見知らぬ少女がいました


目の前には、自分の全身が映った鏡。

「……誰、これ」

呟いてしまった私を責められる者はいないだろう。そこに映っていたのは、1000年に1度の逸材と言われるアイドルに引けを取らない、可愛らしい少女の姿だったのだから。



クリスはとっても忙しい人らしい。私に夕飯を食べさせると、これから少し外せない用があるからとリモコンを渡して車のキーを手にとった。こんな夜更けに仕事かよ。

「すぐに帰ってくるから、お家でいい子にしてて頂戴」
「はーい!いってらっしゃい!」

元気よく返事をしてクリスを見送ると、私は一目散にテレビの前に走って行った。寂しいだろうからってテレビ見させてくれるなんて、なんて優しいお母さん。でも子供向け番組を見る気はさらさらない。早く、ニュースでも見ないと。やっと、やっとこの違和感があるこの場所の情報が得られる。内心はやる気持ちをどうにか抑え、無駄に大きくて高画質なテレビのチャンネルを回す。

「このバラエティ見たことないけど……でも日本語、と」

今日受けさせられた目的不明の模擬試験(仮)にも日本史らしき問題があったから、やはりここは日本。けれどバラエティの名前はほとんど馴染みがなく、また芸能人も知らない人ばかり。ただクイズと食レポ番組が席巻しているらしいのは、私が知る日本と変わらない。
では一体あの銀行はなんだったのか。百歩譲って私が未来に飛んでしまったとする。するとWの字は新しい競合チェーン店かなとは思えるけれど、銀行が一文字だけ社名変えたりするか?普通。信用なくしそう。

「あぁ、けど国営放送はちゃんとあるんだね」

相変わらず真面目くさった顔で淡々とニュースを告げていくその番組を眺める。有名なバスケットボール選手来日に湧くファンの集う羽田空港。バスキア絵画を日本人が落札。俳優の……
しまった。肝心の私がニュースに疎すぎて、これが私のいた場所と同じニュースなのか分からない。誰あのサッカー選手、イケメンだけど。

「これじゃ参考にならないな……もう消そうかな」

呟いてあーあとリモコンに手を伸ばした。せっかくお家に帰る糸口が見つかるかなぁ、なんて思ったのに。無常にもニュースは淡々と流れていくだけである。

「杯戸シティホテルでボヤ騒ぎ。一体何が」
「これが終わったら電源切ろう……」

なんだかすっかり疲れてしまった。

「今日未明、東京都杯戸市にある杯戸シティホテルにてボヤ騒ぎがありました。宿泊客はホテルから一時退避となりましたが、怪我人はいませんでした。現在……」
「東京都杯戸市……?そんなところあったっけ」

聞いたことがあるような、ないような。とはいっても、いろんな意味で東京都でダントツの知名度を誇る町田以外、私も知っている市なんてあまりないけれど。しかし

「聞いたことある気がする。杯戸って言葉……」

“シャロン・ビンヤード”が口からポロっと出た時と同じ感覚。モヤモヤして、とても気持ちが悪い。

「なんだっけ……!?」

唸っても全く出てこない。シャロンも杯戸もあまりメジャーな名前のようには思えないのに、名前だけ引っかかるなんてこと、あるのだろうか。
いや、まずそもそもの話。私は一体誰なんだろう。

「一周回ってやっと、一番初めの疑問に戻ってきた……」

ひとりごちてセルフツッコミ。だってどうしようもない、ここには私以外誰もいないし。
私は本当に馬鹿になったのかもしれない……と呟きながら立ち上がる。考えてもみて欲しい。どう考えても今一番おかしいのは、銃を持っていることでも、クリスがピュアなことでも、銀行の名前が紛らわしいということでもなく。自分の体が小さくなっていることが前提として狂っているというのに、なぜ私は普通に受け入れていたのだろうか。大丈夫か?私も。
そうしてお風呂場に向かった私は全身鏡をじっくり見つめ、冒頭のセリフに至ったのである。

「……ほんと、誰これ」

子供の頃は誰でも可愛いとは思うけれど、これは格別。白い頬、黒い猫っ毛、すらりと伸びた体躯。こんなのが私の幼少期とか私は断じて信じないぞ。つまり、私は

「別人に、なったんだね?」

自分に言い聞かせるように呟いた。いや本当に、頭おっかしいんじゃないのと言われそうだけれども。これが真実なのだから困る。さっきまでソファに寝っ転がって、うとうと眠っていたんだけどなぁ。
しかし泣いても笑ってもこれを受け入れないといけないというなら。ただ一つ言えることとすれば────将来が非常に有望であるということ。
だって勉強もできて、見た目も良くて、お金もあって、とりあえず10年はやるべきことの目処がついている。運動できたらいうことないが、そうでなくてもこれは、強い。
戻りたいという気持ちがないとは言わない。友達もいるし、家族もいるし。しかしこれは

「やばすぎる」

よく分かんないけどこの世界に来てよかった。