先生のメールはとてつもなく短い時があったり、愚痴のようなそれであったり。あの化学室で話していたこととあまり変わらない内容だ。定期テストで化学を100点とった、といえば、オレの時はそんな高得点だしてないよね?といわれ、受験が受かった、といえば、おめでとう、と言われ。卒業式には電話がかかってきて、喜んだのは記憶に新しい。逆に、先生はなんやかんや頑張っているようで、撮影疲れたや、レッスンが厳しいだとかいう話が来る。
 気がつけば一年が立ち、また夏になった。最近はちらほらと先生たちのグループを見かけることも増えてきた。キラキラオーラを身にまとった先生は違和感しかない。髪も上げて、あのダルそうなイメージは全く持たない。まあ、おじさんだけど。
 私はというと、理数系の大学に進んでいる。教師になれたらいいな、とか、思ってはいるけどどうなるかはこの先はわからない。サークルに入る気はないため友人は少なめといえるだろう。
 今日も友人と別れ、バイト先へ向かう。バイト先は路地にある小さな喫茶店で知る人ぞ知る店という雰囲気の場所だ。いつものようにコーヒーを入れたり、接客をしたりしていると、カランというベル音とともに二人男性が入ってきた。ちょうどいたバイト仲間は二人をカウンターに案内する。ワザワザカウンターに案内しなくても、と思いながら男性二人組を見る。はて、既視感がある。ここのコーヒーが美味しいんですよ、と言う人は時々来る会社員の人だろう。問題はもう片方だ。その人も私を見て目をぱちりと瞬いた。

「柊?」

 その声は記憶の中にある声と合致する。

「先生?」
「ああー、やっぱり柊か」
「は、なんで。はぁ?」

 混乱する私を他所に、先生は男性を置いて私の目の前に座る。そして、男性に「プロデューサーちゃん、はやく」と声をかけた。

「山下さんの知り合いですか」
「元教え子。なー?」
「なー、じゃなくて!なんで先生がいるんですか!」
「混乱してるねぇ。偶々だよ、偶々」

 そう言っておてふきを開ける先生は変わらないらしい。会社員の人を見ると苦笑いしていた。私の声を聞きつけたマスターがやって来て休憩すれば?と勧めてくる。先生は隣の椅子を叩いた。

「ほら、おいで。合格祝いにおじさんがおごってあげるから」
「珍しいですね、山下さんが奢るの」
「教え子だから」

 おいでおいで、と手招いた先生に息を吐いて隣りに座る。

「髪の毛伸ばしてるの?」
「再来年の成人式のためですよ」
「なんだ……彼氏か好きな人でもできたのかと思った」
「彼氏?好きな人?なにそれ美味しいの」
「こりゃあ、将来は干物女だな」
「じゃあ、先生は干物男ですね」
「そんなこともないんだけどなぁ」

 そう言った先生を驚いて見上げる。先生は「ま、冗談だけど」といった。そのからかい方が悔しくて、脇腹をつねる。

「鍛えやがって。昔ついてた贅肉がない」
「あはは、ありがとう」
「無駄にキラキラしないでください、気持ち悪い」

 そう悪態をつけば、プロデューサーさんが笑った。先生はプロデューサーをさんを見て、「この子はこういう子なんだよ」と笑う。それを見て、マスターが運んでくれたコーヒーに視線を映した。高校生の時は、ああやって笑うのは私だったのにな、とか、そういう考えを押しこむようにコーヒーを飲む。行けないな、と思いながら話題を変える。

「硲先生たちはお元気なんですか」
「あれ?テレビ見てくれてない?」
「見てますけど、ほら、オンとオフで変わるでしょう」
「じゃあ、元気」
「じゃあって……」

 先生の返答に微妙な顔をすれば、先生は「俺は筋肉痛が辛い」と言った。

「先生の様子は聞いてませんよ。でも、おじさんも元気そうで何よりです」

 私の言葉に、先生はまた笑った。プロデューサーさんは先生を見て目を瞬いたが、ふにゃりと笑った。これが大人の余裕か、とボヤけば先生はそうだねと笑った。

「まだ柊は子供だからね」
「あーはいはい、まだ子供ですよ」

 先生はくしゃりと私の頭を撫でる。先生との差はまだまだ広い。

個々でも存在できるそれ