バット イエット ザ ワールド ムーブス-1-


 その男は、孤独だった。
 何十年、何百年、何千年と生きてきたその男には友人などいない。昔できた友人は時の流れになって逆らえず死んでいき、同族の友人は敵対する連中によって殺された。失う苦しみは、孤独の苦しみよりも耐え難い。だから、男は孤独だった。
 そんなある時、だ。目の前にそれが現れたのは。歪んだ空間、魔術的なそれではない。男は興味を示した。いや、暇を持て余した結果とも言えよう。男はその歪んだ空間に身を投げる。

「う、わ!? ひと!?」

 その先にいたのは、白衣を着た尻餅をついて驚愕の表情を浮かべた――なんとも情けない姿をさらした男だった。



 全ては暇つぶし程度だった。白衣を着た男に知識を与えたのも、白衣を着た男のいう街へ繰り出したのも。共有する時間が増えれば、男と白衣を着た男は仲良くなった。

「君の名前はなんだい?」

 そう尋ねた白衣を着た男に、男は首を振る。名を教えてはならない。自らは名に縛られる存在ではない。そう告げれば、白衣を着た男はきょとんとした表情を浮かべて、男を見た。じゃあ、僕がつけてあげるよ、だなんて言った白衣を着た男はしばらく考えたのちに、口を開く。

「ハミデフ」
「ハミ……なんだって?」
「ハミデフ。賞賛に値するっていう意味さ。君の知識も頑固さも賞賛に値するよ、まったく」
「褒めてるのか貶してるのかわからんやつだな、お前は」
「フィフティーフィフティー。ハーフハーフ」

 そうおどけて見せた白衣を着た男に、男――ハミデフはクツリと喉を震わせた。そしてこみ上げてきた笑いに、なんだなんだと白衣を着た男と周りにいた研究員がハミデフを見る。

「ほんっとうに、お前は変なやつだ」
「それって褒めてる? 貶してる?」
「フィフティーフィフティー、ハーフハーフだな、キミヒロ」

 ハミデフの言葉に、白衣を着た男――キミヒロは目を瞬いて、今度はふにゃりと笑った。

「やっと名前を呼んでくれた。三年。娘が僕をパパって呼ぶよりずんぶんと長い時間が掛かってる」

 キミヒロの言葉に、ハミデフは本当に軽く、随分と軽くキミヒロをこずいた。それでも転けたキミヒロに、ハミデフは顔をしかめる。

「すまん、力加減を間違えたようだ」



35