わがままを聞いてくれ

※タイトルは朝の病様から


 淹れたてのコーヒーをクロロの部屋まで持っていき、机にそっと置く。いつも人のために飲み物など淹れることの無い私が、珍しくこうしてコーヒーを彼のために作っていることに驚いた様子のクロロ。

「何、いらないの?」

 あまりじっと見つめられるのも何だか不愉快で、顔を微かに歪めてコーヒーを下げようとする。だが、それは彼の大きな手で止められる。

「いや、頂くよ。ありがとな」

 微笑を浮かべ、カップを手にする彼。その様子にひとつため息をつき、近くにあった椅子に腰掛ける。

 今日は珍しく外に出ていない彼が何をしているかというと、結局パソコンでの調べ物だ。次のターゲットとなる代物や土地など、ありとあらゆるモノを調べている。つまり、外出時と同じ事をしている訳だ。仕事熱心だと思う人もいると思うが、私はそうは思えない。仕事熱心というか、ただの馬鹿だ。休暇は休暇らしく休めばいいものを。これが、盗賊のリーダーと言うものなのだろうか。

「クロロ、こっち向いて」
「珍しいな、お前が構ってさんなんて」
「馬鹿なの?いいからじっとしてて」

 クロロの頬を両手で包み、じっと瞳を見つめる。…やっぱり。

「2日と1時間、寝ていないでしょう」
「…うまく隠していたつもりなんだがな」

 「降参だ」とでも言うかのように眉を下げる彼。長年一緒にいるのに、何故隠せると思ったのか。…やっぱり、馬鹿なのか。

 私は2度目のため息をついて彼の頬から手を離す。さて、彼は寝ろと言って寝るような人ではないことくらい理解している。では、どうすれば休みを取らせることが出来るのか。

「ひとつ、オレのわがままを聞いてくれるか?」
「わがまま?」
「聞いてくれたら、ちゃんと休むよ」

 まるで私の心の内を覗き込むように、私の待っていた答えを出すクロロ。訝しげに目を細めるが、ひとまずそのわがままとやらを聞いてやろうと思い、再び椅子に座った。

「キスを、してくれ」

 余裕そうな笑みを浮かべながら私の目を見つめる彼に、私はぽかーんと目を見開く。もっと強欲に来るのだとばかり思っていたのだが、そうでもなかったことにとても驚いた。

「それならいつもしてるでしょう」
「だが、エルザからのキスはいつも無いだろう?」
「…まあ、そうだけれど」

 思わず口ごもる。私からのキスが無いのは、特に深い意味は無い。クロロからしょっちゅうされる為、こっちからは別に良いだろうという考え故の行動だ。

 ひとつの貴重なわがままを、何故キスで済まそうとするのだろうか。疑問に思うが、まあ相手は疲れているのだし、少しは妥協してやってもいいかもしれない。

「別に理由は問わないけれど…ちゃんと約束は守ってちょうだいね?」
「ああ、もちろんだ」

 ゆっくりと立ち上がり、少しだけ腰を折って彼の端麗な顔に自分の顔を近づける。自分からする事が本当に希なため、ちょっとだけ緊張する。

 彼が瞼を閉じた瞬間を見計らい、自分の唇を相手の唇に合わせる。驚いたのか、微かに肩を揺らしたクロロ。わがままな彼との取引として、不意打ちも良いものだろう。等価交換なんてしてやるものか。

 そっと唇を離し、彼の瞳を真っ直ぐ見つめる。出会った時からクロロの目は、どこか引き込まれるような、不思議な雰囲気があった。決して澄んでいる訳でもなく、不愉快に感じることもない、不思議な雰囲気が。そんな瞳のせいか、先程までの微量の緊張感は気付かぬ間に解れていた。

「キスくらい、またしてあげるから」

 「だからもう休みなさい」と言って、もっと強請る彼の頬に手を当てる。心做しか、じわじわと暖かいものが心の内に生まれてくる。暗闇で生きてきた私には無縁の何かが。まだ、この感情に名前をつけるなんて私には到底出来ないことだけれど。

(世界は広いのだから、きっといずれ解ることよ)

 感情に蓋を閉ざし、さらりと彼の黒髪に手を伸ばしてひとつキスを落とした。




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