テストをされました


「ん……」

あぁよく寝た。大きく伸びをすると、ふっかふかでサラサラしたシーツが肌を撫でる。

「……あれ、ここどこ」

寝ぼけたまま寝室を飛び出すと、廊下でかち合った綺麗な女の人。え……と茫然と見つめてから急に記憶が戻ってくる。

「Good morning, sweetie. その様子だとよく眠れたみたいね」
「お、おはようございます」

そうだ。なんだかよく分からないけれど子供になってクリス……ママに引き取られたんだった。

「ん?パジャマ……」
「ああ、疲れて寝ちゃったから私がお風呂に入れたわ」
「あ、ありがとう」

なんだって、穴があったら入りたい。
昨日の記憶は夕飯を食べたところまで。しかも食べている途中から記憶が曖昧だから、きっとご飯の片付けもクリスにさせたのだろう。それで多分口を拭いてもらって、お風呂に入れてもらって、歯を磨いてもらって?赤ちゃんか。
どうやら、わざわざ意識しないでも身体能力や体力などは全てこの見かけ通りになっているようだ。そりゃそうか。記憶があるというだけで身体や脳自体は若いのだから。

「今日は何するの?」

フォークとナイフが手の中でガチャンと音を立てた。許して欲しい、器用さも失われたようなので。
今日の朝食はスクランブルエッグにソーセージ、サラダとジャムを乗っけたパン。なんの変哲も無い朝ごはんなのに、クリスがいるせいで緊張する。なぜかちょっとお高めのレストランに連れてこられたようだ。不思議。

「今日もちょっとあなたの話を聞きたいわ。そう……能力のお話」
「能力の?」
「さ、早く食べて」

その時までのお楽しみってか?いやーんクリスお母様、サディスト。
なんて思っているうちにさっさとご飯も食べ終わってしまった。だっておいしいんだもん。そうしてキッチンで足をぶらぶらさせていると

「はい、これよ」

ペラリと一枚、机に置かれたのは答案用紙、に見えるけれど。

「なにをするの」
「今からこれを解いてもらいたいの」

そして渡される、数ページにわたる冊子。

「漢字試験……」
「どこまでできるのかしらと思って」

ええーなにこの模擬試験みたいな。わざわざこんなことして、なにがしたいんだろうか。
けれどクリスがとても真面目な顔で見つめてくるので、諦めて私は鉛筆を持った。これ、解けちゃうのが正解なのか解けないのが正解なのか。と考えてから、ああー今漢字試験って思いっきり読み上げたよな、アホなの?と頭を抱える。ならもうこれは人生をまた創作して、それらしい理由をでっち上げてからガチンコでテストに取り組んだ方が良いのかもしれない。私が器用に、難しいこと知りませーんって顔ができるとも我ながら思えないし。
そうして私は漢字のみならず丸一日かけて模擬試験(仮)を受けさせられ、子供にしては恐ろしい点数を叩き出した。まじで、カンニングとかそういう次元を超えたレベルの。

「……この結果は凄いわ」

そりゃそうでしょうよ。私もまさかここまでできるとは思わなかった。だが人間一度習ったことぐらいある程度は覚えていられるものらしく、なんだか大体解けてしまったのである。いや私にも得意不得意はあるんだけどね?もうどこかへ葬られてしまっていたはずの知識が、若い脳味噌に刺激されたのか次から次へと引出されてしまった。自分でも信じられない。さすがに怪しまれるだろうか。
けれど私の心配をよそに、クリスは満足げに何度も頷くだけだった。

「あなた、とっても賢いのね」
「そ……かな。お外出れない間、いっつも本ばっかり読んでいたから」
「天才よ」

ええーまじでツッコミなし?とむしろ心配になる。知識を問うような問題をここまで解けてしまうのは、いくら本が好きと言ったっておかしいと思うのだが。手を抜く方法を探さなかったことを後悔したぐらいなのに、クリスったら妖艶な笑みを浮かべしげしげと答案を見ている。大丈夫かこの人?

「色々な本を読んだみたいね」
「うん。本が好きなの」
「こんなの初めてよ……驚いたわ」

いやこっちが驚くわ!と頭の中で全力で突っ込んで嘆息した。クリスの対応力は信じられない。昨日から大分変なことばかり言っているのに、全く疑う素ぶりを見せないどころか同情したり感心したり、ピュアすぎて不安になるレベル。オレオレ詐欺とか引っかかってない?一瞬でも悪い人かもと疑ってしまった自分を殴りたい。いい人すぎる。

「……この家には本が少ないのよ。明日買ってくるわね」
「ありがとう!」

おおーそれは大感謝。一日中他人と向き合っているのも息が詰まるから、そういうのはとっても助かる。

「ええ。そこの本屋で、面白い物理の本でも見繕ってあげましょう」
「あ、はーい」

いやそっちかい!という突っ込みも頭の中で済ませる。嘘だろ、別に好き好んで勉強してたわけじゃないんだけどなぁ昔から。
けれど相変わらず私に拒否権などないので。どう頑張っても子供であるという事実が変わらない今、ちょっくら勉強して神童として祭り上げられるのも気分がいいのでは?なんて思ってしまう私は楽観的すぎるのだろうか。