09


「なるほど。それはいいアイデアだね」

 人一倍繊細な仙蔵は、女性の世話役に向いている。加えて話し上手だから、何かしらの情報を引き出せるかも知れない。

「以上、この作戦に何か意見がある者はいるか?」
「いや」

 満足そうに仙蔵は微笑むと、もう一度大きく手を打った。

「では、期限は前と同じく今日から数えて十日後だ。解散!」

 仙蔵がそういうと同時に、留三郎以外が天井裏へ消えた。
 普段集まれば解散後に酒宴を開くけれど、学園内に“敵”がいる今、策が練れた程度でうかうかもしていられない。

「僕たちも考えないとね」
「ああ」

 言いつつ衝立を元の位置に戻す。
 すっかり二分された部屋で、1人になるとどうしても、あの心優しい1年生2人のことが頭から離れなかった。
 あの人が間者だとしたら。
 一番傷つくのは間違いなく乱太郎と伏木蔵だ。そうならないためにも、証拠探しを本気でやらねばならない。
 仮に残酷なことをしたとしても、それですら間者と疑えるような証拠が出なければ、裏を返せば天女である絶対的な証拠になる。

「……なんだか、考えるだけで頭が痛いよ」
「奇遇だな、俺もだ」
「そうかい。疲れたから僕はもう寝るよ。
 おやすみ留三郎」
「おやすみ」

 丸めてあった布団を引けば、疲れ切った体はすぐに重くなる。落ちる瞼の奥で思い浮かぶのはやはり、後輩の姿だった。




「ああ、美味しかった」

 名前は呟くとお盆の上へ静かにお碗を戻した。
 ここの学園にはずいぶん腕が良い料理係がいるらしい。お粥でさえこの美味しさなら、普通のご飯はどれほど美味しいのだろう。満腹なのに、想像するだけで涎が出た。

「三日ぶりの食事ですが、お腹の方は」
「今の所不調を感じないから大丈夫です。
 ……ごめんなさい、どうもありがとうございました。何から何までお世話かけてしまって」
「いえ!お気になさらないでください。
 貴女は後輩を助けてくださった恩人なんですから」

 善法寺伊作と名乗った目の前の少年は、保健委員長で乱太郎達の先輩だという。目覚めて傷が痛まないことに驚いたが、自分が寝ていた三日三晩、彼がつきっきりで治療をしてくれていたらしい。
 乱太郎達が言っていたのはこの人か────しかしいくら優秀な医者にしても、傷の治りが早すぎる気もする。死んだから当然だろうか。いかんせん死んだ実感がない。
 ともかく。この得体の知れないところから、早いうちに出てしまおう。

「この分なら、私、ここを直ぐにお暇できますか?」
「ああ、そのことなんですが」
「はい……?」

 温和な表情がトレードマークとも言える善法寺。その笑みが、更に深くなる。

「天女様には、ここの生徒として編入していただくことになりました」
「というと?」
「天女様はここに来たばかりで分からない事が多いだろうと思いますし、その上美しいですから。どこのものかも分からない輩が、……」

 本当に忍者を養成しているのね
 胸の内で呟くと名前は小さく溜息をついた。突然やってきた不審者の軟禁、それだけのことだが、善法寺は嫌というほど耳障りの良い言葉で説明した。顔立ちも口調も穏やかだから、こういったことをよくするのだろう。立て板に水を流すように甘言を吐く善法寺に、つい笑ってしまいそうになる。
 ここには来たくなかったぁ……
 「忍術学園」とは何かと思ったが。門に入れば何のための学校か、それは一目瞭然だった。端的に言えば忍者、今風に言い換えるならばスパイの養成学校がここ「忍術学園」なのだろう。学園が安全といったのもそのために違いない。忍者を育てるのは当然忍者で、彼らがそんじょそこらの山賊に負けるはずがないのは確かだ。
 忍者の養成なんて、とは未だに思う。名前にはとても信じがたい。けれど門のそばで言い争っていた時に、離れたところで立っていた少年(食満留三郎という名前だった気がする)が握っていたのは手裏剣だった。
 それにここは死んだ後の世界。忍者ブームが起きている可能性もある。
 理由はともかく、真面目に忍者をしているらしいことは確かだ。だとしたら、名前にとって置かれた立場というのは考えるまでもない。
 生前の職業は公安、仕事内容はスパイ。突然やってきた一般人同然の不審者を、自分たちはどう始末していたかと思い出すだけで充分である。

「憂鬱……」
「そんなに嫌ですか、忍術学園に残るのが」
「いいえ、とても光栄ですよ。
 それより誰でしょう、あなた」
「今日から天女様の身の回りのお世話をさせて頂きます、立花仙蔵と申します」

 不意に背後から現れた、なびく髪が目を引くこの男は慣れた調子で名前の髪を掴んだ。そしてそれを丁寧に梳きながら、やれ調子はどうだ天気はどうだとご機嫌を伺われる。
 こちらも随分顔立ちが良いから、自分をたらしこむ役なのだろうか。
 
「あっそういえば、善法寺さん」
「なんでしょう?」
「あの、私の持ち物の中に、金色の」
「ちょっと、押さないでよ!」

 唐突な大声に思わず口を止める。

「痛いいいいいいいい!」

 絶叫と共に、障子の倒される音が小気味よく響いた。それに合わせてゴロゴロと転がり込んでくる、青い井桁模様の可愛い忍者服を着た少年たちに呆気にとられる。

「団蔵強く押しすぎ!」
「ごめん兵太夫。でも上にいた虎若が重くって」
「だから僕は虎ちゃんが下にくればいいって言ったのに」
「やだよ三治郎。だって虎若、今日で三日も制服洗ってないんだよ?」
「最近雨が続いてたんだから仕方ないだろ!そういう伊助は洗ったの?」
「みんな虎若や団蔵みたいに洗濯物を溜め込まないから代えの制服ってのがあるんだよ。なぁしんべヱ?」
「うん!僕なんて鼻水ですぐカピカピになっちゃうから、代えの制服はたーくさん持ってる!」
「僕も蛞蝓さん達ですぐヌメヌメになるから、代えの制服はいっぱい持ってるよぉ」
「げっ……喜三太、蛞蝓でヌメヌメになるほど体の上を走らせてるの……?」
「みんな静かに!」

 思い思いに喋り始めた子供達を、利発そうな顔をした少年が諌めた。一瞬でシンと静まり返る子供達に、思わず拍手をしかける。

「はいみんな並んで」