みっかめ


「笑ったらどうです?笑顔食事をする方が、体にも良いそうですよ」
「うるっさいですね!誰のせいで怒ってると」
「まぁまぁ、そうカリカリしないで」

まっ……じでくたばれ、という言葉はスープと一緒になんとか胃の中に落ちていった。
なぜ怒っているか?極めて簡単な話だ。初めて私のスッピンを見たあいつが、開口一番「ああ、意外と日本人顔なんですね」と言い放ちやがったからである。
それが嫌味じゃないとしたらなんなんだ?

「良いですよねぇ、そんな浮世離れした外見を持っていらして」
「ボウモアの方が、僕よりずっと美しいお顔でしょう」
「化粧さえしてればね」
「べつに白人のようなルックスが良いわけではありません。
 ハーフと伺っていたので、かなり外国の血が強いのかと思っていたのですが……素顔がいい意味で全く化粧と違い、素敵で驚いただけですよ」
「どうだか」

肩を竦めればバーボンは苦笑して「今日は僕がお皿を洗いましょう」とテーブルの上を片し始めた。キッチンには入らすまいと思っていたけれど、こう連日自炊をさせられそろそろ面倒になってきていたのだ。この機会に少しこいつにも働いてもらおう。
無言で流しに食器を置くと「ああ、そうだった!」と背後からわざとらしい声。うんざりしながら振り返る。

「なに?」
「今日、ボウモアも僕もお休みですよね?」
「そうですね。だから?」
「一緒にお買い物に行きましょう」
「私にも準備とかあるんだから、昨日言って欲しかったです」

すみませんねぇと全く心のこもっていない謝罪を聞きながら、返す言葉はそれではなかったと後悔してももう遅い。
私はとっくに、バーボンのペースに呑まれている。



「こうしていると、カップルのデートみたいですね」
「寝言は寝ていうものだけど」

連休の真っ只中、カップルや家族連れで賑わうべいかデパートを、何が悲しくて嫌いなやつと歩いているんだろう。しかもこいつ、こうしてラフな格好をしていると、昔密かに想いを寄せていた男によく似ている。顔は瓜二つだと常々思っていたけれど、雰囲気まで寄せてこられると腹が立つ。
八つ当たり?そんなことは分かっているが。

「ああ、ここの服屋はどうですか?」

しかし下がっていくばかりの私のテンションとは対照的に、今日のこいつはやけに機嫌がいい。ボウモアの晴れ着を揃えるとかなんとか、もうすぐ死ぬのになんのために買い物に来ているのかよく分からないが、バーボンは服飾売り場を全部見倒す勢いで回っている。

「これ、似合うんじゃないですか?」
「そうですか?」
「あんまりこういう服を着ていませんが、素朴な感じがしていいと思いますよ」
「じゃあいいんじゃない」
「では決まりですね」

バーボンはカチャリとハンガーラックから外してカゴに放り入れた。もうすでに洋服がパンパンにカゴに入っているのに、まだ買うつもりなのかさらに店の奥へと足を進めていく。

「このお店以外にも、まだほかに行くんですよね?」
「もちろんです」

今日だけでどれほどお金を使うつもりなのか。ふと

「あ、可愛い」

花があしらわれた上品なスカートに目が止まった。バーボンは少し先に進んでいるからどうせ振り返らないだろう、と腰に軽く当ててみる。

「素敵」
「ええ、とてもよくボウモアに似合っています」

ヒッと私は息を呑んだ。背後には全く気配がなかったというのに、いつの間に。

「これも買いましょう」
「いえ、そんな」

どんなに嫌いとは言えども、さすがに他人のカードで嗜好品を買うほど私も落ちぶれてはいない。けれどバーボンはさっさとレジへ進んでいく。

「あ、このマフラーも素敵ですね」
「ちょっと!」

こうして次から次にカゴにぶち込んではあいつのブラックカードで購入していくので、日が暮れる頃には両手では抱え切れないほどの紙袋の山ができていた。

「そろそろ帰ります?」
「いえ、もう一軒寄りたいところがありまして」

まじかよと呟いて私はバーボンの背を追いかけた。信じられない。こんなに買ってこれ以上何を買うというのだろう。
大体私が死んだ後、これはどこに行くのだろうか。ベルモットへの貢物か?それは嫌だな、と思ってしまう心をあえて無視する。

「ここです」
「え」

結局、この終始ご機嫌なバーボンが連れてきたのは今若者に人気というクレープ屋だった。

「なんで」
「その方がデートらしいじゃないですか」
「寝言は寝て」
「それはさっきも聞きました」

さ、どれにします?
私の言葉を遮った憎たらしいこいつは、店外に置かれているメニューを差し出すとにこりと笑って

「好きなものを食べてくださいね、僕の奢りです」

毒でも盛られて死ぬんじゃないだろうか、今日。



結局私はあの後腹痛に悩まされることも、息が詰まることもなく無事帰宅した。夜も遅いので適当にカレーでも作っていると、ひょっこりバーボンが台所に顔を出す。

「いい匂いですね」
「そりゃどうも。レトルトのカレールーのおかげです」
「今日、どうでした?」
「どうでした、って」

想定外の質問に思わず面食らう。
どうだっただろう。相変わらずこいつはいちいち蘊蓄も煩かったが、荷物はほとんど持ってくれたし、エスコートも完璧だったし、私が気に入った商品は、私が何も言わなかったのに全て買ってくれたんじゃないか。久しぶりに食べた、人生最後のクレープも美味しかったし

「……楽しかったんじゃないですか」
「それはよかった」

バーボンはたまに気を抜いたような笑顔を見せる。それが心臓に悪いということを、私は初めて知った。