06


 目にも留まらぬ速さで縛り上げられた文次郎と留三郎が、剣呑な表情で長次を見上げる。
 一方の長次はといえばその表情は変わらない。いつものごとく、静かに口を開くと

「……もそ、今は、喧嘩しているバヤイでは、ない」
「長次の言う通りだよ!天女の治療で薬も包帯も足りないし、くれぐれも喧嘩はやめてくれないか」
「保健委員長は通常運転だな」

 笑う仙蔵につられて、伊作も思わず苦笑を零した。
 しかし何も笑い事ではない。実際問題として、天女の治療に物品を割いた保健室は空っぽだ。新野が急いで補充してくれているとはいえ、当分は不足状態が続くだろう。無用な怪我をしないに越したことはない。

「ってことは、天女は相当ひどい怪我だったのか?」
「どうだろう……まあ、小平太が実習でしてくる怪我に比べたら大したことないかもしれないけど」
「ははっすまんすまん」
「本当に思ってるの」
「それは放っておけ、伊作。
 実際、怪我はどんな具合だったんだ」

 仙蔵の問いに、伊作は治療した個所を脳内でなぞった。

「……あの多量出血の原因は、おそらく腹部にできた直径約3分、深さ約5寸3分の穴だと思う。他には背中の広範囲にわたる打撲と、くるぶし辺りの擦過傷、あとは小さなアザがかなり出来ていたよ」
「なぁ伊作」
「何だい小平太」
「穴ってなんだ?」
「穴?……ああ! 文字通り穴だよ、お腹にポッカリ空いているんだ。落とし穴のようにね」

 言いつつ脇に置いていた風呂敷を解いていく。中にあった木箱の蓋を慎重に取れば、現れた珍しい物の数々に息を呑む音が響いた。

「未来の道具か?」
「そう、これは天女が黒い服に忍ばせていたものなんだ。
 それで、これを見て欲しいんだけど」

 黒く光る物を取り出し、そっと皆の前に置く。

「なんだこれは」
「なんだと思う?」
「うーん……」
「今までに見たことのないものだな」
「火縄銃に似ていないか?」
「そう!実は僕もそう思ったんだよ、留三郎。それでね、ここの巣口の直径が……」
「もそ……約3分……」
「そうなんだ。残念ながら傷の中に弾丸は見つからなかったけど、これで撃たれたと考えることもできないかい?」
「ふむ、確かにありえる話ではある」
「やや信じがたい話ではあるがな」

 とはいえ他にこれといって、「深さ約5寸3分の穴が人体に開く」めぼしい理由もない。文次郎ですらそう言いつつも納得の面持ちである。
 そうなればもうこの木箱は用済みだ。小平太の前科もあることだから、急いで閉めねば何が起こることか、

「……っと小平太!」
「あ、これ前に天女が言ってた未来の煙草じゃないか?あれ、でも中に入ってるのはかめら?に似ているな」
「ダメだよ、勝手に触ると危ない」
「いやあすまんすまん。お、この髪飾り、何かついてるぞ」

 蓋を閉めようとしたその一瞬で、小平太がいくつかの道具を掠め取った。止めようにも、小平太を自分一人で押さえつけることはできない。だが元来武器に興味がある留三郎や文次郎は言うまでもなく、頼みの綱である仙蔵や長次さえその知識欲から堪えきれない関心があるらしい。

「……分かったよ。強い力はかけないで。それから、あまり衝撃を与えちゃダメだからね。
 いいかい、絶対だよ」

 そして当の伊作はといえば、比較的安全そうな仙蔵の隣に腰をおろした。

「来たか伊作。私が一番幸運そうか?」
「まあね。僕は触らないから、仙蔵のペースで見てくれればいいよ」

 その言葉にそうかと笑った仙蔵は、なんだかんだ自分に見やすいように傾けながら様々なものを見てくれた。大抵のものは中身とは全く別用途の入れ物にあり、蓋を開ければ小型の刀や工具、果ては薬品まで次から次へとまるで入れ子人形のように出てくる。

「これは兵太夫が喜びそうだ」

 本人は全く自覚がないだろうが、言いつつ零した優しい笑みに、小さく笑って「そうだね」と返す。多種多様な武器をどう扱うか、想像するだけで伊作も胸が高鳴った。未知の道具を目にするのはやはり楽しい。
 そうして暫く検分し、自然と集まった視線に伊作も顔をあげた。

「これを踏まえてあの女をどう思うか、ってことかな」
「ああ」
「僕は、天女だと思うよ」
「ふむ……まあ、伊作の話を総合するとそうなるな。明らかに現代のものではない道具類と、それによって怪我を負っている女、か」
「異議あり」
「なんだ、文次郎」

 文次郎が改まったように足を組み直す。
 
「それだけでは天女だという確証は得られんと思うが」
「悔しいが文次郎のいう通りだ。伊作、天女が忍術学園に確実に落ちるわけじゃない。他の城に落ちる可能性だってある」
「その城の者が天女を倒し、未来の道具を奪ったとも考えられる。その際に負った傷が腹に空いた穴だとしたら、どうする?」
「それか、以前来た天女が落としていった物を身につけているだけかもしれないな」

 シン、と静まり返った。
 ちょうど降り出した雨の音だけが部屋中に響く。急に暗くなった場が、一瞬閃光で満ちた。次いで聞こえてきた爆音にも気を留める者はおらず、ただ女の素性について思考を巡らす。
 間者か、天女か。
 どちらにせよ忍術学園には邪魔な存在だが処遇は異なる。たまごであるうちは慈悲は持ち続けるべきという学園長の考えにより、忍者だろうが天女だろうが、学園に危害を与えないなら保護される。
 しかし万が一、百万が一にも間者だとしたら。
 殺す以外に取れる策はない。

「もそ……完全に、行き詰まったな」
「ふむ、そうだな。
 気分転換に、天井から盗み聞きをする奴らに話を聞こうか」
「盗み聞きとは人聞きの悪い……調べて報告するよう頼んだのは立花先輩でしょう」

 言いつつ天井からストンと人が落ちてくる。現れた人物は、不破雷蔵か、それとも不破雷蔵の姿をした鉢屋三郎か。次いで降りて来た五年い組の学級委員長、尾浜勘右衛門を見て、伊作は同じく学級委員長委員会所属の鉢屋だと判断した。
 二人は音もなく座敷に膝を落とし恭しく頭を下げた。妙に嫌味ったらしいのは、自分の隣で愉快そうに笑っているこの男のせいに違いない。