05


「……助かった」

 留三郎は、力が抜けたように鉄躁節棍をかかげていた腕を下ろした。本来ならば、目的の分からない相手にこちらから攻撃を加えるのは御法度だ。他城との争いは免れず、その上学園から攻撃を仕掛けたと言われかねない先制攻撃。
 上級生にもなってそんなことをすれば、先生から大目玉を食らうのは勿論、下手すれば学園から謹慎やそれに並ぶ厳重な処罰が下ってしまう。

「ふむ、間に合ったようだな」
「ありがとな」
「そう苦い顔をするな。お前の判断は情状酌量の余地がある……ところで」

 仙蔵が自分の奥にやった視線を、留三郎も追う。

「天女の目的はなんだろうな」

 2人の目線の先にいるのはもちろん天女と井桁模様の子供達、そして土井である。人質かはたまた人攫いでもする魂胆かと睨んでいた天女は、あっけなく土井に二人の身柄を引き渡した。

「……と言われたので、この学園まで連れて来たんです」
「そうでしたか」

 頷く土井の表情は険しい。いくら天女とはいえ、怪我を負っているうえに自分の生徒を助けた人間を追い出すのも心苦しいのだろう。とはいえ彼女を置いておくことはできない。
 と、

「ふふっ」
「……なんでしょう」

 いつ見ても悩み事のなさそうな天女が肩を揺らして笑い出した。

「先生、眉間にシワがよっていますよ」
「はは……すみません」
「そんなに何を考えてらっしゃるのか知りませんけど、私のことならお気になさらず。
 もう山賊がいないようでしたら帰りますから」

 勝手に入ってしまってごめんなさいねぇ
 へラリと頭を下げられ、いやいやとそれを否定する土井の顔も明るくなった。追い返すのには罪悪感があるが、自ら去ってくれるなら何の問題もない。それじゃあ、と小松田が渡した出門表にも天女は躊躇いなくサインしていく。だが

「留三郎」
「ああ。保健委員がいてそう事が上手くいくわけ」
「ダメです!」

 またしても言葉を遮られる形で、一年は組の良い子が声をあげた。「そうです、ダメですよ!」と援護するように伏木蔵が続く。
 そう、伊作以下保健委員が怪我人を前にして治療をしないことなどありえない。それが例え、天女であろうとも。

「その怪我、どうなさるつもりですか?」
「傷が開いただけだから。そこら辺で寝てればすぐに治るよ、心配しないで。
 この辺に宿はある?」
「ありますけど……でも宿で休んでるだけじゃダメですよ!
 確かに僕達じゃ頼りないかもしれませんが、保健室には校医の新野先生や、薬に詳しい善法寺伊作先輩もいらっしゃいますから」
「でもねえ、歓迎されてないようだし」

 天女はちらりと土井を見遣り、そして自分と仙蔵の方を見た。苦い顔も全く気にしていないかと思ったが、流石の天女もそこまで鈍くはないようだ。答えようもなく、さり気なく視線をそらす。

「そんなことないですよ! ね、土井先生」
「そうだなあ……」

 そう呟くと再び土井は口を閉ざす。その足を掴みその袂を掴み、一年の良い子達は「先生」と頼み込む様に声をかけ続けた。
 難しい顔にも怯まない、その形振り構わぬ懇願に土井も諦めたらしい。「わかったよ」土井にしては珍しく投げやりな調子で返事をすると

「私の責任で、貴女を受け入れましょう」
「何もそこまでしていただかなくても……本当に、全く痛くないですし」
「だけど……」
「だけども何もないのよ、伏木蔵君。
 そこにいる先輩の顔を見てみなさい、困りきってるわ。受け入れること自体に問題があるようだから、私はお金を払って宿に泊ま……」

 饒舌に喋っていたその口が止まった、その瞬間。

「天女様!」

 乱太郎が叫ぶと同時に、天女の身体が大きく傾いだ。慌てて駆け寄りその身体を支える。

「すごい熱じゃないか!」
「失血に発熱……危険だな」

 仙蔵はそう呟くと、土井の指示を待つと言わんばかりに彼を仰ぎ見た。留三郎はそっと一年の様子を伺う。
 先生、お願い
 土井に縋り付く姿は弱々しく痛ましい。これが天女の罠にかかった状態だと思うと、先輩として辛さは増すばかりだ。その幻術が解けた時、自分の判断を恨まないだろうか。
 ああそうか、だから。

「私、土井半助の責任で天女をこの学園で引き受ける。六年は組食満留三郎、6年い組立花仙蔵、お前たちが証人だ」
「立花仙蔵、しかと承りました」
「食満留三郎、立花に同じく」

 再三土井が自分の責任だというのは、少しでも2人の負目を軽くするためだろう。そうと分かれば天女を受け入れざるをえないなと、留三郎は諦めて天女を担いだ。



「なるほど、そんなことがあったんだね」

 保健室に来るまでの経緯を知らなかった伊作は、治療がうまくいってよかったと改めて安堵した。後輩の思いを無碍にすることはできない。

「ちなみに言っておくが、小松田さんの声を聞いて私も門まで見に行った。見ていた限り留三郎は嘘をついていない」
「俺や仙蔵の言葉が信用ならなくても、土井先生も証言してくれるだろうしな。そもそも小松田さんが初めから見ている」

 留三郎はそういうと文次郎と向き合い、一応だがなと前置きしてから質問を投げた。

「文次郎、一年との言葉に相違はあったか?」
「いや、そもそもそこまで詳しく聞いとらん」
「はっ、それでおきながら天女は怪しいとか言ったのか?
 片腹痛いな、ばか文次!」
「なにがだ!別に今の話から怪しくないと判断できるわけじゃないだろうが!
 忍者はギンギンに迅速な判断、対応が命だ!」

 この野郎……と拳を構えて文次郎が留三郎に詰め寄る。それに負けじと留三郎も拳を握った。

「やるか?」
「やらいでか!」
「……やめんか二人とも」

 仙蔵が呆れた様に呟く。それに無言で頷いた長次が2人の肩に手を掛けた。

「おっおい長次なにすんだ!」