目の前にいる先生は何処か不機嫌だ。私は何かをしでかしてしまったらしい。昔から多々ある――といっても一年に一、二度あるそれだ。先生は怒っているらしい。先生は頬杖をついて、窓の外を見ていた。
 プロデューサーさんからなんか山下さんの具合が悪そうなんでそっちにいかせます、という言葉がきたけども。コレは具合がわるいんじゃなく、気分が悪いのでもなく、機嫌が悪いのだ。それもとてつもなく。せっかくマスターに休憩を貰ったというのに、ゆっくりすることもできない。イライラ、イライラとしているのが伝わってくる。私はコレが苦手で、どう対応すればいいのかわからない。
 はて、何で先生は怒っているんだろうか。
 仕事で何か会ったんだろうか。硲先生や、るい先生と何か会ったんだろうか。高校生の頃は、先生のお気に入りのクッションにコーヒーをこぼした、とか、先生にちょっかいをだしすぎた、とか、そういう感じだった。謝って代わりを見つけたり、手伝ったりしたら「仕方ないなぁ」という感じで許してくれたけども。でも、そうできたのは先生と生徒という括りの中で生活をしていたからだろう。

 ――では、今は?

 かたや、アイドル。かたや、ただの大学生である。それには天と地との差がある。子供と大人の関係ではあるが、これは大人の都合で簡単に途切れてしまうそれだ。それは、こまる。先生は困らないだろうが、私は盛大に困る。
 なにについて怒っているかわからない時は手伝って怒りを収まらせていたが、今手伝えることはない。何かを切り出しても一言、二言で終わるそれ。先生がイライラしているのが伝わってくる。

「先生」
「なに」
「何に怒ってるんですか。私、何かしましたか?」

 わからないのでそう尋ねれば、先生はチラリと私を見て、また無言で外を見た。ヒントは何もない。どうすればいいんだろう、と視線を下に向けた。
 昔は低かった壁は、確実に高くなっている。どうしようもなく。このまま多分、先生は怒ったまま席を立つだろう。律儀に会計は済ませてくれそうではあるけど、おそらくそうなれば先生との関係はフェードアウトだ。しばらくすれば、一般人とアイドル。テレビの中の存在とテレビを見る存在へと変化する。
 ああ、泣きそうだな、と思いながら窓の外を見た。窓の外は曇り空だ。先生が時計を確認する音がする。

「俺、事務所行かないといけないから」

 そう告げて立ち上がった先生を見上げる。引き止める何かを口にしようとしたけども、言葉にならず消えた。先生はチラリとこちらを見ただけで、伝票を持って歩いて行く。それを見送るしかできなくて、息を吐いた。
 窓の外に見えた先生は人混みに紛れていく。サヨナラも言わないままフェードアウトか、と他人事のように考えて目を閉じた。ポタリ、と涙が零れたのは気のせいだろう。マスターが気を利かせて早く上がらせてくれる。その行為さえも、何故か悲しくて。自分が子供なんだとわかって。自分の家で泣いてしまったのはしかたがない。先生が怒ってる。それが、怖い。

反応熱がしめすもの