07


「仙蔵は何を二人に頼んだの?」

 このままでは埒が明かない。仕方なく伊作が尋ねれば、やっと仙蔵は笑いを止めた。顔には出さないが憮然とした雰囲気を醸し出す後輩をまあまあと慰め、その次第を話すよう促す。

「……立花先輩には、天女の術に嵌った学年はどこ調べるよう言いつけられました」
「私は忍たまを、勘右衛門はくノ一と先生方を調べましたが……」
「ましたが?」
「術にかかった者は、一人もいませんでした」

 鉢屋の言葉に、思わず顔を見合わせる。

「……一応、仔細を聞くとしよう」
「ではまず、くノ一の話から。
 くノ一長屋は、奇しくも今日はいい男の話題で持ちきりでしたよ。なんでも、簪を好い人から貰ってきた先輩がいるとかで」
「ほう、それで」
「天井裏から耳を澄ましましたが、例外なく斎藤タカ丸でしたね」

 「あいつはなあ……」と漏れ出た声は誰のものであったか。それはともかく、くノ一が斎藤の名を挙げたとなれば、彼女達は陥落していないらしい。

「して、先生方は」
「小松田さんの絶叫は学園中に響き渡ったので、何か事件が起きたことは把握してらしたようです。しかし、それが天女だとは」
「つまり、身に異変はなかったということだな」
「そうです、潮江先輩。さらに言えば、生徒達の態度にも特に変化はなかったということでしょう」
「おい勘右衛門、それでは私のいうことがなくなってしまうではないか」
「おっとごめん三郎」

 やれやれとポーズをとる鉢屋を「早くしろ」と小平太が急かす。
 マイペースなのはいつものことだが、彼らしくもないきつい口調にさしもの鉢屋もやや面食らったように瞬いた。そして「特になにもないですが」と断りを入れると苦笑を浮かべ

「一年は組はサッカー、い組は自習、ろ組は日陰ぼっこを楽しんでいましたよ。
 二年はなにやら一年を引っ掛ける作戦を大真面目に練ってましたし、三年は迷子とジュンコの捜索で手一杯。
 四年は誰の武器が一番強いか、白熱した議論を繰り広げていましたね。
 五年は次の実習課題の最終確認を行っていて小松田さんの絶叫すら気にかけていませんでしたし、六年生は言うまでもないでしょう」
「乱太郎と伏木蔵のことは誰も気にしてなかったのかい?」
「伊作、お前ら保健委員会が何事もなく、予定通りの時間に帰って来たことがあったか」
「……そうだね、留三郎。お前には苦労をかけるよ……」
「そういうこった。流石に夜まで帰ってこなきゃあアイツらのことだ、心配して門から離れんだろうが……」

 保健委員会のおつかいとも言える薬草摘みの時間が、たかが一刻伸びる程度では誰も心配しないだろう、という留三郎の意見は正しい。保健委員会はもちろんのこと、それはおつかいと名のつくものならばよくあることだ。
 自分も一年の頃は確かに、夕餉に留三郎が来なくて初めて心配する程度だった。けれど

「二人が帰った後も、みんなサッカーを続けていたのかい?
 少なくとも乱太郎は、真っ先にこのことをは組に話して、保健室に突撃しそうなものだけど」

 天女の術にかかると、天女に会う前から普段とは違う行動をとるようになる。気もそぞろになるのが大体の反応だが、例外がある可能性も捨てきれない。
 これほどまでのことがあっても行動しない一年は組というのは、おかしくないか。

「確かにそうですね……ですが、私が見た時には確かにサッカーをしていましたよ」
「鉢屋、それはいつ見たんだ?」
「立花先輩に指示されてすぐです」
「仙蔵、お前いつ指示をした」
「天女を保健室に送り届けたその足で二人には頼んだが。
 それがなんだ、文次郎」
「伊作の不安を解消するのに必要だったんだ。
 ────安心しろ、伊作。その時間、乱太郎と伏木蔵は俺と女について話していた」

 文次郎の言葉に伊作は胸をなでおろした。その上尾浜曰く、夕餉前には組の姿が校庭から消えていたらしい。それなら、何かしらのアクションも起こしているだろう。
 一年は組が何か企んでいると聞いて、心配こそすれ安堵したのは初めてだ。

「まあ、こうなってくると正直あの女を天女とは思えないのだが」
「こうなる前から思えてなかっただろう、文次郎。
 間者と判断する前に、私は留三郎に聞きたいことがある」
「なんだ?小平太」
「さっきの留三郎の話からすると、女は自分から入ったんじゃなくて小松田さんが引き入れたんだろ?
 どうやって引き入れたんだ?」

 なんだそんなことかと苦笑を浮かべた五年を前に、聞かれた留三郎は無言で伊作を引っ張りあげた。

「伊作、いいか?」
「何が?」
「こうやって……」

 ダン!とかなりいい音を響かせて、留三郎は伊作を地面に打ち付けた。咄嗟に受け身は取ったものの

「いてて……」
「すまない伊作」
「いや、構わないよ。少し驚いたけど……」

 そもそもここまで強く打ち付けられて、あの人は大丈夫だったのだろうか。背中の打撲が酷いのは小松田のせいかもしれない。

「で、それがどうしたんだ小平太」
「いや、侵入の意志があったのか無かったのかハッキリさせたいと思ったんだが……留の話を聞く限り、天女に侵入の意思はなさそうだけどなあ」

 うーんと小平太は唸り、私には分からないなあと話を投げた。
 この場にいる全員の意見を代弁したに違いない発言に、誰ともなしに乾いた笑いが漏れる。

「俺も正直、女が天女か間者かさっぱり分からない。
 格好は完全に天女だ。書く文字も持ち物も天女のものだと思う。
 だがな、天女なら俺を見て何かしらの反応をするはずなのに、それはなかった。天女に惚れている者もいない。服や持ち物は奪ったとも考えられるし、文字も本物の天女に習うか拾得物から解読した可能性がある」
「その運動神経も怪しい」
「文次郎、お前は初めから女を疑っているだろう。
 お前の意見は参考にならないからだ、ま、れ」
「んだと!?」

 どうにか縄から抜けようとする2人に、仙蔵が呆れ顔で溜息をついた。

「その戦闘意欲はどこから湧いてくるんだ……全く。
 ところで、他に何か情報や意見がある者はいるか。いなければ今後の方針を」
「もそ」
「なんだ長次」