107
佐倉千代の考え事
「原稿のうちに燃やしてもいいかな」
そんな物騒な言葉を吐いたのは遥さんで、それを聞いた堀先輩が「だめに決まってるだろ」と首を振る。すこし不服そうな表情をした遥さんに、私はその原稿を覗いた。
『恋しよっ』には、周りの人達がキャラクターの原案になっていることがある。トーンをひたすら貼っている若松くんのようなキャラもいれば、結月のようなキャラクター、遥さんのモデルのキャラクターも存在するのだ。今回はその遥さんのキャラクターの話――即ちサイドストーリーが進むらしい。
近宮さんのモデルのキャラクターは男の子だ。三人兄弟の末っ子だけれども、複雑な家庭環境があり何処か影がある紳士系、という設定てんこ盛りのキャラクターだけど、案外遥さんじたいがそうなのでなんとも言えない。彼はよくフラグを立てる。例えば、女番長の女の子――多分モデルは火祀先輩だ――だったり、マミコだったり。でも、今回は違うようで。
「あー、でも、そうだよね」
そう呟いてしまったのは仕方がない。私の原稿にいる女の子は何時も前髪を上げている女の子で。私の顔を挙げた先にいるのは前髪を何時も上げている堀先輩で。お話としては、この前のあの事件を少しもじったような感じだけけども。
「なんでだよ」
「いや、この前の話じゃないですか」
「フィクションになってるから別に大丈夫だろ?」
「堀先輩は大丈夫なんですか?」
そう尋ねた私に堀先輩は首を傾げる。遥さんも首を傾げた。うん? もしかしてこれはお互い気づいていないのだろうか。
「そういえばそうですよね! 近宮先輩はこの男の子に似てるし、堀先輩はこの女の子に似てますから」
若松くんの言葉に、野崎くんが肩を跳ねさせた。遥さんが原稿用紙を見てから堀先輩を見る。堀先輩も同じく原稿用紙を見てから遥さんを見た。
「やっぱり燃やすか」
「そうですね、そうしましょう」
「だ、だめですよ!」
顔を真っ青にして首を振った野崎くんに、二人がため息を付く。今回だけだからな、と告げた先輩に遥さんも同意した。でも、一読者として言わせて欲しい。
「続きが気になるので、私は描いて欲しいな」
「すいません、堀先輩。読者が待ってるんで」
「千代さん、余計なことを……気まずくなるからやめてほしいです」
「どうしてですか?」
そうだよね、と私が納得するけれど、若松くんが首をかしげた。貴方にとっては結月さんと漫画の中で結ばれるようなものですよ、と告げた遥さんに若松くんが顔をしかめ、堀先輩と野崎くんと私は固まる。
「それはイヤです」
「でしょう?」
「じゃあ、近宮先輩は堀先輩が嫌いなんですか?」
「なんでそうなるんだ」
「僕は瀬尾先輩が苦手です。だから、イヤです。その理論だとそうじゃないですか」
若松くんの言葉に、遥さんが片手で顔を覆う。
「嫌いじゃないから、困るんじゃないですか」
そうポツリと呟いた遥さんの耳が少し赤かったのを私は見逃さなかったし、野崎くんがまたメモをとるのも見逃さなかった。当の堀先輩はかたまったけど。そういえば、前、鹿島君が言ってた気がする。
――ねぇねぇ、千代ちゃん。あの二人、仲いいよね。そのままくっついてくれたら私の夢が叶うのになぁ。
「叶いそうだよ、鹿島君」
遠い目をして言ってしまったけども、私の言葉は動き出した堀先輩と照れて固まる遥さんの会話で消されてしまう。まぁ、消されていいのかもしれないけど。
PREV BACK NEXT