Out Case:Before



「貴方は……ベルくん」

そう言って私は彼を見下ろす。いつもの大道芸だ。やっぱりテレビなんかより、これくらいの方が好きであるし合っているように感じる。そんな大道芸の演目が終わり、人が少なくなるのを見送ってやってきたのは、真田さんや星川さんでも、快斗くんでもなく、あの番組で一緒になった少年のベルくんである。ヤマトと同い年の彼は、こんにちは、と、私を見上げた。

「やっぱりお姉さんのマジックは魔法みたいですね」
「気をつけないと貴方のような鋭い方がいますからね」

私はそう言って仮面を外す。今日は私の地声で演じていたから、私とバレても差し支えはないだろう。周りを見渡してみたが、やはり彼は一人できているようだ。両親は? と尋ねない方がいい。その世間にとっての当たり前は、彼を傷つけるかもしれない。かつての私のように。

「この前いただいた薔薇が……」

彼はそう言って小瓶を取り出した。両親に壊されて、と告げた彼に私は困った顔をする。プリザーブドフラワーにしているから日には持つとは言え、乱暴に扱えば壊れてしまうのだ。今日はまだ薔薇は残っている。私は彼の小瓶に入っていた花びらの破片を――薔薇の花にすり替えて彼の胸ポケットに入れる。そうして私が彼の胸ポケットを指差せば、そこをみた彼は目を瞬くと私を嬉しそうに見上げた。可愛い。

「せっかくですし、一緒におやつでも食べますか?」

そう言って私は彼に手を差し出す。彼は頷いて、その手を取った。



米花町に数ある喫茶店、その中でヤマトが懇意にしてもらっている喫茶ポアロに足を運ぶ。彼にお勧めのケーキセットを頼み、安室さんのもと二人でお茶をすることにする。同じくカウンターから顔を出した梓さんが口を開く。

「アキちゃん、今日は米花公園で大道芸の日じゃなかった?」
「今日は早めに終わったんです。ベルくんが遊びに来てくださっていたので、一緒にお茶をと思いまして」

私の言葉に、ベルくん? と二人は首を傾げ――彼をみる。彼は会釈だけをした。私が番組でご一緒していました、と言えば安室さんが思い当たったのだろう。

「あぁ、あの催眠術で絶対3を引かせる」
「安室さんも見てくださっていたとこの前おっしゃってくださっていましたね。あの日くれたスープはヤマトが嬉しそうにたくさん食べてくれました」
「それはよかった、お裾分けをしたかいがありました」

安室さんがそう言って笑った。梓さんが、アキちゃんのマジックすごかった! と声を上げてもらえるが、アレは誤魔化したが故にうまくいっただけのほぼ失敗である。高遠さんには叱られなかったものの、私の認識としては失敗だ。ずぶ濡れなら美しくも何もない。

「失敗を見せてしまって心苦しいですね」

 私がそう苦笑いでつげれば、安室さんが首を傾げ、梓さんが驚いたように声を上げた。

「……失敗?」
「え、あれで!?」
「ええ、アキシデントがあって……本来ならもっとスムーズに上手くいくはずだったんですけどね」
「どこが失敗しているか見返そうにも権利の関係でオンライン配信されていないので、見られませんね」

 安室さんはそう言ってケーキセットをテーブルの上に置いた。権利の関係、ということにするのが1番いい方法だからだろう。そのままあの映像はお蔵入りというわけだ。まぁ焼死体が映ってしまったのだから仕方ない。動画投稿サイトなんかに投稿されても権利者の申し立てですぐ消されてしまうのだが。

「お姉さんの名前は確か……」
「あぁ、私は飯塚アキです。弟も飯塚なので、アキと呼んでくれたら」
「アキさんですね」

  ベルくんはそう言って少しだけ表情を和らげた。

「それにしても、ヤマトくんも貴方も飯塚龍一の娘だとは……」
「あんまり名乗りたくなかったんですが、知り合いかもしれない人が名乗り出てくださらないので……というか、安室さんも読まれるんですか」
「えぇ。といっても、コナンくんやヤマトくんのように全てではありませんが……彼の日本の警察を題材にしているものは読みましたよ」

