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 そう指示した彼の後ろに、さっと全員が二列に並んだ。
 1、2、3……全部で10人か。

「じゃあ天女様にご挨拶をする前に……」
「いや私はそんな大層なもんじゃないんだけど」
「この天女様に一瞬でもキュン、とか、ドキッ、とかした人!」
「キュン、もドキッ、も全然しませーん!」

 ……なにごと?
 後ろで立花がくつくつと笑い、善法寺が困った笑みを浮かべる横で名前は小さく首を傾げた。

「失礼しました、天女様」
「ああ、うん、いいのよ」

 もう天女という可笑しな呼称にツッコミを入れる気力もない。

「僕は1年は組の学級委員長、黒木庄左ヱ門と申します。
 この度は同じクラスの乱太郎を助けていただき、ありがとうございました」

 言葉と共に深々と、畳を抉らんばかりに頭を下げられ名前は面食らった。

「そんな、いいから」

 いくら名前が諌めても、庄左ヱ門は頭を上げようともしない。何を言おうが本当にありがとうございました、とばかり繰り返す。

「本当にもう、いいから」
「いえ、感謝してもしきれません」
「その乱太郎君は?」
「ああ、乱太郎なら後ろに……」

 あれいない?とやっと頭をあげた庄左ヱ門が首を傾げた。

「ここまで一緒だったの?」
「あ、はい。保健室まで一緒に来たはずなのですが……」

 チラリ。辛うじての残された一枚の障子の後ろに、うっすらと影が写った。

「あ、乱太郎君。そこにいるでしょ」

 言下「天女様ぁぁあ」と泣きベソをかきながら名前に抱きついたのは

「乱太郎君、久しぶり」
「お怪我は!?」
「やだそんなに心配してくれたの? 大丈夫、どうもありがとう」

 顔からありとあらゆるものを出しながら縋りつく乱太郎に笑ってしまう。

「だって、伊作先輩が目が覚めないっていうから心配で……」
「大丈夫、その伊作先輩が治療してくれたおかげで今はもうすっかり」

 そう言って先ほど食べきった粥の腕を見せれば、乱太郎は一言「良かった……」と呟いてその場にヘナヘナと崩れ落ちた。慌てて抱え上げれば、すやすやと気持ち良さそうな寝息を立てている。
 どうやら本当に心配をかけてしまったらしい。

「よかったなぁ乱太郎、ここんとこ全然寝れてなかったら」
「そうだねぇ」
「心配かけちゃって、本当に悪いことをしたね」
「いや、良いっすよ。天女様もちゃーんと元気になったわけだし」
「天女様が元気になってくれて良かったです」
「これで乱太郎も安心だな」

 ニコニコと笑う彼らに「いい友達だね、乱太郎君」と膝の上で眠りこける乱太郎を優しく撫でる。

「じゃあみんな、改めて天女様に自己紹介しよう!」
「俺はきり丸」
「僕、福富しんべヱ」

 僕は山村喜三太、皆本金吾、夢前三次郎……絶え間なく名乗るので、名前も必死に頭に叩き込む。

「それで、天女様のお名前は?」

 最後に口を揃えて尋ねられると、名前はくすぐったい気持ちになった。
 本当に可愛いなぁ

「私は苗字名前っていいます。
 どうやらこの学園に編入することになったらしいから。
 いつまでか分からないけど、宜しくね」

 ところで、と名前は首を傾げる。

「その天女様って何?」
「ああ、それは」
「待ってください、伊作先輩」

 横から善法寺が口を挟みかけたのを、庄左ヱ門がすぐさま遮った。

「1年は組の皆で話し合ったのですが、天女様への説明やお世話は、僕たちにさせてください」

 居住いを整え切り出した庄左ヱ門に、善法寺と立花が顔を見合わせた。

「……どうしてだい?」
「天女様を引き入れたのは、乱太郎です。6年生の皆様やその他の先輩方に、迷惑をかけるわけにはいきません」
「だが彼女は6年に編入させるから、6年長屋で過ごす予定だ」
「なぜ6年生に?」
「見るからにそれぐらいの年齢だろう」
「え? 立花さんはおいくつなの」
「15ですが」
「……え?」

 つまり私が15歳に見えるってこと?
 面食らう名前を2人は全く気にする様子もない。どうやらどちらが面倒を見るかというのは、かなり重要な問題らしかった。

「ともかく、お前達が世話をするというのは難しいな」
「しかし乱太郎には、怪我が治るまでは保健室のそばの空き部屋に寝かしておくのが通例だと聞きましたが」

 庄左ヱ門は怖いもの知らずなのだろうか。立花の探るような視線にも怯むことなく、庄左ヱ門はじっと立花を見返す。まるで立花を牽制するように。
 歳の差もかなりありそうだが、それでも庄左ヱ門は強気だ。張り詰める空気の中、話題の中心にいると思うと居心地が悪い。

「……まあ確かに」

 結局は立花が折れた。

「怪我が治るまでは、そこの空き部屋でも良いだろう。
 伊作、綺麗にしてあるのか」
「そうだね、ここのところ使われてなかったから……」
「大丈夫です! 僕がお掃除します!」
「伊助、落ち着いて」
「これが落ちつてられるもんか。この間偶然、そこの部屋を見てから掃除をしたくてしたくて堪らなかったんだ。
 先に掃除を始めてきても良いかい?
 みんなは後で来てくれれば良いから!」
「どうそいってらっしゃい」

 いってきます!と電光石火の早さで保健室を飛び出した伊助に名前は思わず笑った。

「伊助君は、随分綺麗好きのようだね」
「ええ、綺麗好きすぎて困る時もあるんですが……」

 苦笑いを浮かべた庄左ヱ門が、だから!と身を乗り出した。