04
「問題大アリだろうが、仙蔵。
乱太郎のあの足に追いつける未来の女がいるか!?あいつらは平和な世の中で暮らしていて、その上移動は自分の足でしなくていいんだ。
しかも山賊に投げられたものを躱すってことはよほどだぞ! この時代の人間ならいざ知らず、水の一つも自分で汲めないような軟弱な奴らが」
「ちょっと待て、文次郎」
腕を組み何やら思案していた留三郎が、珍しく落ち着いた口調で言葉を遮った。
「なんだ留三郎。お前はなにか知っているのか?」
「いや、何も知らない。知らないからこそ、そう決めつける前に俺の話も聞いて欲しいんだ」
「ふむ、一理あるな。文次郎は一旦黙れ」
「だがっ」
「後で聞いてやるから今は黙れと言ってるんだ。ひとまず留三郎の話を聞くぞ」
なにか言いたげにしていた文次郎だったが、仙蔵の指示にしぶしぶ腰を落ち着けた。長年の付き合いだ、これ以上反抗すれば面倒なことになると悟ったのだろう。激昂した仙蔵に焙烙火矢でも出されては洒落にならない。
「皆聞く姿勢は整ったな。留三郎、話せ」
仙蔵の振りに、神妙な顔で留三郎は口を開いた。
実習を一早く終えた留三郎が、漆喰を持ち意気揚々と補修作業にあたっていた時のこと。梯子に登り小平太に開けられた穴と対峙し、溜息を吐きつつヘラを掲げたところで「ひゃあああああああああ!!」突如辺りに轟いたのは小松田の悲鳴だった。
「なにごとだっ」
勝負事が大好きな武闘派用具委員長とは我ながらよくいう。漆喰も放り、声のした方へ一目散に駆けた。
そして校門そばに立つ背の高い木の裏に身を隠す。
「……誰だ……あれは」
耳を澄ましてよく聞けば、小松田は血みどろの訪問者に驚いて大声をあげたらしい。すごい怪我だ血がどうだと騒ぐ姿に内心頭を抱えた。小松田の可愛いところでもあるが────
万年事務員なのはそういうところだぞ
食満は呟くと訪問者、侵入者とも言える少女を、騒ぐ小松田の代わりに観察した。黒地の羽織に黒い穿き物、中に着ている白い物ははぶらうす、といったか。
「……また天女か。もう懲り懲りなんだが」
どう対応してやるか、中には入れなくとも包帯ぐらい渡してやろうかと考えつつ一歩踏み出す。すると同時に、天女も何かを押し出した。
「乱太郎! 伏木蔵も……遂に人質までとりやがったか!」
チッと留三郎は吐き捨てる。様子を伺うためにひとまず足を止めたが、もう身を隠しはしなかった。まさか天女に人の気配がわかるはずもないから、とにかく後輩を守れるように構えの姿勢をとる。
ひとまず手裏剣を手にしたが
「……あ、あいつら、天女を引き入れようとしてないか!?」
そんなことされてはたまったものではない。これならあの4人で居させるより自分が行った方がよっぽどマシだ。
留三郎は急いで走り寄ると
「天女様、すみま」
「いいから門を閉めてって!」
留三郎の言葉は耳に入らなかったのだろう。一瞥もされずに、台詞を遮り叫ぶ様な声が響き渡る。そして天女は、前に立っていた後輩2人を投げ入れた。
予想外の出来事に一年は勿論のこと、留三郎でさえ驚いて挙動を止めた。まるで時間が止まったような学園の入り口で、天女はその身を翻す。
────帰るのか?
「なら貴女も入ってくださあああああああああい!」
妙なところで肝っ玉の据わっているへっぽこ事務員が、天女に負けず劣らずの声量で絶叫し、その勢いのまま女を学園に引き入れた。女は突然のことに眼を白黒させているが
おいおい、天女のせいでどうなったか忘れたのか?
内心で呟き、苦い顔も隠さず留三郎は今度こそ4人の視界に入る位置に立った。
もうこの一連の流れからして、まさか一年が人質という事はないだろう。むしろ一年が天女の術にかかったと考える方が理に適っている。天女の癖になぜ忍術学園から去ろうとしたのかについては疑問が残るが、新しいタイプの天女なのかもしれない。
平和ボケした人間がここにいても、百害あって一利なし。自主的に去ってくれる方がずっと良い。
「こんにちは。私は食満留三郎と申します」
「あ、ああ……こんにちは。私は」
なぜか天女はそこで言葉に詰まると、留三郎をじっと見つめてきた。
なんだ、気持ちわりぃ
口には出さず顔をしかめると、天女は小さく笑い「私は苗字名前です」と言った。
「天女様、こちらにはどう言ったご用件で」
「名乗っても天女様って呼ばれるのね」
「はぁ……?」
「いいえ、こちらの話です。
乱太郎君と伏木蔵君から、ここは安全な場所だと伺いましたので。この二人を届けに来ました」
「……はあ」
気の抜けた声が出た。今までなら少なくとも、このあたりで「本物の食満留三郎だ!」やらそれに類似したアクションがあったのに。
しかし留三郎の露骨に訝しんだ顔も一切意に介した様子なく、女は立ち上がると一言
「大人は」
「大人ぁ?」
「そう、大人です。この子達を引き渡したいので」
「私が引き取りますが」
「貴方は子供でしょう、大人でないと」
その申し出に思わず留三郎は面食らう。自分はそろそろ15歳で元服も目前、学園という組織から出れば大人として認められる程には月齢を重ねている。
しかし目の前の女は自分を拒否した。ここから導かれる可能性は
「……拉致か」
「え、今なんて」
自分がいないうちに一年を連れ去ろうとは随分浅はかな天女だ。ここまでは口手八丁で小松田を落とし込んだ上で、自分をできるだけこの場から離す罠だったのだろう。校門の近くを補修していたし、そのことを小松田が天女に教えたというのは十分にありえる。天女は総じて口が上手く悪知恵が働くのだから。
しかし、留三郎だってもう同じ轍は踏むわけにはいかない。
「二度と引っかかることはねえな……俺たちを騙すなんて百年早い!」
懐から出した鉄躁節棍を振りかぶる。天女にかける慈悲など、もう──────
「乱太郎! 伏木蔵! 無事だったか!」
響いた声に反射的に振り返った。
「土井先生! それに立花先輩も!」