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「しんべヱ! しんべヱはさっきご飯食べたでしょ!」
「だってぇ」

 しんべヱを必死に抑える乱太郎を微笑ましく見ていると、不意に左から腕が伸びてきた。

「伊助君、これは?」
「食堂のおばちゃん特製すぐに元気になれちゃうご飯です」
「ああ、ありがとう! お部屋もこんなに綺麗にしてくれた上に、ご飯もくれるなんて。
 みんなもどうもありがとう」
「そんなそんな。気にしないでください! お掃除は楽しかったですし」
「掃除が楽しいのは伊助だけだよ……」
「虎若、何」

 庄左ヱ門越しに、伊助が虎若をギロリと睨む。

「いいいいイヤイヤ!なんでもない、なんでもない……」
「みんなはもう、ご飯食べたの?」
「はい! さっき食堂でみんなで食べたんで、気にしないで食べちゃってください!」
「ありがとうきり丸くん。
 それじゃあいただきます」

 さっき飲んだ、苦すぎて堪らない薬と同じ薬草から作られたらしい。
 だが、味はまるで違う。あまりに美味しいので、名前は思わず無言になって手を動かし続けた。

「……ふう、ご馳走様でした」
「天女様は食べるの早いですねぇ」
「いや、あまりにも美味しくて……」
「おばちゃんのご飯は天下一品!」
「なんでしんべヱが誇らしげなんだよ」
「えへへ、だって本当に美味しいんだもん。きり丸もそう思うでしょ?」

 しんべヱは食いしん坊というキャラで名前の中に記憶された。確かにそんな見た目である、と言ったら失礼すぎるかもしれないけど。

「ところで天女様。
 ご飯を食べ終わったところですみませんが……」
「なに、庄左ヱ門君」

 自然と静かになった部屋で、庄左ヱ門はすくっと立ち上がった。

「では、これから天女様を救おう作戦会議を始めます」
「はーい!」
「えっなに」
「では早速ですが天女様、何か質問はありますか」
「え、ええ、えっと」
「と、急に聞かれても困りますよね」

 なんだこの進行は。

「ではそもそも天女様とはなんなのか」
「僕から説明します」

 兵太夫が懐から紙を出して立ち上がり、庄左ヱ門はその場に腰を下ろした。

「天女様というのは、未来からなんらかの理由でこの時代に来てしまった女性達のことを言います」
「待て待て待て。まず前提としてここは……死後の世界じゃない?」
「はい、もちろんです。僕たちはここで生きています」

 名前は絶句した。まさか、まさか本当に自分が死んでいなかっただなんて。

「もちろん天女様が生きていらした時代より、ずっと昔ではありますが」
「ちょっと待ってね」

 兵太夫の言葉を噛み砕いて飲み込む。つまり、別の時間軸で名前は“生きて”いる。ということはおそらく、元いた時代からは消えているのだろう。すなわち名前は未来で死に、過去で生きはじめた。
 そしてそのような境遇の人達はすべからく天女と呼ばれる。

「……うん、分かった。それなら私も、天女って分類にはなるのね」
「はい。理解が早くて助かります」
「あ、でも待って。今の言い回し的に、他にも未来の女性が来たことがあるの?」
「ありますよ」
「え、本気で言ってる?」
「もちろんです」
「ええ!」

 信じられないことに、彼らが入学してからかなり頻繁に天女というのは来ていたらしい。大抵が何かしら怪我を負って、そして名前と同じようにこの学園近くに。しかし先輩に拾われて学園に来ることが多く、名前のように自分の足で学園に来るというのは初めてだと。
 混乱する名前の頭に、兵太夫がさらなる爆弾を放った。

「そして天女様は、ここに落ちて来た時にこの学園の人を惚れさせます」
「は……? え、どういうこと?」
「天女様達には、どうやら特殊な能力があるみたいなんです。
 だから天女様は自分の好きな人を、ここに来ただけで惚れさせることが出来るんです」
「そんなアホな」
「僕達もそう思います。でも、本当なんです」

 まぁ、そもそも自分がここにいること自体非科学的で説明のつかない「アホみたいな話」だ。多少おかしいのがデフォルトだろう。それでも

「ちょっと待って」
「なんですか?」
「つまり、天女はここに落ちた時点で、好きな人がいるってことだよね?」
「はい」
「じゃあここに来る前から、今までの天女さん達はこの学園の人のことを知っていたの?」

 仮に、教科書や歴史書に載るほど優秀な忍びがこの学園には集っているとする。一年は組だけで11人、ならば全体ではどれほど沢山の忍者見習いがこの学園に通っているだろう。
 そしてそんな大人数全員の名が知れているのは、忍者として却って問題ではないだろうか。

「ええっと……未来では、ここの世界のことはアニメ?という形で放送?されているそうなんです」
「アニッ……!?」

 メ、と発する前に慌てて口を塞いだ。本当かと突っ掛かったところで、目の前の子達は証明のしようもない。
 だけど……それはつまり、私は作品に入ったってこと?
 そんな非現実的なことってあるかな、と首を捻る。さっきからちょっとも腑に落ちない。

「あれ、天女様は知らないんですか?」
「うん、知らない。アニメなんかはあんまり見なかったから」

 本当に小さい頃は見ていたかもしれない。しかし最近はもっぱらラジオ派で、テレビを家に置いていなかった。
 という経緯はさておき、とにかく名前にとって「忍術学園」は馴染みのない名前であることには違いない。

「で、そのアニメを見て天女さん達は好きな人がいたと?」
「はい」

 所謂推しキャラみたいなものだろうか。

「さらに厄介なのは、天女様は好きな人が属する学年の人全員を惚れさせるんです」
「は、はあ?」

 さっきから一体何を言っているのだろう。そんな能力この世にあってたまるかと思うのに、彼らは至って真剣な表情だ。
 あーあもう頭が痛い

「そして、そのせいで忍術学園では沢山の"困ったこと"がありました」

 そこまで言うと「ありがとうございました」と兵太夫が座る。それと入れ替わりで、その隣にいた団蔵がすくっと立ち上がった。
 団蔵もまた懐から紙を出すと、天女様のせいでこの学園に起きた事件!と不名誉も良いところな題を大声で読み上げていく。

「いち! 天女様に惚れると、そればかりになって先生が仕事をしなくなる。
 に! 天女様に惚れると、先輩方が鍛錬や勉強をしなくなる」

 3、4……と羅列されていく被害を聞くと、どうやら先代天女達はここの人間を誑かしてきたらしい。とにかく、天女に惚れた人達が現を抜かすことが問題なのだと名前は理解した。
 確かに恋は盲目というしねぇ
 けれど意味不明な点が多すぎる。そもそも、一体どうしてそんなことが起きるのか。ただ実際こうして名前も「忍術学園」とやらに来てしまった。あからさまな疑惑と敵意の目をも向けられ、納得はできないが今の説明とその行動に矛盾はない。キュンやドキッの質問も、こういう背景があったからだと思えば理解ができる。
 嘘だ、と言うにはあまりに出来すぎていた。