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「なるほどね……いや、なるほどなんて言っても納得は出来ないけど。でも分かった、嘘だとは言わないよ。
 ただね、それにしたってどうして天女を学園から追い出さなかったの?」

 もしそれほどの被害が出ると分かっているのなら、天女が入っても学園から追放すれば良かったのに。なんなら、はなから学園に入れなくたって問題はない。
 それは名前が天女側だから思うのだろうか。

「それについては僕から説明します。僕は、学級委員長委員会というのに所属しているのですが」
「学級委員長、委員会?」
「はい。まぁ、その実態は意見交換の皮を被ったお茶会と言っても差し支えないのですが……」
「え、ええ」
「ですが、僕たち学級委員委員会として一つ、きちんと活動していることがあります。
 それこそ、天女様の学園での生活の記録です」

 天女がどのようにして学園に来たか、落とされた学年は、趣味は、勉学は、行動は────彼女がここに来た切っ掛けの出来事から天女の最期まで、かなり詳細に記録し保管してあるのだという。

「それによると、天女様は恋に落とす力があるだけでなく……恋に落ちた人達を、天女様の元へ吸い寄せる不思議な力があるそうです」
「まさか!」
「まさか、ではありません。本当なんです。
 天女様に吸い寄せられた先輩方は、天女様を見つけるとこっそり医務室まで連れて行きます」
「なんで?」
「医務室に連れて行ってしまえば、学園に天女を置いておけるからです。保健委員会は、『例え敵であっても治療する』が信条なので」

 なるほど、と名前はひとりごちた。
 しかし、運命とは不思議なものだ。もし出会ったのが乱太郎や伏木蔵ではなかったら、名前はここにいなかったかもしれない。

「それじゃあ、私の他にも天女はいるの?」
「ここに、ですか」
「ええ。何人も来たってことは、まだここにいるんじゃないの?
 ただ、今まで会った子達は……そうね。誰も、好きな人に現を抜かしているようには見えなかったけど」
「それは」

 庄左ヱ門が言い淀む。

「なぁに」
「……もう、皆様天に帰られました」
「えっ帰れるの!?」
「はい」
「どうやって?」
「それは……」
「先輩方が、殺しました」

 乱太郎が小さく呟いた。

「え?」
「天女様は全員、殺されました」

 強く吐き出すと、乱太郎は大きく息をついた。

「んー……まぁ、そうなるか」

 立花の言葉を思い出す。「このままの天女でいるならお前を殺さずに済む」──これはきっと、学園の生徒や先生達を誑かさないでいるのなら、そういう意味だったのだろう。
 名前は怖いとは違う、言い表せない不思議な気持ちになった。それは、1度死んでしまったからだろうか。死んだという実感はいつまで経っても生まれないのに、だからといって生きているとも思えない。
 そもそも殺された「苗字名前」という人は、ここにいると言えるのだろうか?

「……難しい話」
「大丈夫ですか、天女様」
「ええ、大丈夫よ。続けて」
「殺す前に、他の先輩方もあらゆる手を尽くしたんです。
 でも、どんなに頑張っても恋心がなくなることはありませんでした。
 だから取り返しのつかないことになる前に……」
「そう」

 残酷だ、酷いと責める気は起きない。
 忍者になるための学校で、女に誑かされることがいかに危険なことか。団蔵の話からして、授業だけでも危険なことが沢山あるのだろう。天女達のせいで、学園の中の人が死んではどうしようもない。
 けれどどうしても、名前は以前来た天女達に対して同情せずにはいられなかった。
 彼女達も、生徒を罠にはめるつもりなんてなかったのではないか。両思いになったら誰だって浮かれる。それが手に入らないと思っていた人なら尚更。
 可哀想に。名前は胸の内で呟く。
 きっとみんな、自分のように運が悪かった。

「それで私の場合、誰を惚れさせてるの?」
「それなんですが!」

 兵太夫の横から、三治郎が興奮したように身を乗り出した。その勢いに思わず身を引く。

「な、なに……?」
「だーれもいないんです!」
「え?」
「誰も、天女様に惚れてないんですよ!」
「……私は、この学園に好きな人がいないから?」
「多分そうだと思います!」

 11人が一斉に、どこか嬉しそうに頷いた。
 なんというかまぁ……随分と律儀な能力ね
 本当に好きな人しか惚れさせないなんて、摩訶不思議な力があるものだ。つまり立花は「誑かすな」だけではなく「惚れるな」とも言いたかったのだろう。そんな無茶な。

「惚れないように頑張って、傷を治してここから出ていけば無問題?」
「はい!」
「ちなみに今まで、誰にも惚れてない天女はいるの?」
「いますよ」
「だけどその人達も殺されたのよね?」
「あ、いえ。それは違います。僕が学級委員長委員会で作成した資料を調べた所、2人いたのですが……
 まず1つ目のケースでは、天女様が学園とは全く無縁の人に惚れていました」

 そのアニメにたったの一回だけ映った、団子屋の主人に想いを寄せていたらしい。

「画面の端に、一瞬写った団子屋の男に」
「はいそうです」
「すごいわね」
「その天女様とお会いしたのは、おつかい途中の僕たち学級委員長委員会でした。
 学園長先生の急ぎの用だったので、中断するわけにもいかず……天女様も珍しく小袖に似たものを着ていたので、一緒に街まで行くことになりました」
「そんなにすんなり街に行くことになったの?」
「いいえ。
 僕には2人……尾浜勘右衛門先輩と、鉢屋三郎先輩という先輩がいますが、2人は本当に怪しんでいました」