
ウィッシング ユー-2-
ぼんやりとソファにすわっているオトハをスタークは怪訝そうな顔で見た。パーティーの余韻に浸っているのか、ここ数日パーティーハットを被ったままである。
あの数日後、唯一無事であった場所で、ささやかながらオトハの誕生日会が開かれた。計画したのは、スタークとクラウスである。恐れるものがなくなったならば、誕生日が好きになるのではないか。しかも、今回は生きていた兄もいるのである。だから、と、レオナルドとツェッドに観光案内してこいとオトハを外へ出し、S.H.I.E.L.D.に一度戻っていたブラック・ヴィドウとホークアイもプレゼントを持ってやってきたのである。
確かに、オトハは誕生日が好きになれそうな気がしたし、実際そのパーティーは今までで一番楽しかったといえる。だから、パーティーハットを被ったままでいる。
「ねぇ、スタークさん」
オトハが不意にそう告げた。スタークはワインをグラスに注ぎながら「なんだ」とオトハを見る。
「あの吸血鬼、私に、無事でよかった、って言ったんだ」
「――それで?」
「もしかして、家族を襲った記憶がなかったんじゃないかと思って」
スタークはオトハの隣に腰掛ける。テディベアと共に握られていたのはあの男の調査書だ。
あの男――サングリアは結局、S.H.I.E.L.D.の取り調べに全てを吐いた。オトハとコウキの父親のこと。吸血鬼のこと。全てだ。あの二人の父親は、確かに男の会社で働く研究員だった。そして、ワープ装置を生み出した本人でもある。ワープ装置を伝ってやってきた吸血鬼と、その研究員が仲が良かったことも、男が研究員にワープ装置を渡すよう要求していたことも、全て割れていた。あの男は、あのワープの先が何処へつながっているのかは知らなかった。ただ、あの吸血鬼みたいな人物が沢山いて――それをあの薬で制御すれば、また、死体を屍喰いにさせて操れば、世界で一番強力な兵士を持つことができると信じていたようだ。
もちろん、実際にそんなにうまくはいかない。だが、男がやろうとしたことは、オトハの世界とクラウス達の世界の均衡を十分に崩すことになりかねないそれだったのである。
スタークは机にグラスを置くと、オトハを見る。
「――勿論、その可能性はあるな」
「ずっと、ね。残ってたクリスマスカード、だれのだろう、って思ってたやつがあるの。差出人が家族からじゃないから」
「ああ」
「たぶん、あの吸血鬼からだったんだよ」
「そうかもな」
「ねえ、スタークさん」
「なんだ? お前はねぇねぇ坊やか」
「――あの吸血鬼、家族がいたんだ。小さい子供もいた。今度は、私が、誰かの家族を奪っちゃった」
そのくせ、私は、家族を見つけてる。
そう呟いたオトハに、トニーはため息をついて体をオトハの方へ向ける。
「僕達はあの吸血鬼を止めただけだ」
「他に手段が合ったかもしれない」
「だが、それは『if』だ。そんなもの考え出したらきりがないぞ。お前が言っているのは、もしロキが侵略に成功していたらというのと同等だ」
「でも――」
「でも、でも、じゃない。もうそんな議論はやめだ。いくら善良な人間でも、悪いことをすれば止める。俺達はそれをしただけだ。殺してはいない。封じただけ。コレ以上続けるなら、僕だって、他のことを言い出すぞ」
スタークの言葉に、オトハはスタークをゆっくりと見た。
「もう、今回の事件で、オトハ=サクライの過去とは踏ん切りがついただろう。さて、君は何時から、オトハ=スタークと名乗るんだ? 僕は十分待ったぞ」
「でも、」
「君の条件を忘れたことはない。君の条件は、復讐が終わることだった。君の兄の了承は得てる。今度は吸血鬼の娘に罪悪感とかいわないだろうな」
「でも!」
「――お前が僕に言った言葉を僕は贈ろう。過去は変えられない。過去の過ちを償えるのも、変えられるのも未来だけだ」
まっすぐにオトハを見たスタークに、オトハはグニャリと顔を歪める。
「償える?」
「償えるさ」
「その子は許してくれる?」
「君は吸血鬼を許した。きっと許してくれる」
「本当に?」
「僕が嘘をついたことがあったか?」
「いっつも嘘つくくせに」
「おいおい、そこはイエスと言え」
そう戯けてみせたスタークに、オトハは泣きそうなままスタークを見つめる。
「――本当に、私なんかが、貴方をお父さんってよんでいいの?」
「――当たり前だ、おてんば娘」
スタークはオトハをそっと抱きしめる。聞こえてきた小さな嗚咽に、スタークはオトハの頭を撫でた。