目の前にイケメンがいました


なんとなくここでの生活に慣れてきた今日この頃。人間とは素晴らしいもので、別人になるとかいう頭のおかしい状況も、いつの間にやら普通のことになってきている。しかも最近、慣れを通り越して退屈さえも覚えるようになった。やばくない?主に私のポジティブさ加減が。
しかしあまりにつまらなそうな顔をしていたのか、ついにクリスに「気分転換が必要ね」とまで言われてしまった。正直者でごめんなさい。そうしてついに本日、クリスとお出かけをすることになったのだけれども。

「なに変な顔してるのよ」
「だ、だって……ママ……ママ……」

満足そうに鏡を見たあと「どう?」と振り返ったその姿に絶句する。いや、別人。これは顔を作り込むとか、そんな次元を優に越えている。え、本当にクリスママ?

「見てたじゃない、貴女も。私の変装」
「う、うん……そうだけど……」

そうだけど、いくらなんでも変わりすぎだ。変わる瞬間を見ていなければ、絶対に偽物だと思ってしまうくらいに。

「Don’t expose yourself too much.」
「A secret makes a woman woman……だから?」
「そう」

これはクリスのお気に入りのフレーズ。しょっちゅう口にしているから覚えてしまった。

「それでどう、この顔は」
「すごく素敵! 私のママって感じがする!」
「そうでしょう」

くすっと妖艶に微笑まれてドキリと胸が跳ねる。こんなに美しくなれるのかな、私……。いや、ここまで華やかに見えるのはクリスの醸し出す雰囲気ゆえなのだろうけど。クリスは本当に、どこぞのお嬢様かと思うほど所作まで筋があって素敵な人だ。さすが女優。私もこうなりたい。

「今日は何しにお出かけするの?」
「あなたに会わせたい人がいるの。その人は私のこと、シャロンって呼ぶけど気にしないで。
私を思わずシャロンと呼びたくなるぐらい、よく似ているんだって言ってたわ」

いやそれは紛らわしすぎるだろうよ。

「その人、ママが女優さんだって知ってるの?」
「ええ。その人も昔、女優さんだったの」
「素敵……」
「それと。もし知っている人に会っても、私の名前は言わないように」
「もちろん!A secret makes a woman woman、でしょ」
「Good girl.」

ちゅっと頬にキスをされて固まった私に小さく笑い「ほら、置いていくわよ」とクリスが帽子を掴む。私は慌ててそれを受け取ると、久しぶりに玄関の扉を開けた。



そうして連れてこられたのは、たくさんの桜が舞う公園だった。米花公園、というらしい。ちなみにこの辺りは米花町というところだそうで、友人とやらもここらに住んでいるという。のに、待てど暮らせどなかなかその人はやってこない。
せっかくなのでベンチに腰を下ろし、クリスとお花見でもして待つことにした。右手にはオレンジジュース、左手には美しい女性。ハラハラと散る桜と酔っ払う大人達のコントラスト。日本ってやっぱり良いなぁ……

「シャロ──────── ン!」

ハイテンションな声に驚いてベンチから飛び落ちた。

「有希子!」

地面に尻餅をつきながら、しいっと人差し指を口の前に当てるクリスを見て、そして有希子と呼ばれたその美しい女性を見る。すると

「あら、あなたが名前ちゃん!?可愛いー!」
「は、はじめまして」

あまりの勢いに思わずのけぞる。けれど有希子さんはそんなことを全く気にした素振りもなく、やだ可愛い!お人形さんみたい!などと言いながら私を撫で回した。

「どうだった?テスト!優ちゃんが作ったんだけど」
「優ちゃん?」
「私の旦那!」

パチリ、とこれまた可愛らしいウインク。呆気に取られた私は、思わずえ?と声を漏らした。

「なに?」
「け、結婚してるんですか!?大学生くらいかと思った……」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない!息子もいるわよ、合わせようと思って連れてきたの」

そういうと振り返って「新ちゃーん!」と叫ぶ。しかし

「あら?どこに行ったのかしら」
「貴女、それで本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ!あの子しっかりしてるから」

そういう問題なのか?

「いや、そういう問題じゃねーだろ」

ですよね。ありがとう、私の声を代弁してくれて。……あれ、この人。

「あ、新ちゃん!名前ちゃん、紹介するわね。
この子が私の息子の」

え、え、え。この顔、は。

「工藤新一よ」

ですよね!だってこの声にこの顔、見た目は子供で頭脳は大人の、あの子が小さかった時そのままだ。

「名前ちゃん?」

あぁ信じられない。なんだと、私は世に言うトリップだかなんだか、それを経て名探偵コナンの世界に来てしまったというのか。

「名前、あなた大丈夫?」

気付いてしまえば、沢山の情報が頭の中を駆け巡る。どうして気付かなかったのだろう。小さい頃、あんなに大好きな作品だったのに。シャロンに杯戸市、思わず口をついてそれらが出たのは元々知っていたからか。わぁ、すごい。
ということは待って。私のママになったクリス、この人は

「おい!大丈夫かお前!」
「あ!ご、ごめん」

強い力で肩を掴まれる。

「顔真っ青だぞ」
「大丈夫?」
「ママ、大丈夫。ごめんなさい」

「なにかあったのか?」そう聞いてくれる優しい少年……工藤君に首を振ってううんと答える。

「私の名前は苗字名前です。よろしくね、工藤君」
「さっき母さんが言ったけどオレの名前は工藤新一。宜しくな、名前」
「!……う、うん!」

なんと、未来の国民的高校生探偵、工藤新一君とお友達になってしまった。