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「天女様、汚い部屋で過ごすことにはならないと思うのでご心配なく」
「ああ、別にお部屋借りる身分だから汚くたって……
 でも、気持ちは本当に嬉しい。ありがとう」

 伊助のおかげで快適に過ごすことができそうだ。

「だけど本当に、全部のお世話をみんながしてくれるの?
 私、ここのことは1つも分からないけど」
「うーん……出来るだけ僕達だけで頑張りたいと思ってはいますが」
「そういうことなら案ずるな。
 そもそも私が世話をするつもりだったんだ。お前達にできないことは、私がフォローしてやろう」
「ありがとうございます立花先輩」

 深々とまた庄左ヱ門が頭を下げる。
 やー随分としっかりした子だ
 名前はひとりごちた。幼く見えるが、本当に肝が座っている。

「……ねえ、庄左ヱ門君」
「なんですか」
「君、一体いくつなの?」

 庄左ヱ門の後ろで、子供たちがズデンと引っくり返った。

「僕は1年生なので、10歳です」
「庄ちゃんったら、相変わらず……」
「冷静ね……」

 逸早くその体勢から起き上がったきり丸としんべヱに突っ込まれるも、庄左ヱ門は眉ひとつ動かさずその生真面目な表情を保ったまま。
 これはもしや、怖いもの知らずというよりただの天然かも知れない。

「では天女様、色々と聞きたいことはあるかと思いますが、それはまた天女様のお部屋で」
「分かった。どうもありがとう」

 「いえ」と静かに庄左ヱ門は首を振ると、すくっとその場に立ち振り返った。

「三治郎、虎若、喜三太、金吾は伊助の手伝いに行って。
 きり丸としんべヱは乱太郎を部屋に運んだ後、おばちゃんに薬膳のお願いと僕達の夕飯の準備を。
 兵太夫と団蔵は、一旦僕の部屋にきて欲しい」
「わかった!」
「では僕達はこれで。失礼致しました」

 軽く頭を下げる彼らに合わせ、こちらも浅くお辞儀をする。顔を上げると、既に全員その場から消えていた。

「……元気のいい子達ですね」
「貴女は彼らを、ご存知だったのでは?」
「そんなまさか! どうしてですか?」

 なんでも、と言って首を振る立花に、名前は遠慮なく訝しんだ視線を向ける。だが立花は綺麗な笑みを浮かべるだけで、また名前の後ろに回ると髪を手にとった。

「ところで天女様、この薬なんですが……」

 横から善法寺がこれは夕飯前に、これは三刻後にとすり潰された薬草を目の前に並べていく。紙に一応書いてくれているようだが
 字、読めないんだけど
 なんとか覚えようとじっと見つめていると、善法寺が小さく吹き出した。

「なんですか?」
「そんなに怖い顔をしなくても。苦いでしょうが、喉元過ぎれば熱さ苦さも忘れますよ」
「ん? あぁ、いや……」

 目覚めてすぐ薬を吹き出したことを言っているのだと理解して、思わず苦笑いが浮かんだ。
 それはただ漢方独特の味が、寝起きには刺激が強すぎただけのこと。今もそんな理由で顔を顰めていたと思われるぐらいなら、文字が読めないと思われた方がマシだ。
 けれど善法寺は言ってみただけらしい。名前の反応を見ることもなく、薬の説明を延々と続ける。

「……で、これが朝の分です。ここまで渡しておきますね」
「は、はい。ありがとうございます」

 やーっと終わった、と名前はこっそり溜息をついた。ものすごい草の量だ。
 どれが何の効能があるのか。そもそも死人に薬はいるのか。この世界では分からないことが多すぎて、何を聞いていいのかすら分からない。
 だだ、伊作が折角作ってくれたもの。それを無碍にするわけにもいかず、一つ一つ零さないように紙に包む。
 なんだろうなぁ
 呟いた名前の顔の横を、髪を梳き終えた立花の手がサッと通った。手伝ってくれるのかと思い「ありが……」と言いかけたが、立花はその向こうにある物を手にした。

「天女様」
「なんですか」
「これは?」
「え、茶碗……じゃないですか?」
「何茶碗ですか」
「え? わ、わかりませんけど……」
「これは山茶碗といって、」

 突然すぎない!?
 だが困惑する名前の様子を全く意に介さず、立花は滔々と語り続けた。これはこうで、あれはああで……ペラペラ喋る立花のペースにすっかり飲まれ、名前は気付けば自分から質問していた。 

「じゃあ、このその足首に巻いているのは?」
「脚絆と言います」
「では今立花君が手に持ってるのは、私の忍者服ですか」
「正しくは忍装束と言いますが、仰る通り天女様の物です。
 くノ一教室担当の山本シナ先生という方からいただきました。厠に行く時など部屋から外に出るときは、これをお召しになってください」
「これは?」
「白衣と言います。こちらは所謂寝巻きですから、入浴後に」

 ふんふんと頷きながら「これは?これは?」と質問を繰り返すうち、立花が小さく笑った。

「なんです?」
「いや、なんでもない。ただ天女様は、随分とこちらのものに興味があるなと思っただけだ」

 話し込んでいるうちに、すっかり立花の敬語も抜け落ちていた。

「質問攻めにしてごめんなさいね」
「気にするな。だが、今日はこの辺で終わりとしよう。もう陽も大分傾いている」

 言われて初めて、ここには日数の概念だけでなく時間の概念もきちんとあるのかと知る。
 死んでも世界はそう変わるものではないらしい。

「ないのなら、そこの衝立の後ろで忍装束に着替えてみろ。これから部屋に案内する。
 きっとは組の連中も、もう掃除を終えただろう」
「は組の連中?」
「あの11人のことだ。全員が1年は組に所属している」

 そう答えると立花は小さく「お前、本当に何も知らないんだな」と付け加えた。

「え? ええ……当たり前じゃないですか
 ここには初めて来たんですよ。そもそも死んだのも昨日だから、この世界にも慣れていないというのに」
「ああ……やはりな」

 何度も頷く立花を前に、名前は首を傾げる。
 本当になにが起きてるんだか
 衝立があるというのに、わざわざ気を遣って部屋から出ていく立花たちの背で呟く。その時