二人目の怪盗-5-
庭に出れば、やはりいろいろな国の庭が寄せ集まったような場所だ。ギリシャの建築を模したもの、イングリッシュガーデン、季節になっては薔薇が咲き誇るだろう場所もあった。庭が完成するのに二年かかったそうであるが、それも納得できる。奥の方には紫色がかすかに見えた。
「アキ?」
「いえ、あちらの方に紫色が見えたので」
「ふふ、あっちはラベンダー畑なの。お父様のアトリエもそこにあるわ。いってみる?」
駆け寄ってきた子犬をだきあげながら、そう尋ねた彼女に私たちは二つ返事で頷き、向かうことになった。
蒲生剛三は短いスパンで絵を描いている人だ。来る前にネットで調べてみたが、短い期間で結構な作品を出している。閉じ込められるような飛行機や車などの移動を嫌い、唯一の移動方法がこの特注のリムジンだけ。……そんな人がアトリエに籠もれるのだろうか。
最近の蒲生剛三は作品を描くことがないため以前のようにアトリエにこもらず、アトリエは画商に作品を見せるためのギャラリーに使われているらしい。
話を頭の中で整理していたら、ワンっと子犬――ポアロが吠えた。足元にいる小さなポアロは何かに向かって唸っては吠えている。
「ポアロ、ご機嫌ななめですね」
「この子、このあたりが嫌いなのよ」
到着するなり車を飛び出した子犬に、はじめちゃんが周りを見渡した。見渡す限りのラベンダー畑に、小さな平屋のような家がたっている。周りにはごく少数の警察官だ。同じようにアトリエの周りを見た快斗君が小さくつぶやく。
「警備ゆるいな」
「まぁ、警視庁を拒んでそうなので、県警が主権を握っているんでしょう。怪盗キッドならこれくらい余裕ですね」
「当たり前だろ」
そんなことを言いながら私もあたりを見渡す。本当に広いラベンダー畑だ。快斗くんも同じように周りを見渡して口を開く。
「アキ、今のところどう思う?」
「なんとも……しかし、違和感はしました。なんでしょうか……」
「俺もした。何かって言えないけどな」
少し考えた快斗くんに私も考えていれば、はじめちゃんたちの驚いたような声が聞こえる。追いかけるようにそちらに向かえば、部屋が見事に荒らされていた。
「まさか、怪盗紳士……!?」
「いや、これ素人だな。足跡大量じゃねぇか」
快斗くんがざっくりとそう告げる。「え?」と不思議そうにしたはじめちゃんに私は口を開く。
「ふふ、立つ鳥跡を濁さずっていうし、怪盗紳士にしろ怪盗キッドにしろ跡を残さないみたい。これだけ足跡があると犯人特定は簡単そうだけど」
快斗くんが外された絵を見る。
「ここにあったのは?」
「お父様の自画像よ」
「怪盗紳士が犯行をしたという置き手紙もないし……第三者で間違いはなさそうだね。そのまま窓から外に出たんじゃないかな?」
そう言って開かれた窓を見る。ラベンダーが踏みつけられて折れてしまっていた。
「置き手紙?」
「怪盗紳士、いつも手紙を残して去っていくってもらった資料に載ってたから。でも、盗まれたのは確かだし剣持警部に連絡した方がいいとは思う」
私の説明に、はじめちゃんはそうだなと頷いて剣持警部に連絡した。程なくしてかけつけた剣持警部、は、ともかく、同じく駆けつけた蒲生剛三や青森県警の警部に私たちは嫌みを言われることになるのだが。うーん、東京から来た探偵気取りと言われても私や快斗くんは探偵ではないのである。というか、だ。
「怪盗紳士がこんな汚い盗み方をするとは思いません。怪盗紳士は痕跡を残さないから捕まらないんだと思います。これはただの便乗した泥棒です」
そう言ってまわりの反応をさぐる。
「まぁ、これだけ痕跡があれば、県警さんの捜査ですぐ捕まると思いますよ」
そういえば、一人だけ少し顔色を悪くする。快斗くんがロリコン扱いした男性――蒲生剛三の甥である和久田さんだ。わかりやすいというか、隠す気がないというか。恐らくあれは演技ではない。
――さて、そんな人物が怪盗紳士の模倣をするかと言われたらノーである。まぁ警察が近くをうろついていたとパーティーとは無関係の青年を連行してきたが、このつまらない泥棒事件に対してははじめちゃんがすぐに解決するだろう。私はその間に、ふむ、と考える。先程、蒲生剛三に感じた違和感はなんなのだろうか。彼を見る。杖なしで実は動ける? いや、恐らくはきちんと重心が杖にかかっている。靴のすり減り方。スーツ。それも違う。
――手。
そう思って手をみる。あれだけ短いスパンで絵を描くのだ。筆を握る手にはペンだこのようなものができるはずである。ちらりと酒を呷る吉良さんの手を見る。彼の手には確かにありそうだ。触って見なければわからないが。はじめちゃんが迷い込んだ青年の連行をとめる。青年が連れてきたポアロがまた唸り声を上げた。
「アキ?」
「快斗くん、手を見て」
「手?」
『職業は手に現れるでしょう?』
英語で軽くそういえば彼は理解したらしい。俺が蒲生剛三行くな、と告げた為、蒲生剛三は彼に任せる。では私は吉良さんに行きます、といえば、彼は頷いたのだが。
さて、泥棒事件といえば、はじめちゃんは子犬のポアロが犯人を指摘すると告げる。ポアロはラベンダーの匂いがなぜか嫌いで、その香りにポアロはわんわんと吠えるのだ。犬の嗅覚は鋭いと言うし、人間にはわからない匂いでも犬にはわかるのだろう。はじめちゃんに放たれたポアロはかけだして、和久田さんに吠える、吠える、吠える。まぁあれだけラベンダー畑を踏み荒らしたのだ。ラベンダーの匂いはこびりついているだろう。見事に的中させたはじめちゃんに拍手をおくる。快斗くんもそれをみて、「へぇ、金田一もしっかり探偵だな」とぼやいた。
「はじめちゃんは普段との落差が凄いから」
「アキ? それってどう言う意味だ??」
はじめちゃんはなんともいえない顔である。美雪ちゃんと剣持警部が頷いていた。私はふふと笑っておく。だって事実だ。
「恥を晒しやがってー!」
蒲生剛三が甥の和久田さんをぽこぽこ杖で殴る。快斗くんがそれを止めに入り、さりげなく蒲生剛三の手を確認しているのが見えた。