Fly Me to the Moon




 抱きしめられる。強く。私の部屋にいたその人に。痛いくらいの力だ。私は目を伏せる。彼の心を乱してしまったのは悪いことなのだろうが、それがほんの少しだけうれしくもあった。心情を弄ぶようなその思考はおかしいとは思うし、それを主張しすぎたら彼に鬱陶しく思われてしまうので言うことではないが。

 あの後は再度取り調べがあった。その他にもビッグジュエルが付いた王冠は後日私に渡されることになるらしく、その手続きを踏んだり――まぁ、そのまま鈴木相談役に返すつもりである――少年探偵団や蘭ちゃん園子ちゃんやはじめちゃんたちとご飯を食べて帰ったら、思っていたより夜遅くなった。きちんと少年探偵団をはじめちゃんは一緒に送り届けてくれた。その途中でヤマトはねてしまった。一日中走り回ったからだろうし、また不安にさせてしまったのかもしれない。昔より重くなったヤマトを運ぶのは、一苦労であるが途中まではじめちゃんがおんぶしてくれていた。

「本当にアキが無事で良かった」

 はじめちゃんは安堵したようにそう告げる。まぁ、囲碁合宿と薔薇十字で三度目である。二度あることは三度ある、三度目の正直だなんて人はいうが、無事に生きていて良かったとおもう。

「私もびっくりしちゃった」

 そう言って苦笑いする。びっくりしたで済むことじゃないだろ、とは、はじめちゃんの言葉であるが、それは逆もそうだ。はじめちゃんの方が危機的たちいちに立たされることは圧倒的に多いのだから。まぁそれをいうべきではない。

「アキがもし殺されてたら、高遠は」

 はじめちゃんはそう言って目を伏せた。私は揶揄うように告げる。

「はじめちゃんと遙一くんの一騎打ちになる?」
「あのな……そりゃあ俺は謎も解くだろうけど……」

 はじめちゃんはそう言って困った顔をする。冗談だよ、と私は笑った。はじめちゃんはそうだろう。きっとそばにいれば、彼は進んで謎を解く。遙一くんは、高遠さんは、どうだろうか。謎を解いて、尚且つその人を葬ってくれるのだろうか。私は帰り道を眺めた。高遠さんとよく通る道だ。はじめちゃんは私をみたらしかった。

「たぶん、アキに何かあればもっと人間っぽさがなくなる気がする」

 私ははじめちゃんをみる。なにそれ、と言えば、はじめちゃんは真っ直ぐに私をみた。

「なんていうか、高遠を人間っぽくしてるのって、アキだと思うんだよ。良心というか……」

 ヤマトにも向けられているけれど、圧倒的にアキに向いている気がするんだよな、とはじめちゃんは告げる。

「そうならいいな」

 私はそう告げる。はじめちゃんと美雪ちゃん、蘭ちゃんと噂に聞く工藤くん、和葉ちゃんと服部くん、そして私と遙一くん。みんな幼馴染みという関係なのに。私たちだけが歪だ。表立って結ばれてはいけない。後ろ指をさされても、祝福されることなんてない。だって、彼は犯罪者だから。私にとっての遙一くんは高遠さんは変わらないのに、周りの像は変わっていく。より冷酷な犯罪者に。

「近宮先生のことがなかったら」

 私はそう言って立ち止まる。数歩先で止まったはじめちゃんは、振り返る。

「きっと、私と遙一くんも、はじめちゃんと美雪ちゃんたちみたいになれたのかな」
「アキ」
「……冗談だよ。遙一くんは犯罪者だから」

 私はそう言ってまた歩き出す。そうして、また数歩歩いた先で今度は私が振り返る。

「じゃあ、私がもし死んだら、殺されたら、はじめちゃんに遙一くんより先に謎を解き明かしてもらわないとね。万が一、遙一くんが、高遠さんが私を殺した人を殺すと大変だ」
「そんなこと言うなよ」

 はじめちゃんはそう言って私を見る。私は月明かりを背に彼を見る。

「わかった。もしそうなったらの話だし――、高遠を捕まえたらそんなことは起こらないんだけどな」

 はじめちゃんはそう言って歩き出す。私はそれはそうだねと笑って、隣に並んでそのまま家路についた。


 はじめちゃんと家の前でわかれて帰り、ヤマトをヤマトの部屋に寝かせる。明日は学校ではないし、私はヤマトが明日着る服だけ準備しておいた。そうして自分の部屋に戻ったのだ。いきなり抱きしめられたので一瞬悲鳴みたいな声を上げてしまったのは仕方ないと思う。しかしながら、香ったその香りに、そこにいたその人に私は安心した。高遠さんである。ただ、彼は強く私を抱きしめた。微かに震えている、気がする。

「あなたが」

 しばらくの沈黙ののち、高遠さんはそう言葉を紡いだ。私は「私が?」と小さく繰り返す?

「……君が、今度こそ死ぬかと思った」

 いつもと違い、弱弱しい声だ。私は彼を見上げる。いなくなってしまうかと思った、と。怒られるかと思ったが、違ったらしい。

「私はいなくなりませんよ」

 私はそう言って彼の服を握る。私はいなくならない。私はいなくなるとしたら、この人である。

「霧島が」

 顔が見えないまま彼はそう告げる。口から出た名前に、私は問いかけなおすしかない。

「霧島お兄ちゃんが?」
「君達は……君は僕を人間にしようとするから、殺そうとした、と言っていたけれど」

 はじめちゃんから聞いた言葉と似ている。明智警視が言っていた言葉にも似ている。私が死ねば、彼はその煩わしさに悩まされることもなければ、心情をかき乱されることもないのだろう。それをあの頃に見抜いていたとは、霧島お兄ちゃんは実はすごい人だったのではなかろうか。私はいいよ、と告げる。

「遙一くんの手で綺麗に飾ってくれるなら、私はずっと眠ってもいいよ」

 彼がぴくりと反応をする。私が彼の心を乱してしまうなら。私が彼に不快感を与えてしまうなら。彼の欠点になるなら。数多の失敗作と同じになるくらいなら。失敗をして、彼の特別で、いられなくなるくらいなら。

「私には、舞踏会に行くためのドレスも御伽噺のように目を覚ましてくれる王子様は必要ありません。目を覚まさないで、不思議の国から帰らなくたっていい」

 でも、少しだけ願ってもいいのであれば。私は笑みを浮かべる。

「私が眠るその時に、貴方がそばにいてくれるなら、それでいい」

 彼は目を開いて私を見下ろす。私は笑えているだろうか。
 私は死ぬことよりも、高遠さんがいなくなる事の方が怖い。見捨てられる事の方が、ずっと怖い。高遠さんはなにも返さないでそっと私の頬に手を当てた。彼との距離が近づく。


 ――だって、私は貴方の、遙一くんの。


 目を伏せる。唇が触れる。たったそれだけで愛しさが溢れてくる。触れるだけ、で、離れた唇に目を開けば、視線がかちあった。もう一度触れようと近づいた顔にまた私は目を伏せた。

 しかし、それを許さないと言うふうにピンポーンとインターホンが鳴った。高遠さんは私から手を放す。もう一度なったインターホンに彼は顔をしかめると、耳元で「また会いましょう」とだけ告げて荷物を持って部屋から去っていった。私はいつだってそれを引き止めることもできずにその背をみおくるしかない。


 ――私が、一緒に連れて行って、と、願えば。遙一くんは、魔法使いのように、連れ去ってくれるのだろうか。跡形もなく、そこに元からいなかったように。


(奇術師連盟 fin)