08


「これを、見て欲しい」

 言いつつ長次が差し出したのは、天女が身につけていた、いかにも高そうな金色の首飾りだった。
 未来では「ちぇーん」というらしい紐の先に括り付けられた小さな、人差し指と親指で作る丸にも入りそうなサイズの飾りを指差す。

「ここの縁に、掘ってある言葉」
「異国の言葉か?」
「あ!私覚えてるぞ!なんだったっけ……ええと……
 安納芋?」
「もそ……違う、あるふぁべっと」
「そうだ!あるふぁべっとだったな!」

 そういうと楽しそうに小平太が話し始めた。丸がおーで、バツはえっくすというらしい。

「それがどうした?」
「もそ……仙蔵……実を言うとこれは、組み合わせて日本語のように読める」
「なんでそんなこと知ってるんだ?」

 文次郎の質問に、長次は決まり悪そうな表情を浮かべた。渋ってなかなか答えない長次の代わりに、「前々回来た天女に習ったんだ」とこれまた気まずい表情を浮かべながら小平太が答える。
 いつも以上に難しい顔をした長次が、黙ったまま手でその文字をなぞった。

「……それで、これはなんて読むんですか?中在家先輩」
「もそ……アルファベットは、こういうルールがあって」

 適当な紙にスラスラと長次が文字を書きつける。

「てことは……名前、か?」
「もそ。点の後ろの一文字は」
「苗字の頭の音、ですね」
「そうだな、鉢屋」

 ならば、この首飾りの持ち主は「苗字名前」と言う名前の人であるとみて間違いない。少なくとも今の技術で、ここまで精巧な飾りを作ることは不可能である。

「だが少なくとも苗字名前という名前を持つ未来の女がいる、ということの証明にしかならんな」
「残念だけどそうだね、文次郎。
 あの人は苗字名前本人なのか……それとも」
「苗字名前の荷物を奪った間者なのか。
 これだけではなんとも言えんな」

 仙蔵はそう言うと、強く2回手を打った。

「五年はもう下がれ」
「はっ」

 二人は声を揃えて返事をするとまた音もなく天井裏へ消えた。が、

「……決まったことは明朝に矢文で伝える」

 しばらくしてそう仙蔵が呟くと、梁の上に留まっていた気配は瞬く間に去っていった。「私達を出し抜こうなんて百年早いな!」と豪快に笑う小平太の声は届いているのだろうか。
 面倒なことになるから、聞こえてないと嬉しいけど……伊作は小さくため息を吐き「それで」と仙蔵を窺った。

「どうするんだい?もう策は決まってるんだろう」
「ふむ、そうだな。
 ではまず、女を間者と疑う者はいるか?」
「俺だ。あいつは間者としか思えん」
「文次郎は変わらんな。他には?」
「俺も……間者ではないかと思っている」

 様子が間者に見えなかったと留三郎は言ったが、それでも天女だと確信できるほどではなかったのだろう。しかし、それにしても随分弱気な口ぶりだ。
 昔、留三郎が天女に出し抜かれて痛い思いをしたのを知っているからこそ、伊作は複雑な気持ちになった。
 天女に与えられた傷は、なかなか癒えない。信じたくても、信じることができない。「天女」と言う名前なのに、関わると不幸になるのはどうしてだろうか。

「そうか。
 では、女を天女だと思う者は?」
「僕は、天女だと思う」
「私も!」

 だから今度こそ。伊作は胸の内で密かに思う。
 間者であれば殺さないといけない。しかし1年2人は、特に乱太郎は、絶対にあの女性を助けようと動く。それがもしも学園の敵だったら、2人はどれだけ心を痛めるだろうか。
 それなら、天女であって欲しい。そして今度こそ、「天女」と言う名前に相応しく、皆を幸せにして欲しい。

「残りの……長次は」
「もそ、どちらとも言えない」
「私もだ。
 正直この情報だけでは判断がつかん」
「もそ」
「つまり」

 仙蔵は留三郎と文次郎を指差し

「犬猿の仲、の2人は間者だと考え」
「その言い方はねえだろう」
「伊作と小平太は天女だと捉え、私と長次はどちらでもない、と」
「そうだね」
「では、以上を踏まえて私の考えた作戦は」

 そういうと仙蔵は一つ声のトーンを落とした。全員が自然と体を寄せる。

「まず、女は六年長屋に引き取る。
 幸いにも今回の天女は14、5歳に見える。万が一他の学年や先生方に何か言われても、見た目の年齢で押し通せ」
「ああ」
「そして、間者派の二人──文次郎と留三郎は、女が天女だという証拠を探せ。そっちの2人は間者である証拠を」
「は? 仙蔵、普通は逆だろう」
「何を言う文次郎。
 間者だと思う者が間者だという証拠を探すのは極めて簡単だ。しかしそれは、相手を納得させることができるものか?」
「いや、まあ……」
「逆も然り、だ。
 自分が思わず意見を覆したくなるほどの証拠を探せ」

 いかにも仙蔵らしい、抜け目のない作戦に思わず嘆息する。
 でも、正直者が馬鹿を見たりして……
 内心呟いた伊作を見透かしたように、仙蔵がニヤリと笑った。

「皆の思うところは想像がつく。
 もちろん、自分の意見に誘導するような行為は禁止だ」
「それをどうやって禁止するつもりなんだ、仙ちゃんは」
「長次への事前の作戦報告を義務付ける」

 なるほど、と呟いた伊作の背に汗が伝う。これは──本気だ。

「まあそう気負うな」

 楽しそうに、仙蔵は独り肩を揺らした。

「ちなみに、仙蔵はどうするんだい?」
「長次が女に情を移すのを防ぐために、私は女の世話役を引き受けるつもりだ」