69
近宮遥の喪失―1―



 事件のショックによる一時的な記憶喪失です。
 病室を出るなりそう告げた医師は、「しばらくそっとしておいた方がいいでしょう」と告げ、白衣を翻して歩いていく。
 それを見送って三人はまた遥の病室に入った。

「高遠、大丈夫か?」

そう尋ねた一に、堀は高遠に目を向ける。
 ただの先輩後輩関係だった堀でさえもショックなのだ。兄である高遠のショックは計り知れないものがある。高遠は無言のまま、ベッドに座り小首を傾げる遥を見て踵を返した。一が高遠、と呼び止めたが振り返りもせず歩いていく。

「俺が、取引に失敗したから、」
「堀先輩のせいじゃない。……この取引、何か突っかかるんだよ。遥ちゃんに話を聞けば何かわかるかな、と思ったんだけど、こんな状態じゃなあ……」

 ガシガシと頭をかいた一は遥をみる。

「近宮さん、自分の名前はわかる?」
「私の、名前は、近宮遥、なんだよね。貴方がたの話やお医者さんと話から推測すると」
「そう。で、俺が金田一一。こっちが」
「堀政行。お前の部活の先輩だ」
「金田一くんと堀先輩。部活って?」
「演劇だっけ?」
「ああ」
「演劇部、役者さん?」
「そうだな」
「堀先輩はちっちゃいのに役者さん?」
「おい、だれがチビだ」

 コツン、と小突いた堀でに、ニコッと遥は笑う。普段見たことがない笑みだ。純粋な笑みというそれだろう。

「堀先輩、学校は?」
「あー、今一応公欠になんのか?これ」
「多分。一応いつも警察が説明してくれる」
「警察?事件?」
「まぁな」
「私の事件?」
「何か覚えてる?ちょっとでいいんだ」
「うーん……わかんない……金田一くんと堀先輩、巻き込まれた?」
「ちょっとな」
「堀先輩はもうちょっとで大怪我だったけど」
「言わなくてもいいだろ、そんなこと」

 その言葉に、遥は目を大きく見開いて堀先輩をみる。

「……ごめんなさい」
「近宮のせいじゃねーよ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。しょぼん、とした遥を見て、今日はそろそろ帰るか、と一に声をかける。

「また来るからな」
「……堀先輩」

 クイっと裾を引いた遥に、一はニヤリと笑って先に外にいるから!と病室を後にした。堀はそのまま遥を見下ろした。

「堀先輩、事件巻き込まれたの、私のせいでしょ。関わらなくていいよ、危ないでしょ?」
「気にすんな。別に今更だし、まぁ、こんなことに巻き込まれるとは思ってはなかったけどな」
「これからさき、もっとひどくなるかも」
「お前は俺の後輩なんだから、気にすんな。俺だって友人は選ぶわ。お前は記憶取り戻すことを優先しろ」

 ニカリと笑った堀はグシャグシャと遥の頭を撫でた。じゃあ、また明日、と言って堀が病室を後にする。遥はそれを見送ると窓の外を見た。



PREV BACK NEXT