女は、父親だろう存在に名を呼ばれて僕のそばから離れてかけていく。僕は二人の背が人混みに消えるまで見送った。
――僕にだけ使える魔法なんてあるのだろうか。
彼女に見せたコインをさわりながら、自分によく似た兄に言えば、よくできた人である兄は考えた。
「全般が無理なら、一個に絞って練習するのはどうだ? ジブリッシュは俺よりコインの扱いがうまいわけだし――コインマジックを極めてみるとか」
兄はそう言って朗らかに笑った。俺はそれにうなずいて、父にばれないようにこっそりと練習をした。父親にばれたら嘲笑われて終わりだからだ。会える確証もないあの子に見せることを目標にした。何度か彼女が『死神』と呼ばれる父親やと歩いているのを見たが――そのうちに『天使』とよばれた彼女は見かけなくなった。その間にも僕は技術を磨く。
奇術団が、父が、兄が、大会に招かれるたびに彼女を探すために入れ替わり――運悪く、その時に兄は死んだ。父親は僕を兄だと思い、団員たちも未だにそう思っている。訂正することなんてできかねた。訂正してしまえば――僕も殺されるかもしれない。父親のいうこともよく聞いた。僕はこの父親が恐ろしかった。歯向かえば、あの日々に逆戻りだと思ったのだ。
もうぼんやりとしか覚えていないその子供を、声を、思い起こす。あの時のコインはすっかり僕のお守りだった。団長が怒鳴るように僕を呼ぶ声がする。団員達がすがるように僕をみた。僕は目を伏せて、今行くよ、と歩き出す。全てを隠すように、兄の仮面を貼り付けて。
――この人を殺せば僕たちはきっと自由になる。だから、殺してしまおうかと思った。
魔法使いにあるまじき感情だ。きっと、もうおぼろげな記憶となったあの子は幻滅する。でも、すべていつかは忘れる記憶だから、それでもいいと思ったのに。
彼女の前でコインを動かしたり消したりして見せれば、彼女は本当に不思議そうに僕の手元を見つめる。そのまなざしは昔と変わらない。彼女は何ら変わらない。偽りだらけの僕と違って。父親を殺すのはもう無理だ。自分が決めたルールを曲げるのは美しくない。なら。それなら、僕が自由になるには。
『どうも、お迎えありがとう、僕だけの天使』