 あぁ、そういう話も確かあったな、と思う。ベルくんの頬にクリームがついたので、そっと拭う。そのうち他に来たお客さんの対応を二人が始めたのでベルくんと話した。どうやら結構近所に住んでいるらしい。帝丹小でないとなれば、公立の学校だろうか。あまり帰ってこない両親に、何かあれば私に連絡するように告げて連絡先を交換する。横耳で聞いていた安室さんもあまり酷ければ警察やそう言った場所に言って見てごらん、
 と告げていた。さすが探偵、そう言った知識があるらしい。
 そんな会話をしていれば、スマホの通知がなる。どうやらはじめちゃんからである。

 ――明智警視から聞いたけど、ヨハン・クランケンが海外で事故死したらしい。

 当たり前だ。あそこには恐らくもう一人、奇術団関係者がいるはずなのだ。でなければ、外部の人であるジブリッシュさんが演者を選べるわけがない。そして、ジブリッシュさんが予定していた通りに順番を組むのではなく、ヨハン・クランケンを殺させなかったのもその人だ。自分で殺したかったのか。それとも、スキャットという人に恨みを持っていたのかはわかりかねるが。はじめちゃん達がそれを言わなかったのはあの場のスタッフであるという確証も証拠もなく――実行犯がジブリッシュさんだったからというだけだ。恐らくはそれを指摘するまで時間が足りなかった。あそこには高遠さんがいたから、高遠さんがその人に接触したか――それとも、ヨハン・クランケンの被害者の一人を突き止めて接触したのだろう。残念、名探偵たちが関係者を探し肩を叩く前に、様子を見ていた地獄の使者がその人の肩を叩いたのだ。そうして彼は死んだ。罪意識などない彼であるため、その死が救いになるかは知らない。穏やかな旅路ではなかろうが、どうか安らかにと私は目を伏せて、ティーカップをソーサーに置く。はじめちゃんには後で連絡をしよう。

「アキさん、何かいいことがありましたか?」
「いいえ、思えば不思議な人選だったなと思いまして」

 私はそう言ってベルくんに意識を移す。

「あの番組がですか」
「そうです。まるでわざとトリックノートを持っていそうな人を呼んでいそうでしょう?」

 そう言って私はケーキにフォークをいれる。

「そう言えば、アキさんに会う前、街のテレビでヨハン・クランケンが事故にあったと聞きました。なんでもイリュージョン中の事故だったんだとか」

 ベルくんの言葉に私は目を伏せる。

「日本公演を彼は体調不良を理由にドタキャンし、事実公表を恐れて海外へ逃げた。日本の警察に捕まるのが1番安全だと思ってはいましたが……海外では日本の警察は動けませんしね。まぁ、本当に事故か故意の過失かは警察が捜査次第、ということでしょうか」

 コナンやヤマト、はじめちゃんなら解き明かしに行こうとするだろう、が、私はただの奇術師である。謎は謎のままでもいい。

「これからいろんな証言が出るでしょうね。彼自身の築いた功績は全て自分の行為で穢れていき――犯人に同情が集まることでしょう」
「……アキさんは、やっぱり探偵ですか?」

 ベルくんの言葉に私は首を左右にふる。

「いえ、私は違いますよ。私は探偵のように解き明かすことに使命感はありません。人をおどろかすのが大好きな……」


 ――使者の人形マリオネットだなんて言えないが。

「ただの、愉快な奇術師連盟の一員、ですかね」

 ふふ、と笑いながらそう告げて彼の頭を撫でる。彼は目を瞬いて、それを受け入れた。

「そう言えば、ベルくんという名前が可愛らしいのでついベルくんと呼んでしまっていますが、貴方の本当の名前を聞いていませんでしたね。名前を聞いても?」

 私の言葉に、彼は少しだけ照れくさそうに名乗った。

「僕の名前は――ケンです。ケン・L・ベルローズ」
「では、ケンと呼びましょうか。よろしくね、ケン」
「はい」

 頷いた彼は私が置いたイチゴを満足げに一口で食べた。