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RE:復讐劇終幕




 その男はいきなり現れたといってもいい。自分がステージを終え、片付けをしている最中だった。

「貴方が高遠遙一さん――ですね?」

 そういった彼に顔をしかめる。彼は何処か自分に似ていた。どう、とかではない。瞳の中に移る冷酷さだとか、月のような感覚が。

「――はい、そうですが」

 片付けをしながら彼の質問に答える。

「僕は近宮魔術団のマネージャーをしています、赤尾一葉と申します」

 そう名乗った彼に動きを止める。自分が近宮魔術団という名前に反応したのか、赤尾一葉という名前に反応したのか。いや、双方に反応したんだろう。彼を見つめる。何故彼が自分に似ているかわかる気がした。それは恐らく、彼が前の自分のように生きているからなのだろう。では、そんな人物が自分に持ちかけてくるのは何か。

 ――恐らく、復讐だ。

 近宮玲子が死んだことに対する。

 グッと手に力を入れる。まだ、自分さまだ調べられていないのだ。なんせ、今回は自分の妹なる人物がいて、警察の見解では彼女の行動が原因だということになっている。妹が真犯人なのか他の奴らが真犯人なのか。それはこのマネージャーならわかるのだろう。
 息を吐いて彼を見た。彼は何処かまっすぐとした目で口を開く。

「貴方の妹を、止めて欲しい」

 彼の口から出た言葉は、予想とは180度違うそれだった。




 ――貴方は近宮玲子の息子で間違いがない。先生の手記に貴方の名前がありましたから。
 ――本当の家族である貴方でないと、彼女を止められません。
 ――彼女を、止めてください。

 そう言った赤尾と名乗る彼を後ろから眺める。彼の運転する車に揺られ、目指すは例の妹がいる病院だ。

「一つ、聞いても?」
「はい?」
「どうして貴方は彼女を止めたいんです? 放っておいても貴方には危害はないんでしょう?」

 質問に、彼は少し動きを止めた。自分でも何なのかわかっていないのだろうか。しばらくして、彼は口を開いた。

「つきました」

 それは答えではない。黙ったまま彼の後ろに続く。ある病室の前で彼は動きを止めてこちらを見た。

「先ほどの答え、ですが。舞台での彼女が好きだった、ではいけませんか。僕は彼女が演じる魔法にも似た完成されたマジックが好きだ。それに、なんというか――。彼女に復讐なんてものは、似合わない。彼女はもっと光の世界に入るべき人だ」

 言うだけいうと、彼は病室に入る。中にはベッドが一つだけ。中には一人、少女がいるのがわかる。赤尾が彼女に何か言うが、彼女は拒絶するだけだ。

「君に会わせたい人がいるんだ」

 そう告げた彼はこちらを見る。眉をひそめたまま動かない僕を彼は引きずり少女の前へ連れてくると手を離した。
 少女を見下ろして、目を見開いた。彼女も目を見開いた。同じ髪色、同じような顔立ち、同じような瞳の色。夜に輝く月のような色。しかし、それには明らかに復讐の色が見えた。そして確信する。この子は自分の妹なのだと。

「君が近宮遥ちゃん? 僕は、高遠遙一。君の、――兄だ」

 その言葉に彼女はほろりと涙を流した。ポロポロととめどなく流れるそれに、あやすように彼女を抱きしめる。

「母さんは殺されたんだろう?」

 それは、あの赤尾という男の言葉と彼女の瞳を見ればわかる。
 はい、とか細く答えた彼女に抱きしめる力を強くした。

「君も殺されかけた。怖かっただろう。今も殺しにくるんじゃないか、と不安なんだろう?」

 そう、彼女も同時に転落したのならば、彼女もあいつらに殺されかけたことになるのだ。そして、その危険は、今も続いている。いつあいつらがこの子を見つけ、この子を殺すかわからないのである。しかし、彼女は予想に反して首を振ったのだ。

「っ、殺しに来たなら私が殺します」

 復讐に取り憑かれている。それは何処か哀れなものだ。そういうことは、大人がすることであり子供がすることではないのだから。
 それに、彼女は近宮玲子の娘として公表された人なのだ。認められた娘。そして、母も彼女の独り立ちを望んでいるはずである。ならば、僕があいつらを殺すしかない。前はうまくいかなかった。
 が、今回は。今回こそは。

「それはダメだ。君は近宮玲子のちゃんとした娘なんだから。僕が殺す。君に危害を与えないように。大丈夫、僕が守ってみせる」

 そう告げた僕に彼女は首を振った。

「いいえ、貴方は手を汚さないで」

 それは、僕を拒絶しているのだろうか。僕と母の関係を拒絶し、彼女は一人でそれらを背負うのか。いいや、違う。それは、母の隠れた息子であった僕がすることなのである。

「――遥、君は人を殺しちゃいけない。それは私の役目だ」

 僕の言葉に、彼女はぐにゃりと顔を歪める。
 そして、今日一番大きな声で、しかも悲痛そうな声で彼女は言葉を漏らす。

「嫌だ、お願いだからっ、私を一人にしないで、兄さん」

 その言葉に動きを止めた。泣きじゃくる彼女を見下ろす。彼女は今なんといったんだろうか。人殺しを止めて? いや違う。私が殺す? それも違う。
 ――私を一人にしないで、だ。彼女は何よりも一人を恐れている。
 どうして? そんなの、決まっている。
 この子は恐らく僕を兄だと認めたのだ。母が死んで、世界に一人ぼっち。周りには敵しかいない。
 魔術団に関わるものも、事故だという見識を変えない警察も、全てが彼女の敵に見えるだろう。そんな中、兄が現れた。僕はこの子の考えに賛同し、彼らを殺すと告げた。
 この子は僕が味方だと理解した。この世界に自分は一人ぼっちではないのだと。
 僕はゆっくりと彼女を離す。彼女は僕を見上げた。視界がぼやける。
 ああ、なるほど。僕もそうらしい。

「わかった。遥が大人になるまで、僕は君のそばにいる」

 そう、彼女が大人になるまで。せめて、母の死の傷が癒えるまで。それくらい待つことは充分にできる。前だって耐えたのだ。だから、大丈夫だ。
 そこから、何かを続けようと口を開く。

「――だから、遥も僕を一人にしないで」

 溢れた本心に、遥は僕をまたぐにゃりとした表情で見る。ぎゅっと抱きしめてあげれば彼女はまた小さな嗚咽を漏らした。
 確かに、遥に復讐は向かない。
 視線を赤尾と告げた男に向ける。しかし、そこに人はいない。


 ――結局彼は遥が退院しても会いに来ることはなかった。



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